常連と平社員とシナモンコーヒー①
「暑い」
「暑いっすねぇ」
「高木、お前、なんでしょっちゅうここにいるんだ? 仕事はどうした」
「今日は非番なんす」
「なら家にでもいろよ」
「俺は兄貴の舎弟なんで、休みの日には兄貴に会いに来るのが筋ってもんでしょう!」
「…………」
大吉は隣を当然のように歩く高木に白い目を向けたが、高木は全く気にしていなさそうだった。
大阪から上京して一人暮らしの大吉は、定期券を利用して大学がない日でもしょっちゅう日本橋にやってきては喫茶店でアルバイトをしたりタバコをふかしたりしている。
それを知っている高木は、仕事終わりや仕事休みの日でもせっせと大吉に会いに日本橋まで来ているらしい。ご苦労なことだ。勝手に舎弟気取りの高木は、ばったり東京駅で出くわした大吉について喫茶店までの道のりを歩いていた。いついかなる時でも人が多い東京駅で、よくもまあ偶然に出会うものだと大吉は内心驚いていた。
「兄貴が通りかからないかなーって、駅で張っていてよかったっす!」
訂正。ばったり出くわした訳ではなく、待ち伏せされていたらしい。
「ストーカーかよ」
思わず大吉は高木にツッコミをいれたが、高木は「へへへ!」と笑うばかりで全く気にしていなさそうだ。
「ストーカーといえば、こないだ愛チャンと珪華チャンのこと後ろからつけてた奴、何なんすかね」
「さあな」
「聖フェリシアに通う子の写真は高く売れるから、やっぱ盗撮目当てっすかね。やばい奴じゃないといいんすけど」
それを聞いた大吉はふと一つの可能性に思い至り、足を止めて高木をぎろりと睨みつけた。
「お前……まさか、江藤さんの盗撮目当てで店に通ってるんやないやろうな」
「やだなぁ、兄貴! 俺はもうそういうのからは足を洗いましたから。そんなことしませんよ」
大慌てで両手をブンブン振る高木を見据え、大吉はひとまず納得した。
「……まあ、お前は嘘つくの下手そうやし、信じたるわ」
「駅で愛チャンを助けた時といい、兄貴はセーギカンが強いっすね!」
「セーギカン? ……あぁ、正義感か。いや、そんなんやない」
大吉はまた地面を見つめながら歩き出した。均一に敷かれたアスファルトの道路は、見つめていても特に面白味のあるものではない。ひび割れた地面にゴミが落ちている。
「なんでっすか? あんな風に割って入られたの、俺、初めてっすよ!」
「……そりゃ、知り合いがアホに絡まれとったら、助けに入るやろ。ましてやそれが……多感な年頃の高校生なら尚更や」
大吉は高木に話しながら、ますますうつむいていく。背中が丸まり、真夏の陽が当たって痛いくらいだ。
「……高校生活は楽しいことだけ経験すればええんや」
「……兄貴?」
ハッと我に返り顔を上げると、不思議そうな表情を浮かべている高木と目が合う。
「何でもない。忘れろ」
喋りすぎたか。もうこいつと話すのはやめよう。
高木がしつこく「兄貴―、兄貴―」と話しかけてきたが、知らん顔をして喫茶店のあるれんげ通りに入るために通りを曲がった。
「あ。噂をすれば珪華チャン」
曲がった途端にばったりと五ツ宮珪華に出くわす。夏休みだというのに今日も制服姿の珪華は、何やらスーツを着た若いビジネスマンと押し問答を繰り広げている様子だった。
「いいから、草太さん。受け取って下さいませ」
「いや、でも、ご両親に反対されてるんだろう」
「でも、わたくしは草太さんに来て欲しいんです」
珪華はぐいぐいとビジネスマンの胸元に紙切れを押し付け、ビジネスマンはそれを拒もうとしている。
「わたくしは草太さんと一緒に学園祭をまわりたいんです!」
「五ツ宮さん、気持ちは嬉しいけど君と僕とじゃあやっぱり住む世界が違うよ」
「草太さんまでそんなこと言うのね!」
珪華はショックを受けたように立ち尽くし、大きな瞳を涙で潤ませた。
「どうしてそんな酷いこと言うの? 何がそんなにいけないの? わたくしが、五ツ宮グループの娘だから? もっと普通の生まれだったらよかったの?」
「違う、君を責めている訳じゃ……」
「……草太さんのばか! もう知りませんわ!!」
「あっ、待ってくれ!」
ビジネスマンこと草太の呼びかけも虚しく、涙を流しながら珪華は走り去っていく。草太は後を追ったが、珪華は永代通りで待っていたセンチュリーに乗り込むと、さっさと行ってしまった。
がくりと肩を落とす草太。
その背後から一人の男が忍び寄り、がっしりと肩を掴んだ。
「よーお、草太クン? ちょっと面かしてくんねーかな」
「ひっ」
眉毛を全て剃り上げ、白に近い金髪をし、地下足袋に赤いニッカポッカを履いた男に絡まれた草太は小さく悲鳴をあげて周囲を見回した。しかし明らかにやばそうな外見の高木に絡まれている草太を助け出そうなんて考える人間はこの街にいない。
「はいはいはーい! 大吉の兄貴、連れが一人増えたぜー」
「そのリーマン嫌がってるやろうが。放っておけよ」
ご機嫌な顔で草太の肩を掴んで離さない高木を見て、大吉は苦言を呈した。
「えー? でもなんか面白そうだから、話くらい聞いてやりましょうよ!」
「完全に余計なお世話だろ」
「そうっすかね」
大吉のことを兄貴と呼ぶ割に、高木は全く大吉の言うことを聞こうとしない。
元チンピラの考えることはよくわからん。
呆れた大吉は、しかしもうそろそろバイトの時間になってしまうため、連れが増えたことは気にしないようにして足早にいつもの喫茶店へと向かった。
からんからん、とベルの音がして扉が開く。
外とは一転して涼やかな空気が大吉の肌を冷やしてくれる。
すでに店内には、治部良川と竹下がいてくつろいでいる様子だった。
常連だけならばここで須崎が出てきて迎え入れてくれるのだが、今は草太がいるため顔を出さない。なので大吉が応対する。
「とりあえず適当に座っとけ。今、水とメニュー持って来るから」
「はいはーい!」
「え? え? 君、ここの店員さんなのかい」
「んああ」
「愛想のなさがすごいな……」
草太の最もな発言を右から左に聞き流し、大吉は奥の扉を開けて厨房に行く。
扉を開けた先では須崎がキッチンの清掃に励んでいた。踏み台の上に乗っかって、前足で台拭きを使い綺麗に流しを拭き上げている。




