チンピラとチョコレートパフェ
「見つけたぜ、関節技の兄貴!」
「あ?」
大吉がその人物と再会を果たしたのは、とある灼熱の真夏の日であった。
相変わらず大吉はアルバイトのため日本橋にある喫茶店に向かおうと東京駅を出たところであった。
ところでなぜ大吉が日本橋駅ではなくわざわざ店から少し離れた東京駅を使うのかというと、自宅からの乗り換えが便利なのと、地下鉄に乗ると余分な金がかかるからだ。
地下鉄に乗る金を浮かせて、その分タバコを買った方がいいに決まっている。
「誰だ、お前」
「俺っす、二日前にこの場所で兄貴にノされた!」
「?」
大吉は首を傾げた。基本的に大吉はタバコ以外のものに興味を抱かないので、そう説明されても全く男のことを思い出せない。
男はもどかしそうに地団駄を踏んだ後、急に鼻先を指差す。よく見ると鼻頭に丸い火傷が浮かんでいる。男は人差し指で火傷を指差した。
「ほら、ここで聖フェリシア女学院の生徒に絡んで、兄貴にタバコで焼き跡つけられた後に関節技キメられた、あの時のチンピラっす!」
「あぁ」
男のプライドをかなぐり捨てた説明により、ようやく大吉はその時のことを思い出した。そういえば駅の中で、江藤を助けたんだったな。
「で、その時のチンピラが何の用だ。リベンジマッチなら受けて立つが」
大吉はファイティングポーズを取って戦闘に備える。チンピラが慌てて両手を振った。
「いえいえ、違います! あん時は怒りで腸が煮えくりかえりそうだったけど、俺、兄貴の鮮やかなケンカの腕前に惚れちまいまして!」
「『覚えていやがれ』とか言ってなかったか」
「それは決め台詞ってやつっすよ!」
「捨て台詞の間違いじゃないのか」
チンピラは大吉のツッコミを無視し、揉み手でへこへこし始めた。大吉は一刻も早くタバコを吸いたかったので、無視して歩き出した。
「兄貴ぃ、あの反撃技どこで覚えたんすか」
「新世界のおっちゃんが教えてくれた」
「新世界! へえ、兄貴はグランドライン後半の海出身でしたか。どうりで強いわけだ。もしかして、覇気も使えるんじゃないっすか。もしかして能力者だったり?」
「そんなわけないだろ。新世界っつったら大阪だよ」
「大阪はグランドラインにあったんすね! 知りやせんでした!」
チンピラは歩き出した大吉に追いすがり、なおも話しかけてくる。しぶといやつである。
「あ、申し遅れやした。俺、高木良一っていいます。十八歳っす」
「ふーん」
「全然興味なさそう! 兄貴の名前は?」
「大吉」
「縁起いい名前っすね!」
大吉はチンピラの言動を気にせず、目的の店の扉を開けた。高木と名乗ったチンピラも入店した。高木は店の中をキョロキョロと見回す。
「へー、フンイキある店っすね」
「俺のバイト先。店に入ったからにはなんか食っていけよ」
「へい!」
威勢のいい返事をする高木を置き去りに、大吉は店の奥へと入っていく。
そこでは、大吉の到着を待っていた店長である縞猫の須崎が、椅子に腰掛けてのんびりと新聞を読んでいた。両足をぶらぶらとさせながらぱさりぱさりと紙面を捲る様はなかなか堂に入っていた。
「おはようございます、大吉さん」
「おはようございます」
須崎は新聞が読めるのか。新たな発見をしたなと思いつつ黒いエプロンを身につける。
「もしかしてお客様も連れていらっしゃいましたか?」
「ああ。適当に注文させる」
「どれどれ……」
須崎は厨房の扉をほんの少しだけ開けて店内を覗き見た。
隙間からは、勝手に大吉についてきた高木が椅子に座ってくつろいでいるのが見えた。
「なるほど。あのお客様でしたら、私が出て行っても平気そうですね」
「え!? いやいや、あいつアホだからやめた方がええよ。須崎さんの写真がネットで拡散されてまう」
喋って接客ができる須崎が気軽に店に出て行けば、あっという間に話題になってしまうだろう。須崎はそうした余計なトラブルを避けたくて大吉を雇っているのだ。そして高木は見るからにそうしたトラブルを呼び寄せそうな人間だった。
珍しく慌てる大吉を振り返り、須崎が猫の顔にごく穏やかな笑みを浮かべた。
「大丈夫です、私の長年の勘が告げています。『彼は無害な人間』だと」
「いやいや……つい二日前、東京駅で江藤さんナンパしてたで」
「まあ見ててください」
須崎はそう言って、扉を開けて店内に出て行ってしまった。何かあったら対処しようと大吉も後に続く。
高木はソファ席に大股を開いてどっかりと座っていた。
「いらっしゃいませ」
「おわ! ねこ!?」
「どうも、須崎と申します」
「スザキさん!?」
「漢字は、『必須事項』の『須』に山へんの『崎です』」
「『ひっすじこう』ってなんだ?」
須崎は丁寧にも、手にしていた伝票に自分の漢字を書きつけて高木に見せていた。高木はそれをまじまじと見つめ、素直に感心していた。
「へぇー……そういう字書くんすか」
「ご注文はいかがされますか?」
