第九話 世界の裏側
唐突に怒りを露わにしたガルム。
どうやら『神聖樹教会』という名前が引っかかったらしい。
「お、おいどうしたんだよ……落ち着けって……」
「……っ。お前たちはこの世界に来たばかりなのだろう? いい機会だ。ならば少し話しておいてやろう」
俺の静止を聞いて、ガルムは落ち着きを取り戻す。
そして、この世界のことについて俺たちに語ってくれた。
「ここユグドラシルは、あの神が数多の世界から生物を召喚して創られた世界ということは知っているだろう? 時が経ち、世界の種族は繁栄したものもあれば、滅びの一途を辿ったものもある。そして繁栄した種族の中でも、特に規模の大きかった種族たちはこの世界に七つの国を創った。国土を持たず全てが海でできた深海の国『ニョルジア』、歌と笑い声溢れる芸能の国『ムーサ』、世界最高の科学技術を有した鋼鉄の国『機帝国ニュークリアル』、大体の有名どころはこんなところだな。まあもっとも、我々魔獣族やお前たちは、まだこの世界に来てからの年月が浅く、まだどこの国も属していないがな」
話を聞いた限り、どの国も個性的な特徴をしていて、七国は世界樹を囲うように位置しているらしい。
「そして……表向きは世界樹を崇拝する神聖樹教会が管理する宗教国家『ヘルメシア』。多くの種族を保護という名目で集め、その技術や能力を用いて世界を手中に収めんとしている。サキと言ったか?」
「はい……」
「教会の者に保護された後、元居た世界のことをいろいろと聞かれはしなかったか?」
「確かに聞かれました……ですけど、それはこの世界の役に立つと思ったから……」
先ほどからサキさんの表情が暗い。
ずっと下を俯き、誰とも目を合わせようとしない。
「信じられません……! だって……仲間のみんなを失って、傷心していた私を優しく迎え入れてくれたんですよ? そもそも、どうしてあなたがそんなこと……」
「残念だが、他の国や地域ではこれは常識だ」
今にも泣きそうな目で訴えるサキさんに、容赦なく現実を突き付けていくガルム。
「それとお前は今、亡くなった元々の仲間の顔を一人でも思い出せるか?」
「もちろん、そんなこと……」
彼女は何かを口に出そうとしたが、その直前でそれを止める。
「あれ……嫌だ、どうしてっ……どうしてみんなのことを……」
「教会の者たちは信者に洗脳をかける。だからこそ、奴らが邪教だと知っていても、入信させられてしまう。お前の仲間を失ったという記憶も偽造されたものなのかもしれない。そもそも仲間たちが本当に存在したのかさえ――」
「そこまでだ、ガルム」
俺は慌ててガルムを制止する。
「思い出せない……思い出せない……思い出せない……思い出せない……思い出せない……!! どうしてっ……楽しかった筈のみんなとの思い出も、この世界を旅した日々も……そんな、嫌だ……嫌……!」
今までにないような不安感と、突然の喪失感が冷静さを奪い彼女を襲う。
髪を掻き乱し、目からは大粒の涙を流して、サキさんは段々と取り乱していく。
そんな様子を見かねて、委員長は彼女に優しく抱きついて頭を撫でる。
「大丈夫……大丈夫です……今は無理に思い出そうとせず、ゆっくりと落ち着いて下さい」
彼女はそうされている内に、次第に冷静さを取り戻した。
「すいません……こんな姿をお見せしてしまって……」
「今は休んで下さい。隣のテントをお貸しします」
委員長に肩を貸して貰いながら、彼女は隣のテントへと向かった。
しばらくしてから、委員長は他のみんなをこの場に呼び、ことの顛末を説明した。
反応こそ様々だったが、皆不安に思っているらしい。
何せ初めてこの世界で頼れる人達を見つけたと思っていたのに、それがとんでもない集団だったのだ。
このまま教会の保護下に入っていたら、俺たちはどうなっていたのだろうか。
「さて、これからのことについてだが、やはりガルムさんの話を聞いた以上、教会の保護下に入るのはやはりやめておきたい。しかしいつまでもここに留まるわけにもいかない……」
「とは言っても移動をするにしても、どこへってなるからな……」
みんなが頭を悩ませ、黙り込んでしまっている中、ガルムが口を開く。
「それなら我々の里に来るのはどうだ? 結果的に今回の混乱は私が招いたようなもの。それなら、解決の方法を提案するのも私の役割だ」
「そこにはガルム達みたいな魔獣が暮らしているのか?」
「いや、魔獣だけではない。高い知能を持った動物達が寄り添いあって暮らす我々にとっての理想郷……名を、『ポラリス』という」