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花のある生活  作者: 速水貴帆
花のある生活・2
9/10

バラのような人

 季節は梅雨を目前にひかえ、五月晴れのいい天気だった。柔らかな日光が《フラワー藤木》の店先にある花たちを、優しく照らし輝き、私は水揚げ作業をしていた。水揚げとは、一般的に水の中で花の茎をはさみで切ることをいう。こうすると、花の持ちが全然違うのだ。


 陽は真上までのび、長袖のTシャツではさすがに暑く腕をまくる。私は台所から麦茶を取り出し、母にも手渡す。お昼時には客の足も少し遠のく。

 母は、ありがとう、と言ってからタオルで首元を拭き、一口飲んで、ごくりと喉をならした。

「そういえば……」

 と、唐突に話しかけられる。

「この前、友達が北海道から来たじゃない? その時に空港まで見送りに行ったの憶えてる?」

 うん、と頷く前に母は話しを進める。

 確か、二ヶ月ほど前だったか、母の友達が北海道から子供を連れて東京へ遊びに来たついでに、うちへ寄

ったのだ。

「そしたらね、あの子、ほら、なんて言ったっけ? 花緒里のクラスメイトの子。中学の。きれいな子で、勉強も出来たから、いい高校入れた子!」

 ようやく話が見えてきた。

「ああ、道岡(みちおか)さん?」

「そうそう、道岡麗子(れいこ)ちゃん」

 時々、母の記憶力には脱帽する。よくフルネームで憶えているな、と思う。それほど、何か残るものがあったのか。

「その子が、どうかしたの?」

「いたのよ! 空港に。カート持って制服着てたから、スチュワーデス、今は、客室乗務員って言うんだっけ? なっていたのね。すごいわねえ」

 興奮して我がことのように話す母の言葉に、私はなぜか妙に納得していた。

 麗子という名前に負けないほどの、目鼻立ちの整った顔に、流れる背中までの黒髪はおさげにしていても十分に目立った。スタイルも良く、勉強はいつもトップだった。

 意志の強い、人を惹きつける魅力もあってか、常に取り巻きのような人に囲まれていて、それはまるで女王様のようですらあった。花に例えて言うならば、深紅のバラ。バラのように人を魅了してやまない。

 そういえば、六月に入ればバラの最盛期だ。先月からもう出回ってはいるが。ふと、思い出す。

 彼女は、当然男子からの人気も高く、それなのに異性に興味を示すより、他のこと、例えば勉強や本を読んだり、友達とお喋りをしたりすることの方が好きなようだった。他のグループにいながらも、私も彼女のことを気にしていた時期があったから、憶えている。

「道岡さんも長いでしょう? でも」

 道岡さんくらいだったら、結婚相手なんていくらでもいそうだし、仕事を続けていることにちょっと驚いたけれど、それも、中学の時と変わっていないのだろうか。そう思って出た言葉だった。

「そうねぇ。五、六人で歩いていたけど、他には若い子もいたしねえ。だけどあの子、変わらないわね。凛としていて、真っ直ぐに前を向いて、しっかりと歩いているところなんか、昔のまんま」

「お母さん、何でそんなに詳しいの?」

「あら、私だって、授業参観の時に憧れて見ていたもの。花緒里も、こうだったらなあって」

 あっけらかんと言い放ち、私は笑ってひどい、と言った。何て親だ、と笑いながら付け加える。

 年月が経てば、人は変わる。良くも悪くも。

 花はそのまま、キレイさを保ち続けて、輝き続ける。

 変わらないバラのようなプライドとポリシーをもったクラスメイト。

 彼女が、昔と変わっていないことに少し安心感を持つ。やっぱり変わった誰かを見るのは淋しいから。

 客室乗務員ということは、周りの人も皆、綺麗な花なのだろう。少なくとも、かすみ草のような引き立て役はいないのかもしれない。かすみ草もそれはそれで綺麗なのに、気付かない人は多い。

 バラのような人。

 けれど、精神面ではきっと変わっていると思う。

 真っ直ぐ前を見据え続けるだけの強さを心に秘めて、彼女は今日も空を飛ぶのだろう。


 彼女が仕事を辞める時、それはどんな時だろう。その時がきたら、会ってみたい。そのバラのような人に。誇り高きプライドを持ち、自分の意思を貫こうとして生きる、元クラスメイトに。

 私も負けないように、変わりつつ、良い面は変わらないように生きていきたい。

 母の方を一瞥すると、冷蔵庫から、麦茶のおかわりをしていた。

 ありふれた幸せな光景。ここにあるのは、花に溢れた日常。

 母も彼女を見た時、バラのようだと感じただろうか、とふと思い、今度尋ねてみようと思った。




【終】

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