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ねこ店長の喫茶店【改稿版】  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ


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お嬢様と初めてのオムハヤシ②

 愛は、テーブルをくっつけて座ってきたチンピラ(高木良一というらしい)と珪華の三人で座っていた。

 珪華は奇怪な見た目の高木に興味があるらしく、彼のことをまじまじと見つめている。きっと眉毛全剃りの人間に出会ったことなど未だかつてないのだろう。視線が眉毛に釘付けになっている。

 今愛は、高木から、一体何があって大吉を「兄貴」と呼ぶことになったのかのいきさつを聞かされていた。といってもその理由は至極単純で、高木を撃退した大吉の鮮やかな技に惚れたらしい。

 愛は当事者であるためその時のことを知っていたが、高木は微に入り細に入り、そして若干大袈裟に話を盛って聞かせてくれた。

「というわけで、俺は大吉の兄貴の舎弟になったってわけっすよ」

「はぁ……」

 得意げに語る高木と生返事をする愛。そこにすっと差し出された料理と、嫌そうな顔の大吉。

「ほら、オムハヤシとカツカレー。……あと、俺はお前を舎弟にした覚えはない。治部良川さんの舎弟だろ」

「大吉の兄貴の舎弟にして、治部神様の舎弟っすよ!」

「神様」という大袈裟な単語に愛は思わず高木に聞き返す。

「じ、治部神様?」

「おう、あの人、ギョーカイじゃ有名な鳶職人らしくって、界隈の人にそう呼ばれてるらしいんす」

「あ、そうなんだ……そういえばそんなこと言ってたような……」

 確かに、電話のコール音すごかったもんね、と思い出す。

「それより、オムハヤシとカツカレーうまそうっすね!」

「まだ注文の品は揃ってないぞ。今須崎さんが持ってきてくれる」

「お待たせいたしました、ピラフとスパゲティナポリタンです」

 大吉の声に合わせたかのようにタイミング良く須崎が現れた。

 あの小さな肉球にどうやって載せているのか、須崎は非常にバランス良く両手に皿を持っている。二本の後ろ足でトテトテ歩いてやってきて背伸びをしてテーブルに料理を乗せると、たちまち全員の意識が料理に向いた。

「まぁ! 美味しそう!」

 たちまち珪華がスマホを構えて料理の写真を撮り始めた。一皿ずつあらゆる角度から写真を撮る様は、完全に業者のそれである。バシャバシャと写真を撮る理由はもちろん、学園祭で喫茶店をやる際の参考にするためだ。

 ひとしきり写真を撮り終え、写り具合を確認してから満足した様子で頷いた珪華は皿を指し示した。

「お待たせいたしました。冷めないうちに、皆さんで召し上がりましょう」

「おっしゃあ、待ってました!」

 言うが早いが高木はさっそく須崎が持ってきてくれた取り皿にナポリタンをこんもりと盛り付け、かじりついた。

「愛さんは何から召し上がります?」

「えーっと、ピラフかな。珪華ちゃんは?」

「わたくしはオムハヤシですわ!」

 どうもオムハヤシが気になっていたらしい珪華が即答し、取り皿に上品に自分の分のオムハヤシを取り分けた。丁寧に「いただきます」と言った後、一口大にスプーンにすくい、食べる。

