潜入・ザ・学園祭②
竹下は大吉の言葉にごくりと生唾を飲んだ。
江藤さんのストーカー。話には聞いていた。
なんでも彼女が落とした招待券を拾い、この学園内に侵入しようとしている変態がいるかもしれないと。竹下は声を落として大吉に問いかける。
「なぜ、ストーカーだと確信が?」
「スマホを右手に隠し持って、不自然な方向に曲げてる。大方スカートの中でも盗撮してるんやろ」
竹下は大吉の説明に鳥肌がたった。この学園祭の人混みに乗じて盗撮をするとは、おぞましい。
「しかし、学園と警察に連絡をしてあるのでしょう?」
「せや。けど、受付のゴタゴタ見たやろ。きっと忙しさのせいでチェックが甘くなっていて、侵入に成功したに違いない」
「そんな……では、すぐにもう一度連絡しましょう」
「待って、竹下さん」
スマホを取り出そうとする竹下を大吉はとどめた。
「今そんなことしたら、警察がわらわら校内に入って来て、学園祭が台無しや」
「しかし犯人を放っておくわけには」
「まあまあまあ、竹下さん、ここは大吉の兄貴と俺に任せてくださいよ!」
ここで話の流れを理解した様子の高木が、嬉々として名乗りを上げてきた。口角が吊り上がっており、顔中に喜色をまとわせ、なんだか喜びを隠しきれていない。
嫌な予感がする。竹下の背中を冷や汗が伝った。
「この大吉・高木コンビが、事件をパーっと華麗に解決してみせますよ! ですよね、兄貴?」
「まあ、せやな。けどあんま注目を浴びるのは良くない。力を貸してくれへんか」
大吉は、竹下と治部良川、鞄に詰め込まれている須崎を見る。
「俺と高木であのストーカーをなんとかするから、竹下さんたちにはなるべくこっちに注目が集まらんよう、目立って欲しいんや」
「しかし、目立つと言っても……」
竹下が及び腰でいると、鞄の中から「なるほど」という声がした。
「そういうことなら、お安い御用。この須崎、微力ながらお手伝いをします」
「ありがとう、須崎さん」
「よし、若人の青春を守るためだ、俺もひと肌脱ごうじゃねえか」
「ええええええ」
乗り気な須崎と治部良川に、竹下だけが嫌そうな顔をした。
「無茶ですよ、こういうのは警察に任せましょうよ、ネッ」
「嫌や」
「なんか大吉くん、キャラ変わってませんか」
竹下がジト目で見つめても、大吉はどこ吹く風である。治部良川はガシッと竹下の肩に腕を回すと、ギリギリギリと首を締め上げる勢いで力を込めた。
「のぅ、竹下よ。やるしかねえぜ」
「くっ苦しい……! 絞まってますよ治部良川さん! わかりました! やりますやります!!」
半ば無理やり参加を強制させられた竹下は、ヤケになっていった。
「よぉし、そうと決まりゃ早速やるぜ。竹下、俺ぁあのスーツ親父軍団のとこに行く。生徒はお前に任せた」
「えええ、一体どうすればいいというんです。下手すれば僕が変質者に間違われますよ」
「竹下さん、そういう時こそこの須崎にお任せあれ」
須崎は鞄から縞々の前足を出すと、ちょいちょいと振った。
「竹下さんはなるべく生徒が密集している場所に行って下さい。そうすれば後は、私がなんとかします」
「嫌な予感しかしないんですけど」
「大丈夫ですよ。さあっ、行きましょう!」
「うううう、もうどうなっても知りませんからね!」
竹下は半ばやけになり、走り出そうとして足を止めた。
「大吉さん、高木さん、ご武運をお祈りします!」
「おう」
「ああ」
二人の返事を聞き、竹下は女子高生が群れをなす中に突撃した。
「さて、俺も行くか。おめえら、ぬかるんじゃねえぞ」
「任しとき」
「任せてくださいっす!」
ここに喫茶店の店員と常連たちによる、「こっそりストーカー捕獲作戦」が幕を開ける。
最初に動いたのは、治部良川だった。
