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ねこ店長の喫茶店【改稿版】  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ


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一枚のチケットと特製カレー④


 大吉が振り向いた先、立っていたのは当然だが幸太ではなかった。

 そこにいたのは治部良川、竹下、高木、そして須崎を抱きかかえた江藤。

 大吉は落胆する気持ちを抑えられず、かと言って邪険にするのも気が引けた。壁に寄りかかったままに胡乱な目を向け、投げやりに問いかける。

「何やねん揃いも揃って……」

 真っ先に前に踏み出したのは高木だ。

「兄貴、探したんすよ! 悩みがあるんなら言ってくださいよ、水臭い!」

「やかましいわ」

 高木のまっすぐすぎる視線が、在りし日の自分を思い起こさせて胸に痛い。この男は元チンピラのくせして、時々妙に純粋な一面を出してくるのでタチが悪い。

 次に高木の横に並んだのは治部良川だった。

「……大吉、ワレにも色々あるんだろうが、俺に言わせりゃ人生なんて色々あるのが普通だ。まだ悲観するにゃ早すぎる年齢だろうが」

「そうですよ、大吉さんは若いんです。これから先、楽しいことだって色々あるでしょう」

「…………」

 よくわからないが説得にかかられている。

「俺、ずっと思ってたんすけど、兄貴って実はスッゲーアツい人っすよね」

「何でやねん。そんな訳ないやろ」

「だってそうじゃなかったら、駅で俺に絡まれる愛チャンを助けたりしないっしょ」

「…………」

「俺、兄貴のこと尊敬してるっす!」

「お前俺に鼻火傷させられたの忘れたんか」

「それも含めて、尊敬してるっす!」

「何でやねん。お前ホンマもんのアホやな」

 大吉の暴言に高木は「へへへ!」と笑った。その笑顔を見ていると、意地張っているのがアホらしくなった。

 脱力し、壁に背中を預けて天井を向き、大きくため息をついた。無機質な鉄筋コンクリートの天井は、何の面白味もなかった。

 あの時、高木に絡まれる江藤を助けた時から、自分の気持ちというものをわかっていたのだ。

 本当に関わりたくなければ知らないふりをするべきだった。しかしできなかった。

 東京の片隅に、時代に抗うようにして存在している小さな喫茶店。静かな店内にはなぜか縞猫の店長がいて、「なんじゃワレェ」が口癖の変な老人がいて、常時胃が痛そうなサラリーマンがいて、妙に人懐っこいチンピラがいて、そして上京して居場所がない江藤がいた。

 皆、この大都会に疲れて癒しを求めて喫茶店にやってきた常連客たちだ。

 江藤愛の「友達になってください」というセリフをきっかけにして奇妙な連帯感が生まれた常連たちを、大吉は嫌いではなかった。あの穏やかなねこ店長の須崎が、嫌いではなかった。

 だからこそ江藤を助けたのだろう。

「あの……大吉さん」

 おずおずと話しかけてきたのは、江藤だった。

 須崎を抱きかかえている江藤は、片手で制服のポケットを探り、何かを差し出してくる。

 少しクシャっとしてしまっているそれは、江藤が先ほど持ってきていた学園祭のチケットだ。

「私、頑張って準備してるんで、ぜひ学園祭でやる喫茶店に皆さんに来て欲しくって……どうでしょうか……?」

 チケットと江藤の顔とを交互に見比べる。

 その表情は自信に乏しく、大吉の顔色を窺っているようだったが、それでもチケットを差し出す手を引っ込める様子はない。

 初めて店に来たのを見た時はいかにも上京したてで東京に慣れていない、オドオドとした子やなと思ったものだが、どうやらあの時に比べれば随分と成長したらしい。それもこれも今いるメンバーのおかげなのかと思うと、少し不思議な気持ちになる。

 普通であれば出会うはずがないような連中のはずだ。

 有名女子校の高校生と、ただの大学生と、鳶職人の老人と、しがないサラリーマンと、元チンピラが交流を持つことなど絶対にありえない。

 不可能を可能にしてしまったのは、猫の須崎が営む喫茶店のおかげだ。

 須崎の店が、このメンバーに妙な連帯感を生み出したのだ。

 江藤の腕に大人しく抱かれている須崎が、いつも通りの穏やかな声を発する。

「大吉さん。皆さんと一緒に行きましょうよ。大吉さんがいなければ、私は学園祭に行けないことですし」

 そもそも猫が行っていいところではないだろうに。

 しかしそんなツッコミを入れるのは野暮な気がした。

 ……それに。

 大吉には江藤の学園祭で一つの懸念点があった。

 聖フェリシア女学院の生徒の写真は高く売れるという高木の話。

 以前、二人の後をつけていたストーカーのような存在。

 五ツ宮の痴漢被害。

 そして江藤の消えた一枚のチケット。

 学園祭で良くないことが起こるような、そんな漠然とした嫌な気持ちが大吉の胸中にじわりじわりと忍び寄る。

 何かに真剣に全力に打ち込む江藤の姿は、紛れもなくかつての自分と重なって見えて、だからこそ。

(守りたい。成功させてやりたい) 

