第三十七話 月から見下ろした街
少女は俺のことを振り返り、不思議そうな目で俺を見つめた。
そして俺もまた彼女の目を見る。
お互い見つめ続けて……
まだ見つめ続けて……
まだ……
「いやなんか喋れよ!」
「へっ……!?」
彼女の第一声はそんな不意を突かれたような気の抜けた声だった。
「え、えっと……貴方は誰?」
夜の小川のせせらぎのような、澄んだ綺麗な高い声。
「ああ、そうだよな。俺から名乗らないとな。俺の名は茅野ユウジ。異世界から来た……まぁ、ただの学生だな」
「学生? 貴方も学院の生徒なの?」
「そうなりたかったんだけどな……残念ながらそうじゃない」
ああそうだよ。
あの性悪女のせいでな。
「……貴方、不思議な人ね」
「不思議かぁ……でも、それは君もそうだと思うよ」
「私? 私は……いいえ。そういえば私は名乗っていなかったわね。私はソーラ」
「へぇ……いい名前だね」
「……えっ?」
俺がそう言うとソーラは突然、困惑して戸惑った表情を浮かべた。
「ど、どうした? 俺なんか変なこと言った?」
「変よ。どうして貴方は私の名前を聞いて……そうか。貴方はまだ知らないんだ……」
何かに気がついたソーラは再び表情を変え、今度は何やら嬉しそうに笑った。
「ねぇ! 貴方……いえ、ユウジ! 私と……少し夜の散歩に付き合ってくれない?」
ソーラが俺に向かって手を差し伸ばす。
まるで吸い込まれるかのように俺はその手を握ると、体は不思議な浮遊感に包まれ、気がついた時には俺の体はもう既に宙高く舞い上がっていた。
これも魔法なのだろうか……?
次第にヴェスパニアの街が遠くなって、雲までだいぶ近づいた。
上空の冷たく強い風のせいで少し寒い。
とは言っても、思っていたよりも寒くはない。
「これも魔法の力」と、安易に片付けてはいけないような気もするが、そう表現するしか俺にはできなかった。
「散歩ってまさか空中散歩かよ!」
「歩く場所がどこだって散歩には変わりない。そう思わないかな?」
「歩くったって……飛んでるんだけどな」
空の上から見たからこそ分かるが、この街の人々は随分と規則正しい生活をしているのか、街の中心以外は街灯の灯り以外灯っていない。
この少女は、なぜ俺にこの光景を見せたのだろうか?
それからも俺たちは空の散歩を続けた。
そして次第に夜が明け、朝日が俺たちを照らした。
俺が道に迷っていると聞いて、ソーラはその近くまで俺を送ってくれた。
「もうこんな時間かぁ……ごめんね、こんなことに巻き込んじゃって」
「いいよ、別に俺も暇をしていたし……」
降り立った場所は市街地の一角。
昼間は賑わっていたはずのこの場所も、やはり人気は感じられない。
「じゃ……お別れだね」
彼女は笑顔で手を振って、その場から再び立ち去ろうと向こうを振り返った。
もう夢のような時間は終わった。
夜の夢は覚めて朝がやってくる。
それは当たり前のことのはずで、今まで気にしたこともなかった事、なのに……
「なぁ!」
俺は彼女が去り際に見せた笑顔が、なんだかとても寂しそうで……
「君さえ良ければ、明日も散歩をしないか?」
俺はなぜか、どうしても放って置けなかった。
俺の言葉を聞いて振り返ったソーラは、笑みで頷く。
さっきまでとは違い、朝日に照らされた彼女の笑顔も、変わらず綺麗だった。




