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ねこ店長の喫茶店【改稿版】  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ


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エピローグ①

「おぉい、高木! ちゃんとやんねえか!」

「はい! すいあせん!」

 工事現場に声が飛び交う。高木は今、まじめに労働に従事していた。

 幼少期より考えるより先に手が出るタイプの子供だった高木はずっと問題児で、常に先生に目をつけられる児童だった。小学校時代はいつも怒られていたし、中学に入ってからは喧嘩っ早いせいで上級生と喧嘩に明け暮れていたし、高校に入ってからはとうとう暴力沙汰で中退になった。親からは中学一年生くらいの時からもう、呆れを通り越して、いないものとして扱われていた。その時には学校の教師にも怯えられる存在だった良一には、叱ってくれる大人というものは存在せず、結果的に良一はどうしようもないチンピラに育ってしまった。

 チンピラ的生活を送っていた良一は、明日のこととか将来のこととかを何も考えず、その日一日をなんとなく過ごしていた。別にそれでいいんじゃねえかなと思っていたし、大人になったら何をするのかとかも考えたことはなかった。ただ漠然と、まともに会社で働くのは無理だろうなとは思っていた。

 しかし今、良一には新たなる仲間ができた。チンピラ仲間ではなく仕事仲間だ。

 あの夏の日の東京駅で大吉に出会えたことは、良一にとって転機だった。駅で見かけた愛に絡んでいた良一に話しかけた大吉は、振り向きざまの鼻先にタバコを押し当ててきた。

 そんな攻撃をする人間は、今時チンピラ界隈でもあまりお目にかからない。世の中は禁煙ムーブである。おまけに大吉は見た目ヒョロヒョロで、目の下にクマがある、無気力な顔をした大学生だった。見た目と攻撃技のギャップがすごい。激昂した良一を軽やかにいなし、関節技を決める大吉。捨て台詞を吐いて逃げる良一。

 一体なんなんだあの大学生は、と思った。そして徐々に冷静になると、大吉の鮮やかな喧嘩技に惚れ惚れした。良一はこう見えて地元では負け知らずだった。皆、良一のことを一目置いていたし、良一も自身の喧嘩の腕に絶対的な自信を持っていた。

 それを不意打ち込みとはいえああも見事にやり返すとは。考えるほどにすごい。

 良一は大吉を兄貴とし、舎弟にしてもらうことに勝手に決めた。

 大吉に薦められるがままに入社した治部良川の会社は、良一にとって意外にも居心地の良い場所だった。ほぼほぼ元ヤンか元チンピラで構成されているこの会社は、ガラも口調も悪いが皆仕事熱心で、そして治部良川の下でよく統率が取れていた。

 人に何かを教えられたり、叱られたりする経験が久しくなかった良一にはかなり新鮮で、仕事はやりがいがあった。体を動かすのが性に合っているというのもあるだろう。

「俺、鳶職人になる」

 そう言った良一に両親は顎が外れるほど驚いていた。

 赤いニッカポッカを履いて仕事に出かける良一を信じられなかったようで、こっそり親が仕事現場を見に来たこともあった。そして本当に働く良一を見て、やはり顎が外れるほど驚いていた。

「良一、お前一体どうしたんだ」

 夕飯の席で、親父に三年ぶりくらいに話しかけられた。

「どうしたって?」

「毎日殴り合いの喧嘩をしたりカツアゲをしたりして高校を追い出されたお前が、なんで急に働くことにしたんだ」

「あぁ……そんけーする兄貴に、高校にも行ってないんならせめて働けって言われてさぁ」

「兄貴? ヤクザ者か何かか?」

「ちげーよ。K大学に通う大学生」

「K大学? どうしてそんな高学歴な人間と知り合った。まさかカツアゲしたのか」

「ちげーよ。ケンカして負けたんだ。そんで色々あって、舎弟になろうと思ったら、とりあえず働けって言われた」

「意味がわからんな……」

 親父の顔は困惑に満ち満ちていた。良一は飯をかきこむ。

「まーでも、ちゃんと働いて金もらうっていいな。今まで親父とお袋には迷惑かけてごめん」

 するとここまで黙って話を聞いていただけだった母親が、突如泣き始めた。親父が慌てた。

「おい、何も泣くことないだろう」

「だってあなた、良一が真面目に働いているだけじゃなく、私たちに謝るなんて……今まで何度補導されても全然気にしてなかったこの子が、謝るなんて……!」

 母親は箸を置き、両手で顔を覆ってわああーっと泣き崩れた。それを見た親父も、泣き始めた。良一は面食らった。

「え、なんで二人とも泣いてんの?」

 いい年した両親が泣くなど想像すらしておらず、良一は茶碗と箸を握りしめたまま、ひたすらに困惑した。



「高木ワレェ、しっかりやらんかぁ!」

「はい、すいあせん!」

 治部良川は、鉄骨の上でせっせと働く高木に檄を飛ばした。

 治部良川は結局引退を取りやめ、再びさまざまな現場に顔を出す日々を送っている。

 忙しいのであるが、日がな一日やることなくぼーっとしているよりよほどいい。やっぱり体動かすのが性に合ってるなと思った。

 そんな治部良川の下に、スーツの男が寄ってくる。今回のプロジェクトの責任者である。

「治部神様、来ていただいて何よりです」

「ああ、死ぬまで働くことにした」

「それはそれは、素晴らしい決意ですね」

「生涯現役だ」

 治部良川はそれだけ言うと再び現場に向き合って、「おい、しっかりせぇや!」と腹の底から声を出した。

「あ、治部良川さん」

「おぉ、竹下じゃねえか。こんなとこでどうした」

「休憩中ですよ。そういう治部良川さんは、お仕事中ですか」

「ああ」

 現場の横を通りがかった竹下が治部良川へと近づいてくる。

「いやぁ、治部良川さん、有名な方だったんですね。てっきりちょっと口が悪い変なおじいさんだと思っていました」

「お前結構言葉に容赦ねえな」

「ははは」

「そんでお前の方は、最近仕事はどうなんだ」

「変わりませんよ。理不尽な客と、無茶を言う上司と、やる気のない開発課の人に挟まれてヒイヒイ言っています」

「の割には、前より顔色良くなったな」

「わかりますか?」

「ああ」

「センチュリーで首都高を走らされたり、セレブ女子校で猫を放して警備員に叱られたりするのに比べたら、仕事でのストレスなんて些細なものだって思えるようになりました・それに、須崎さんが可愛いですからね」

「そりゃあよかったな」

「ええ、まあ……」

 苦笑を漏らす竹下。治部良川は口の端を持ち上げた。

「仕事嫌んなったら、ウチの会社くるか」

「えっ、現場仕事ですか」

「まさか。事務だよ、事務」

「あぁ、なるほど。そうですね、本当に嫌になったら転職を考えてみます」

「おう」

 竹下は鉄骨の上で働く高木を見上げた。

「彼も頑張ってますねえ」

「おう」

「大吉さんや江藤さんはどうしてるんでしょうかね」

「さあな。連絡とってみるか」

「いいですね。久々にみんなで、あの喫茶店に集まりましょうか」

 竹下の提案に治部良川が頷いて、すっかり呼び出しの着信が来なくなったスマホの画面をタップした。



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