女子高生と特製プリン・ア・ラ・モード①
「ねえねえ、愛。友達できた?」
「ううん。まだ」
「何やってんの、もう! 早くしないと、グループ固まってどこにもいれてもらえなくなっちゃうよ!?」
「それはわかってるけどさぁ」
「とにかく、誰でもいいから話しかけること! いい!? 愛が『友達になりたいなぁ』ってちょっとでも思った人に、話しかけるの!」
「でも……」
「でもじゃないよ、このままだと、一人寂しい学校生活を送り続けることになるんだよ!? 学祭を一人で見て回ることになるんだよ!? そんなの嫌でしょ!?」
「たしかにそれは嫌だけど……」
「じゃ、友達作りに全力を出そうよ!!」
愛のスマホ越しに元気な声が響いてくる。通話相手は岡山にいる愛の友人だ。
「次の連絡で、友達との写真を送ってくること! はいコレ宿題ね!」
「ハードル高いって」
「大ジョーブ、愛ならできるって! じゃあね、頑張って!」
地元の友人はひとしきり愛を鼓舞すると、ピロンッと軽快な音と共に通話を切った。
愛は耳からイヤホンを引き抜くと、重苦しい気持ちと共にため息を吐き出す。
「はぁ…………」
聖フェリシア女学院に通う高校二年生、江藤愛。ただいまぼっち高校生活を満喫中。
愛とて、友達を作りたい気持ちはある。
友人と一緒に放課後のマックやスタバに行き、宿題したり先生の愚痴を言ったり、もしくは近隣のK大学に通うイケメン大学生の話で盛り上がったりしたい。
しかし立ちはだかる厚い壁。
聖フェリシア女学院に通う生徒は、そんじょそこらの高校生とは一線を画していた。
この高校は皇族も通う、超がつくほどのお嬢様校である。
愛はついこの間「よし、頑張ろう」と気持ちを新たに学校生活を充実させる決意をした。
九月の学園祭の出し物を決めるための話し合いの時間がもたれたので、そこで意見を言い、交友を深めるのだ。
しかし愛の見通しは非常に甘かったということが、直後に判明した。
出し物は劇、あらかじめ製作した映画の上映、飲食店など。ここだけ聞けば「なんだ普通の学祭じゃん」と思うかもしれない。
だが、聖フェリシア女学院の学園祭は普通の高校の学園祭とは違う。
飛び出す意見の中で愛のクラスの候補に上がったのは劇だったのだが、その内容はというと、シェイクスピアの悲劇だの喜劇だのというのだ。
生徒たちは何をやるかで激論を交わし、それぞれの劇の特徴を挙げ連ね、話し合いはヒートアップした。立ち上がり、声高に自分が推す劇がいかに素晴らしいかを語る様は、堂々としていた。が、それはそれとして愛には内容が欠片も理解できなかった。
結局愛は話し合いの間中、一言も発することができなかった。
なぜ学園祭の催し物で、三時間を超える劇をやろうとするのだろうか。
今から稽古して間に合うのだろうか。
衣装や音楽諸々は一体どうするつもりなのだろうか。
一般庶民である愛には到底理解できない世界が広がっていた。
愛は主義主張を曲げない他の生徒たちの中で、縮こまって終業を告げるベルが鳴るのを待つしかなかった。
そんな中で、かつて愛が住んでいた岡山にいる親友からの先程の電話だ。
「友達作りなよー!」って簡単に言うけど難しいんだぞと言いたくなってしまう。
いやいや、愛とてわかっている。どれほど隔絶された世界に住んでいようとも、話せばウマが合う子も一人くらいはいるだろうと。自ら積極的に交流を持たねば、本当に学校でぼっちになってしまう。もうすでにぼっちに片足を突っ込んでいる愛は自らを鼓舞した。
「……よし、まずは、『友達にならない?』って声かけてみよう」
愛は学生鞄を握りしめながら気持ちを新たに宣言した。
ところで放課後の今、愛は一軒の喫茶店に向かっていた。
お手頃価格で美味しいクリームソーダと古き良き落ち着く店構え、そして何よりも二足歩行をして喋って接客をする猫の店長須崎が愛はとても好きで、気がつけば通うこと数回目になる。
「あっ、そうだ」
愛はピンときた。
手始めにあのねこ店長さんとお友達になるっていうのはどうだろう。店長さんはねこだし、クラスメイトのお嬢様よりも庶民的だし、親しげで話しかけやすい。東京での友達第一号にふさわしい人物(?)である。
よし、それがいい。
愛は心に決めると、シミュレーションをしながら足早に喫茶店に向かう。
昼下がりの日本橋は、人通りがあまり多くない。朝と夕方はぼーっと歩いていると人にぶつかってしまう可能性が高いが、今なら考え事に没頭していてもさほどの危険はなかった。
「お友達になってください、お友達になってください……」
愛はブツブツと繰り返しながら歩く。目的地は近づいてきた。
立派な高層ビルが立ち並ぶ大通りを抜け、小道へ折れると途端に古い雑居ビルが軒を連ねる界隈に出る。
道路に堂々と張り出している看板を避け、赤茶色の扉を見据えた。内部は見えない。
愛はすーはーすーはーと深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
大丈夫大丈夫。須崎さんは優しい猫だから、愛の提案を断るはずがない。
そう言い聞かせて、自分自身を鼓舞した。
「……よしっ」
思い切って右手でドアノブを掴むと、えいっと押し開ける。
からんからん、と来客を告げる軽やかな音がした。
いらっしゃいませと言われる前に、愛は喫茶店の中にずいと入ると、最後にもう一度大きく深呼吸をする。コーヒーのいい香りに混じって、煙の匂いがする。大吉の吸うタバコの煙だろう。いつものことだ、もう慣れた。
愛は店内をろくに見ず、店中に響き渡る大きな声で言った。
「あのっ、私と、ととと、友達になってください!」
「んああ?」
「なんじゃワレェ!」
「ええっと、お友達、ですか……」
聞こえてくる三者三様の声は、どれも愛が想定していたものと異なる。
愛はえっと思いながら目を開き、恐る恐る店内を見た。
店の中には、テーブルにまではみ出すほどに吸い殻を築き上げたタバコを吸っている店員である大吉と、地下足袋にニッカポッカを履いた目つきの悪い老人治部良川と、相変わらず疲れが滲む顔をしている竹下が座っていた。
「…………」
やっちゃったぁ、と愛が思う間もなく、あの灰色の縞模様の猫店長である須崎は器用にも後ろ足で歩きながらやって来た。嬉しそうな顔をして、ふわふわのしっぽをピンと伸ばしながら。