 珪華は本日何度目かの驚愕に目を見開き、ゆっくりとオムハヤシを味わった。

 生粋のお嬢様である珪華が、七百八十円のオムハヤシにどのような反応を示すのか。興味のあった面々は注意深く珪華の動向を伺った。

 オムハヤシを二、三口食べた珪華がスプーンを置くと、わななく唇を開いた。

「……愛さん、わたくし、今までオムライス・ハヤシライスを食べたことならありますが、一緒に食べるとこんなにも美味しいのですね…!」

 珪華は俄然他の料理にも興味が出たらしく、次々に皿に盛り付けながら食べ始めた。その勢いたるや、鳶仕事で腹を空かせていた高木もびっくりの速度だ。

「こちらのナポリタンも、そちらのピラフもとっても美味しいですわ! 一流ホテルに負けない味がします!」

「そら、須崎さんが丹精込めて作ってる料理がホテルに負けるわけないやろ」

 追加の皿を持ってやってきた大吉がそんな風にどこか得意そうに言う。

「ほら、ミックスサンドとピザトースト」

「まあいい匂い! 愛さん、写真の用意はよろしくて?」

「うん」

 テンションの上がっている珪華に言われるがままにスマホを取り出し、写真を撮る準備をする。あらゆる角度から料理を激写した後、三人でまたしても料理を食べ始めた。

 珪華は本当に店のメニューを全制覇する気らしく、須崎に次々に注文をする。

 三人は珪華の奢りによって運ばれてくる料理たちをひたすらに食べた。

 愛は申し訳ないから少し払うと言ったが、高木は財布を出すそぶりすら見せなかった。一番食べているというのに、なんということだろうか。見かねた大吉に「ちったぁ払えよ」と後頭部を小突かれていた。

「いやぁ、兄貴と治部神様に言われてカツアゲやめたから、俺今、金なくって……!」

「そもそもカツアゲで金を巻き上げようとすんな」

「……来月には給料振り込むって治部神様が言ってくれたから、それまで待って!」

「まあ。わたくしは別に構わないですよ。食べきれないから手伝ってもらっただけですし……」

「ほらぁ、お嬢様がこう言ってくれてるし! ねえ、須崎さん!」

「高木さん、食べた分はきちんとお支払いはした方がいいですよ」

「ぐ! ……来月、払います」

 さしもの高木も須崎には逆らえない様子だった。

 須崎は可愛らしい見た目の縞猫だが、言っていることはいつでも真に迫っている。

 肩を落とした高木がなぜだか少し可愛く見えて、愛と珪華は顔を見合わせてくすっと笑った。

 壁掛け時計がカチコチと時を刻む。

 気がつけばもう、夜の八時になろうとしていた。

「大変、もうこんな時間ですのね。わたくし帰りませんと」

「私も。お母さんに心配かけちゃう」

「じゃ、俺も行こーっと」

 珪華と愛、高木が席を立つと、なぜか大吉もエプロンを手早く外しながら出口に向かった。

「須崎さん、俺、ちょっとこの人ら送りに行ってきてええ? 後で片付けしに戻るから」

「はい、構いませんよ。夜道は危ないですからね。これ、お土産です」

 須崎はそう言って、全員の手にラッピングされた肉球型クッキーを渡してくれた。

 珪華の顔が綻ぶ。

「わぁ、先ほどのプリン・ア・ラ・モードにも載っていましたわね……!」

「サービスですよ。ぜひまたお越しください。では大吉さん、お客様をよろしくお願いします」

「ん」

 須崎に見送られ、四人は店を出る。外はすっかり暗くなっていた。東京の夏は、夜になってもまだ熱気をはらんだ澱んだ空気が満ちている。ビルの間の僅かに見える空を見上げても、星はほとんど見えない。

 一日の終わりに帰宅の途につくビジネスマンたちが駅へと向かう。愛たちもその流れに乗った。

「兄貴ぃ、心配しすぎだって。この俺がいるんだから大丈夫! 何も起きない!」

「そのお前が一番心配な人間やろうが。江藤さんナンパしてたくせに」

「だって愛ちゃん可愛いし、聖フェリシア女学院の制服着てたら話しかけたくなるっしょ! ナカマ内でも有名なんすよ? 写真が高く売れるんだって!」

 あまりにもあけすけな物言いに、愛と大吉の顔が歪んだ。さすがの珪華も困ったような顔をしている。

「お前にはデリカシーっつうもんがないのか。その口を閉じろ」

「高木さん、最低です!」

「高木さん、さすがにそれはちょっと……」

「えぇ? す、すんません……」

 三人の非難がましい目つきにあてられ、高木が頭を下げる。微妙な空気が流れた。

 愛はそれを払拭するべく、あえて話題を変えた。

「あの、珪華ちゃん。本当に全部ご馳走になってよかったの?」

「ええ、もちろんです」

 にこり。珪華は上品に微笑む。

「わたくし、普通の友達付き合いというものをしたことがなかったの。だから今日はとても楽しかったわ。愛さん、ありがとう」

 珪華の言葉に愛はじぃんとした。

「ありがとうは、こっちのセリフだよ珪華ちゃん。珪華ちゃんが私の喫茶店案に賛成してくれなかったら、きっと私はクラスで恥をかいて、今でも一人ぼっちのままだったもん。ねえ、珪華ちゃん、あの時どうして私の喫茶店案に賛成してくれたの?」