今日も今日とて愛用のニッカポッカスタイルを崩さない治部良川は、上品なスーツを着込んだイケオジ軍団に迷うことなく近づいて行く。どう考えても場違いな治部良川であるが、全く怯まず、むしろ堂々とした足取りだった。
スーツイケオジの一人が治部良川に気がつく。
彼は一瞬怪訝そうな顔をしてから、すぐにハッとした表情になった。
「その黒いニッカポッカ、そのお顔立ち、もしや伝説の鳶職人、治部神様では……!?」
すると周囲にいたスーツのおじさまたちも、ざわめきながら治部良川を見た。
「治部神様……あの、現場で五十年間一人の死傷者も出していないという、伝説の?」
「本当に実在する人物だったのか……!」
「治部神様、いつもお世話になっております!」
「おう」
スーツ軍団は大手建設会社やゼネコンの関係者ばかりだった。末端のいち社員ならばいざ知らず、治部良川の噂というのは業界内で広く轟いている。
何せ彼が携わった現場では、六十年間無事故を貫いているのだ。有り難がられ、生き神として崇め奉られても何もおかしくない。
両手を合わせてお辞儀をする人の群れをかき分け、一人の壮年の男が治部良川へと近づく。くるんとしたまつ毛とぱっちり二重のお目目が可愛らしい男だった。
「治部良川様、一度お会いしたいと思っておりました。私、こういう者でして」
「あぁ、こりゃどうも。五ツ宮さんか。娘さんにお会いしましたよ。いやぁ、いい娘さんですね」
「娘にお会いしていただけましたか。これはどうも」
大手不動産総合グループの代表取締役社長、五ツ宮佳五郎にさえも臆さずに会話に応じる治部良川。治部良川の周囲には輪が作られ、皆が頭を下げて両手を合わせ拝んでいた。異様な光景だった。
治部良川はそれら崇拝の眼差しを受け止めつつ、心の中で思う。
(こっちは任せろ。あとは頼んだぜ、高木、大吉!)
「いいですか、竹下さん。私が合図を出したら即座に行動開始です」
「ううう、わかりましたよ。こうなったらもうヤケです」
竹下は鞄の中の須崎と小声で話しながら、一際人が密集している場所へと行く。どうも教室の一つでやっている催物が盛況を博しているらしく、生徒たちが集っている様子だった。
竹下は大股でそこに近づく。心臓がドキドキとうるさかった。こんな場所に竹下のような人間がいること自体が不自然なのに、その上これからさらに竹下は目立つことをしなければならないのだ。
一介のサラリーマンである竹下が、なぜこんな状況に陥っているのか。考えてもわからない。
生徒との距離はどんどん近づいてきた。何人かが竹下に気がつき、振り向いてくる。一人と目があった。黒髪をくるくるに巻いた生徒は、脇目も振らずにズンズン近づいてくる竹下を怪訝そうな顔で見つめた。
「今です、竹下さん!」
「…………っ!」
竹下は須崎の掛け声に合わせ、持っていた鞄のチャックをジャーっと全開にした。解放された鞄の裂け目から、須崎は軽やかに跳躍して飛び出す。
灰色の縞猫が空中を駆け、生徒たちの視線が集中した。
須崎は廊下の窓枠にスタッと着地すると、前脚を顔の前にかざし、小首を傾げる。とっておきの可愛らしいポーズを決めた須崎は、媚びに媚びた声を出した。
「ニャーン!」
「……っか、可愛い〜!!」
「ねこだわ!」
「えー、可愛い〜!!」
廊下を埋め尽くす、「可愛い!!」の大合唱。
「どこから来たのー?」「野良猫かしら?」「この子、すっごい人懐っこいよ」
などなど、須崎の前には人だかりができ、大人気となった。もはやくたびれたサラリーマン竹下を構う生徒など誰もいない。
竹下はよろよろと後退し、壁に張り付く。
「さすが、ねこの魅力はすごいなぁ……」
これでしばらく、生徒たちの注目は須崎に釘付けだろう。
頼みましたよ、高木くんに大吉くん。
竹下がそっと視線を移すと、ストーカーと思しき人物に静かに近づいていく二人の姿が見えた。




