エピローグ②
放課後のチャイムが鳴る。愛は鞄を持って下駄箱まで行くと、クラスメイトに話しかけられた。
「ねえ、愛ちゃん。今日一緒に帰ろうよ」
「うん」
「新作出たんだって。スタバ行こうー」
「うん、行きたい」
愛はすぐさま頷いた。
学園祭以来、愛には友人と呼べるクラスメイトが何人かできた。彼女たちは愛と同じくそんなにお金持ちではない庶民で、話していると落ち着く。向こうもそう思ってくれているのだろう。遊びに行くのは日本橋を出て新宿や渋谷だし、カラオケだって一緒に行く。近場で喋るならマックか、こうして新作が出たら奮発してたまーにスタバに行くくらいだ。この無理しない感じが、愛にはとても心地よかった。
「あら、わたくしもご一緒してよろしいですか?」
「珪華ちゃん。もちろんだよ」
「じゃあ、三人で行こっか」
愛は友人たちと共に聖フェリシア女学院の門をくぐって外に出る。
秋の香りのする都会の街並みは、夏と違って涼やかだ。
日本橋には無数のスタバがある。愛たちは学校から一番近いスタバまで歩くと、中に入った。三人で新作のフラペチーノを注文して、丸いテーブルに座る。
「愛ちゃん、見て見てこの新しいアイシャドウ可愛くない?」
「どれ? 本当だ、かわいい」
「わたくしにも見せてくださいな」
クラスメイトのスマホを三人で囲んで眺める。
「珪華ちゃんにはこのピンクのが似合いそうだよね」
「愛さんはこのレモンイエローが良さそうですわね」
「この後ドラッグストア寄っていく?」
「いいねえ」
「デパートのお化粧品フロアではないのですか?」
珪華のお嬢様発言に、愛は苦笑した。
「デパ地下のコスメフロアは高くて普通の高校生には手が出せないよ」
「似ている色合いのものをドラッグストアで探すの」
「そうなのですね、知りませんでしたわ」
「珪華ちゃんは生粋のお嬢様だもんねえ」
この言葉に嫌味などはなく、心の底からの本音だ。
「そういえば愛さん、最近はあの喫茶店には行かなくなったんですの?」
「言われてみれば、あんまり行ってないや」
ふと気がつくと、いつ以来行ってないだろう。最近はクラスメイトと一緒にいる時間が多くなって、喫茶店にはほとんど顔を出さなくなった。
「喫茶店?」
クラスメイトが首を傾げる。
「うん。この近くにね、すごい落ち着く喫茶店があるの。かわいい縞猫がいるんだよ」
「もしかして、学園祭でやった喫茶店のモデルにしたところ?」
「そうそう」
愛は頷いた。
話しているとなんだか恋しくなってくる。
須崎さん元気かな。
治部良川さん、スマホ出るようになったかな。
竹下さんはお仕事順調かな。
高木さんはちゃんと働いているのかな。
大吉さんは……タバコの本数減らしたのかな。
あの喫茶店の人たちにはとてもお世話になったから、改めてお礼を言いたいという気持ちが湧いてきた。
そうしてふと、鞄の中で愛のスマホが鳴る。取り出して見てみると、治部良川から連絡が来ていた。
『明日、久々にみんなで集まらねえか?』
そんな短いメッセージに、愛はわあと顔を綻ばせ、即座にオッケーと送る。
「どうしたの愛ちゃん、ニコニコして」
「ん? 明日ちょっと予定が入って」
「何、それ。もしかして……デート?」
「違うよ、そんな相手いないし」
「ちぇーっつまんないの」
えへへ、と笑ってフラペチーノを口に含む。きんと甘い味わいが口の中に広がった。
久々の喫茶店、何を食べようかなぁ、何から話そうかなぁと愛の心は今から弾んだ。
*
大学校内でチャイムが鳴る。一斉に筆記用具をしまう音がした。
大吉は鞄にノートをしまいつつ、今日の夕飯何にするかなと考えていたところで声をかけられた。
「大吉ーっ、今の講義のノート見せてくんない?」
「あぁ、ええよ。はい」
「サンキュー。大吉のノートめちゃくちゃ見やすいから助かるぜ。あの先生、スッゲェ字汚いからさぁ」
そう言いながらノートを見返すのは、同じ薬学部に在籍する学友だ。そうしているとその友人たちもが集まって来る。
「何、何。今の講義のノート?」
「めっちゃわかりやすくまとまってるじゃん。俺にも見せてよ」
「あーっ、いいなぁ、あたしにも見せて」
「どうぞ」
大吉のノートを学友たちが取り囲む。
「大吉って入学からずっとスッゲェ近寄り難い雰囲気出してたけど、最近変わったよな。なんかあったの?」
「せやなぁ」
「喋ってるとこ聞いたのも初めてだけど、関西弁なんだな」
「俺、大阪出身やねん」
「そうなんだ? 俺は兵庫だから近いな! 関西出身同士、よろしくな」
「ああ、よろしく」
「あたしは滋賀だよ」
「俺は群馬」
「私は神奈川」
「バラバラやな」
「やばい、この講義室、次の講義始まっちゃう」
学友たちに囲まれて、大吉はノートを回収して席を立つ。
大吉の生活は変わった。
喫煙回数が激減して、今では一日一本吸うだけにとどめている。
バイト時間以外は家でぼーっとタバコを吸っていたのだが、それをやめて大学構内に滞在する時間が長くなり、そうしたら同じ学年の人々と話すようになった。話してみるとなかなか楽しくて、大吉は今の生活が気に入っていた。
「なあ大吉、この後一緒にメシ行かねえ?」
「悪い、バイト入ってる」
「大吉ってバイトしてたんだ。何のバイト?」
「近くの喫茶店」
「へえ、今度行っていい?」
「ええよ。案内したる。じゃ、また明日な」
「おう! またな!」
学友たちに別れを告げ、大吉は大学のキャンパスを出て日本橋へと向かう。




