少女とチューリップ
四月中旬、この季節の桜は葉桜にと姿を変えている。《フラワー藤木》にも爽やかな風が吹き抜け、店先の花々を揺らしている。
日当たりもよく、気持ちいいから思わず伸びをする。すると、後ろからくすくすと笑う声が聞こえた。隣のパン屋の奥さんだった。
「何ですかー?」
「だって花緒里ちゃん、そういう仕草亡くなったお父さん、そっくりなんだもの」
「そうなんですか?」
父は私が小学五年の時に亡くなっている。そんな思い出話が出来るのも奥さんがいるからだ。明るく笑って話せるものになっている。
そんな中、一人の少女が一輪ざしのチューリップを持ったままこちらの方を窺っていた。
何だろう? と不思議に思った私は、とりあえず声をかけてみることに決めた。ショートカットの十歳くらいの少女だ。
黄色のチューリップは萎れかかって、花が下を向いている。
「どうしたの?」
なるべく優しく声をかける。少女ははっとした様子で、思い切ったように顔を上にあげた。意志の強い眼をしていると感じた。
「あのね、このチューリップ、こんな風になっちゃったの。元にもどる?」
「お水はあげてる?」
「あげてるよ!」
よっぽど悔しいらしく目元を潤ませる。
それにしてもこの商店街で見ない子だ。わざわざ花屋を探してきたのだろうか。
「光には当ててる?」
もう一度問う。
「あ……」
少女が俯いた。細いショートの髪がさらっとなびく。
「お母さんが寝てるからカーテン閉めてる……」
「そう……」
そんな中、萎れた花を元にもどしたいと花屋に来た少女の心中は、どんなものだろう。
「じゃあ、カーテンを開けられる所に置いて光に当ててあげて」
そして、少女から花を受け取り水の中で斜めに茎を切る。少しでも水の吸い取りが良くなるように。
「きっと大丈夫よ」
言うと少女は、ぱあっと笑顔になった。
「ありがとう! お姉ちゃん」
「どういたしまして」
にこっと笑いかける。
そこへ、隣のパン屋の奥さんが少女の方へ行き、
「今あがったあんドーナツ、少しだけど持ってお行き」
と、少女の手に握らせた。少女はペこっと頭を下げた。
お客でなくてもいい。店に来て、花を愛してくれれば。
そう思う私は甘いのかも知れないけど、この街はそういう人情派の人間が集まっている。
そして思い知らされる。
私がどれだけ花が好きかってことを。
父が遺してくれたこの花屋を、私と母でずっと繋いでいこう。
人と人とが心で繋がっているように、心と店で繋ぐことだってきっと出来るはず。
そう思って見上げた青空は、どこまでも澄んでいた。
【終】