「チョコレートパフェで!」
「かしこまりました」
去っていく須崎を見送る高木は、「スッゲェ!」と目を輝かせていた。
「ねえ、大吉の兄貴! ねこって喋れるんすね! 俺、知りませんっした!」
「お前、須崎さんのこと写真に撮ってネットにあげたり誰かに喋ったりすること禁止な」
「なんでっすか?」
「須崎さんはただ静かに喫茶店をして暮らしたいんや。ネットに上がったりしたら大騒ぎになるだろうが」
「なるほど。兄貴がそう言うなら、従うっす」
「ところでお前、その兄貴って呼び方なんなんだ? そもそもどうして俺についてきたんだよ」
高木は大吉のこの最もすぎる疑問に居住まいを正してから答えた。
「はいっ、俺を、舎弟にしてください!」
「断る」
「なんでっすか!?」
大吉はとりあえずタバコを一本取り出して火をつけてから、理由を簡潔に説明した。
「俺、ただの大学生」
「へえ、兄貴はどこ大行ってんすか」
「すぐそこのK大学」
「K大学って、あのすげぇ頭いい!?」
「K大学薬学部二年」
「K大学のヤクガクブ!?!?」
高木は思いもよらない大吉の高学歴ぶりに度肝を抜かれ、大声を出す。
「高木は普段なにしてんの?」
「俺は主に、ゆすりたかりにカツアゲっすね」
「まるでチンピラのお手本だな」
「やだなぁ、そんな褒めないでくださいよ」
「学校はどうしてんだよ」
「中退したっす!」
「なんで」
「他校の奴らとボーリョクザタを五、六件起こしたら追い出されました!」
「親が泣くぞ」
「へへへ」
「お待たせいたしました、チョコレートパフェです」
須崎が会話を割ってチョコレートパフェを持ってやってきた。
猫の手を駆使して作り上げたパフェは、コーンフレーク、チョコレートアイス、バナナ、クッキーが入ったオーソドックスな一品だ。ちなみにクッキーはこの前須崎が竹下にプレゼントをしたものと同じ肉球クッキーを使っている。大吉も食べたことがあるが、シナモンが練り込まれたクッキーはほどよい甘さでとても美味しい。
高木はスプーン片手に豪快にバナナとチョコアイスをわしっとすくって一口で食べた。
「んま! 俺甘いモン好きなんすよね」
経歴とは裏腹に人畜無害そうな笑みを浮かべる高木。
大吉はどうしたもんかと考えた。面倒臭い奴に絡まれたもんだ。
目の前の高木は須崎が運んで来たチョコレートパフェをニコニコと頬張っており、帰る気配がない。こいつ金あるんだろうな。そもそも金を持っていたとして、今の話だと誰かからカツアゲして巻き上げた金なんじゃなかろうかと思う。そんな汚い金を須崎に渡すのはどうなのか。しかし奢ってやる理由もない。
大吉が内心で困っていると、喫茶店の扉が開いて来客を告げた。やって来た人物を見て、大吉はひらめく。
「お、ちょうどいい。おい、高木。お前、あの人に弟子入りしろ」
言って大吉が吸い差しのタバコで示した先にいた人物は、
「あぁ!? なんじゃワレェ!!」
治部良川であった。
めちゃくちゃな状況であろうと、須崎はいつもと変わらぬ声と笑顔で「いらっしゃいませ」と丁寧なお辞儀をした。
「なるほど、そういうことか。いいぞ」
大吉が簡潔に状況を説明したところ、治部良川はあっさりそう言ってくれた。
「元々俺がいた会社の鳶職人は、チンピラやらヤンキーみてえな奴ばっかだからな。俺の名前は治部良川庄左衛門。まあよろしく」
「俺は高木良一っす! ジブラガワさん、冗談みたいな名前っすね!」
「やかましぁ」
治部良川は満面の笑みで元気に自己紹介をした高木に言い返した。
何にせよこれで一件落着だろう。高木は大吉の舎弟にならず、治部良川のいる会社で鳶職人になる。高校も中退したと言っていたし、働けばきっと高木の親御さんも喜ぶはずだ。
「よし、早速行くぞ」
「わかりました! 兄貴、俺はこれで失礼しやす!」
高木は案外素直な性格らしく、スパゲティナポリタンをすごい勢いで啜って食べた治部良川の後に続いて店を出た。
後に残ったのは、空っぽのチョコレートパフェの器とナポリタンの皿だけだ。
大吉は皿を下げてテーブルの上を拭いた。たまには働かなければ、さすがにタバコばかり吸っていて給料をもらうのは忍びない。
皿洗いを終えた須崎が、腰に巻いたエプロンで手を拭きながらやってくる。心なしか尻尾が機嫌良さそうに揺れていた。
「大吉さん、いいことしましたね」
「んん?」
「やはり大吉さんを雇用して正解でした」
須崎が確信に満ちた調子でそんなことを言うので、大吉の空虚な心にほんの少しだけ灯りが灯った気がした。
「はい、これ。サービスです」
「肉球クッキー……」
ぽふんと渡されたのは、先ほどのパフェにも載っていた肉球型のクッキーだ。
ふっ、と思わず笑みが漏れた。
後日、ド派手な赤いニッカポッカに地下足袋を履き、頭に黒い手ぬぐいを巻いた高木が喫茶店を訪れて常連たちの度肝を抜いたのだが、それはまた別の話であった。




