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花のある生活  作者: 速水貴帆
花のある生活・2
6/10

パンジーによせる心配り

 十一月にもなると、風の冷たさが厳しくなってくる。

 つい二ヶ月前までもくもくと広がっていた雲の形が、遥か遠い日のような気もして感傷的な気持ちになり、秋に入っていることを実感していた。

 季節のオススメとして置いてあるコスモスやキク、金木犀、サフランが咲き誇り、店先に並べてある色とりどりのパンジーの鉢植えも、可愛さとその安さのせいか人気が高く、商店街を歩く人達の足を止めていた。隣には、パンジーよりも一回り小さいビオラも並べてあり、鮮やかな色が花屋全体を華やかな雰囲気に包み込む。


 夕方六時を過ぎて、母がまたいつものようにフラワー教室に行っている時だった。《フラワー藤木》の看板が、淡くオレンジ色に輝く。

 お客が居なく、花に水をやりながら暇を持て余す。花によって水をあげる頻度が違うものもあり、その中でもパンジーは、土の表面が乾いたら水をたっぷりと与えるものだ。その中で、足を止めてパンジーを見ている女性がいた。

 肩までの髪は、時間をかけて内側にカールしてあるもので、厚手の紺のスーツを着ていた。襟元は大きく開いて、白いブラウスが覗いている。三十代半ばに入ろうとしている位だろうか。とりたてて痩せている訳ではないが、一五五センチ程の小柄な人で知的な印象を受ける。会社帰りだろうと思われた。何しろこの商店街は駅の通り道で、うちの花屋は右角にあるため、覗いてもらえる確率は運良く高い。有難いことだと思う。

 コンクリートの道にしゃがみこんで、パンジーを眺め、意を決したように軽く頷き、微笑みながら立ち上がる。

「このパンジー、色違いで三つください」

 指差されたパンジーの色は、鮮やかな目を引く白、黄色、紫。

「はい」

 返事をしながら、選ばれたパンジーを手に取る。成熟してやや上向きに、平たく咲いていて、草丈十五センチほどの高さのものだ。そのパンジーに目をやって、私は元気よく答えた。鮮やかな目をひく黄色や濃い紫、そして真っ白なもの。その花びらの内側、つまりめしべやおしべの近くほど色が黒く変っている種類のものだ。

「一つでも可愛いですけど、色違いで並べてみてもいいですよね。いつもはどんな花を飾っておられるんですか?」

 家用だと言った彼女に対して、手提げのビニール袋に入れながら私は興味をもってそう尋ねた。

 彼女はちょっと戸惑ったように笑いながら、ええと言い、迷ってから付け加える。

「いつもは家には花なんて全然置いてないんだけれど……、今週会社の後輩が、何か相談したいことがあるからうちに来るって言うの。うちに来るのなんか初めてだし、そんなことくらいだから緊張しているでしょう? このパンジーがあれば、少しは和むかなぁって思って……」

 話を聞きながら、私は彼女の顔を見入っていた。なんだか体全体から、優しい穏やかなオーラが出ているような気がする。温かい光に包まれたような……。

 このくらいの年齢で、そこまで気を配れるものなのだろうか。

 自分だったら相談事に気を取られて、家の掃除もまともに出来るかどうか怪しいくらいだった。

「でも、結局は自分がこれを見てキレイだと思いたいだけなんですけどね」

 じっと見つめた私に、彼女はにっこりといたずらっぽく笑って、お金を手渡し、どこか楽しそうにパンジーを持って会釈する。その彼女の姿を見送りつつ言う。

「ありがとうございます。日当たりのいい所に置いてくださいね!」

 彼女は頷きながら、ええ、と言い、もう一度会釈した。

 もう暗くなっている商店街の中、家路へと急ぐ人は多い。その中、看板のライトの光が地面に反射して心を癒す。耳に入るのは、せわしなく歩く人達の足音と、自転車のシャーシャーという音と、スーパーのカサカサとかすれるビニールの袋の音。空を見上げれば、煌々と光る月までもが、今のお客さんの温かな思いに、浄化されるような気がした。 

 たぶん、十まで違わない。せいぜい七つぐらいだろう。

 私は彼女のようになれるだろうか。

 家に来る側の立場になって、相手の緊張がほどけるように細かい神経を使い、気を配り、心から相手を歓迎する。その手助けとして、花を買う。

 なりたい、と思った。そういう人間に。

 今の世の中は、人の外見だけで判断することが多く、可愛いとかスタイルがいいとか、そういう見た目重視の人になりたいと思いがちだけれど、あの彼女のように心穏やかに相手のことを気遣う人間に、いつかなりたい。

 そういう自分の新たな思いに気付けたことに、どこか新鮮な感じを受けながら、私はもう一度、色鮮やかに咲くパンジーの鉢植えに目をやって、静かに微笑んだ。

 風に揺れるパンジーの花の群れが、その私の思いに賛同するように、さわさわと笑ったように感じた。



                      

【終】


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