 愛はずっと疑問だったことを珪華にぶつけてみた。

 珪華はクラスの中でも存在感が強い。先生からの信頼も厚く、PTAからも評判の良い生徒だ。クラスメイトたちは自分のやりたい劇がいかに素晴らしいのかを主張しながら、チラチラと珪華を見ていた。沈黙を保っている珪華を味方に引き入れられれば形勢が逆転するからだ。

 そんな珪華が初めて学園祭の出し物の中で肯定の意を見せたのが、愛の提案した「レトロ喫茶店」だった。

 完全なる大穴の存在に劇をやりたかったクラスメイトたちは絶句した。が、もう遅い。

「確かに喫茶店、いいかも」「劇だと配役でまた揉めるし」「五ツ宮さんがそう言うなら」「目新しくて逆にウケそう」などと肯定的な意見が次々に飛び出し、先生の「これで決まりですね」という鶴の一声によりあっさりとクラスの出し物が喫茶店に決まったのだ。

 愛はその時のことを思い出しながら尋ねると、珪華がはにかみながら答えてくれた。

「愛さんの意見がとても素敵だったから。それに、わたくし……一生懸命な方が好きなんです」

 そうして珪華は、どこか遠くを見るようにビルの一角を見上げる。

 愛もつられて視線を上に向けてみたが、そこにはビルに切り取られて小さく夜空が見えるだけだった。そういえば東京に来てから、星を見かけていないなということに気が付く。

 東京駅の日本橋口駅まで来ると、珪華が足を止める。

「ではわたくしは迎えの車が来ておりますので、ここで失礼させていただきますわ」

「うん、また学校でね」

 珪華は愛たちに手を振るとロータリーに止まる黒塗りの車に向かう。傍らには黒いスーツをビシッと着こなした男が立っており、珪華に慇懃なお辞儀をすると白い手袋を嵌めた手で後部座席の扉を開けた。乗り込んだ珪華は最後にまた三人に向かってお辞儀をする。運転手によって扉が閉められ、車は発進した。

「すげぇ、センチュリーじゃん」

「二千万円はするぜ。本物のお嬢様だな」

 高木と大吉は口を開けて、去ってゆく車を見送っていた。

 それから目を見合わせた二人は、愛にはわからない会話を交わす。

「つけられてたな」

「っすね。さすが大吉の兄貴。気づいてたんすね」

「ヤバそうな奴だった。お前の仲間?」

「いや、違うっす。シメに行きますか?」

「いや。お前働き始めたばっかなんやから、問題起こしたらあかんやろ。放っとこう」

「っす」

「え、なになに、なんかあったんですか?」

「江藤さんが心配することじゃない」

「そうっすよ!」

「気になるんですけど……」

「それより江藤さん」

「何ですか?」

「頑張ってるんやな」

 愛は、大吉の言葉にキョトンする。それからすぐに笑みを浮かべた。

「はい! お店の皆さんのおかげで、私、まだまだ頑張れそうです!」

「そう。そりゃよかった」

「っす」

 大吉は、ちょっと笑ってくれた。いつも何事にも無関心そうにタバコを吸っている大吉の笑顔を愛は初めて見て、ちょっと嬉しかった。

 高木は最悪な出会い方をしたとは思えないほど、人懐こい笑みを浮かべていた。

 二人はスタスタと日本橋口から東京駅構内へと入っていく。愛は慌てて二人の後を追った。

 その、数秒後。

 一人の男が静かに姿を現す。

 男は、珪華を乗せたセンチュリーが走り去っていった方角を見つめ、それから駅の中に吸い込まれていった愛たちの後ろ姿を見つめた。

「…………」

 男はしばし立ち尽くしてから踵を返して歩き出し、夜の東京都中央区のオフィス街へと消えて行った。


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