 大都会東京で一歩を踏み出し、居場所を作りつつある江藤の笑顔を守りたい。

 だから大吉は。右手を差し出しチケットを受け取ると、短く答えるのだ。

「……せやな」

「っしゃあ!!」

 高木が東京駅構内の無機質な天井に向かって大きくガッツポーズをした。

「いい面構えだなワレェ」と治部良川が笑う。

「それでこそ、若人です」と妙に達観したように竹下が言った。

「ありがとうございます」と江藤は安心している様子だった。

 須崎は喉をゴロゴロと鳴らしながら尻尾をくねらせている。

 幸太の代わりに現れたのが彼らであるというならば、それはそれで悪くはない。

 生まれも育った境遇も年齢も何もかもが違うけれど、あの喫茶店を中心に確かに自分達はつながっているのだ。

 ――なぁ。俺、そろそろ先に進んでもええんかな。

 心の中で問いかける。きっと幸太はこう答えるはずだ。

『ええに決まってるやろ! ったく、いつまでウジウジしてるつもりや』

 出会った時の健康的な幸太の弾けるような笑顔が、脳裏に浮かんだ。

 


「――学園祭のことで、話がある」

 須崎の喫茶店に戻った一同の前で、大吉が話を切り出した。

 ちなみに江藤はもういない。チケットを渡しに店に来ただけだったようで、また学園祭の準備で学校に戻ってしまっていた。

 ちょうどいいので大吉は、須崎の特製賄いカレーを食べながら常連客および須崎に自分の考えを話そうと思った次第だった。

「江藤さんが学園祭のチケットを一枚、無くしたらしい。見つけたのはどこにでもいそうなリーマンっつう話やったが、そいつが良くない奴の可能性がある」

 話を聞いていた常連客がざわつく。大吉は話を続けた。

「前に、江藤さんと五ツ宮さんの後をつけている奴がいた。高木の話だと、聖フェリシアに通ってる子の写真は高く売れるらしい。ちゅうことは、江藤さんのチケットを使って学園祭に侵入しようとしているかもしれん」

「やべーじゃねえっすか!」

 ガタッと勢いよく立ち上がった高木が声を大にして言う。

「変質者のせいで愛チャンの学園祭が台無しになったらかわいそうっす。兄貴、俺たちで犯人捕まえましょうよ!」

「アホか」

 大吉は意気込む高木を一蹴した。

「こんなもん、学校と警察に相談すりゃあそれで解決やろ。招待券見ろ、江藤さんの名前入っとる。多分、受付で券を渡すんや。なら、江藤さんが自分で招待していないのにやって来た奴、そいつこそが犯人や。受付で一発でバレんで」

「えっ、じゃあ俺らの出番なしっすか!? じゃあなんで意味深に話したんすか!」

「情報共有や。そういうこともあんねんでってな」

「ええー!!」

 高木のオーバーリアクションとは裏腹に、年長組は落ち着いたものだった。

「なるほど、一見普通に見えても実は危ない人というのはいるものですからねぇ」

 竹下は納得顔で頷いている。

「よぉし、早速警察に行こうじゃねえか」

 治部良川は警察に行く気満々だ。

 須崎もちょんと前足を上げる。

「では、私も一緒に警察に……」

 途端、一斉に「ダメだ」「ダメですよ」「ダメっすよ」「アカン」という声が飛んだ。

 大吉は至極真剣な表情で須崎を見る。

「須崎さんは店で大人しくしておいて」

「……わかりました」

 須崎は耳をしゅんと垂れてとても残念そうな顔をしている。

 残念でも何でも、警察に須崎を連れていく訳にはいかない。いつ何時ボロが出るかわからないのだ。

 とりあえず腹ごしらえに、カレーを頬張る。

 須崎が丹精込めて作ったカレーはほどよい辛さで癖になる。

 これから、ここから、自分を変えて一歩前に踏み出そうと考えている大吉にとって、このカレーの辛さはちょうどいい刺激になりそうだった。


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