第三十六話 月明かりの中、俺は彼女と出会った
「学院?」
「そう、私と一緒にもう一度『ヴェスパーニア魔法学院』に通わない? って言っても、学園で生活していた頃のことはもう覚えてはいないかもだけど」
キラキラとした目でサキに迫る王女様。
「ね! いいでしょ? もちろん学費は保証するし、学院での生活だってサポートするわよ?」
「あ……えっと……」
しばらくサキと旅をしてきた仲だからこそ分かる。
サキはこういう強くおされると。
「わ、わかった……」
人からのお願いを断れない。
「でも、一つ条件があって……。元々私たちがここを訪れたのは、今一緒に旅をしているみんなに、魔法を覚えてもらうためなの。だから、学院にはみんなも一緒にお願いできませんか? 王女様」
かしこまった態度で王女様に上手く頼みごとをするサキ。
「俺たちからもお願いします。サキの言った通り俺たちの目的は、これからの旅路で必要になってくるであろう魔法を習得することです。ただ残念ながら、俺たちはこの世界へ来たばかりで、通貨の知識も何もありません。是非その辺りもお教えいただければ……。もちろん何かしらの形で、お返しはさせていただきます。どうか……お願いできないでしょうか?」
深々と頭を下げたレイジに対して、王女様は「ふふっ」っと微笑んだ。
「いいわよ! あなたたちはサキの友達みたいだし、この場所までこうやってサキと冒険を共にして、無事にサキを連れ帰ってきてくれた。それくらいのことはするわよ」
優しく微笑む彼女に対して、思っていたより好印象をおぼえた矢先。
「た・だ・し……」
突然、笑顔を浮かべていた王女様の表情はとても厳しいものに変わり、ビシッと俺を指差す。
「アンタはダメ」
「なっ……!? なんでだよ!?」
「当たり前でしょ? 王族である私に対してあんな態度をとっておきながら、不敬にも程があるわ。サキのお友達らしいから特別に罰してあげてはいないけれ、本当ならアナタは極刑よ」
そんなことを言い終わったかと思うと、王女は俺に対して勝ち誇ったようにゲスい笑みを浮かべた。
やっぱコイツ嫌いだ……!
「な、なぁサキさんやい。この王女様に何か言ってやってくれないか?」
今この状況を覆せるのは、おそらく昔この王女と仲が良かったのであろうサキ。
一途な願いを込めて頼み込んでみたものの、面々の笑みで帰ってきた言葉は――
「ユウジ……自業自得ね!」
ああ、チクショウ!!
*
「皆さん、紹介します。新入生の五人よ。左からレイジ、サキ、ツユ、メグミ、ユウナ」
「初めまして! ルナ様の紹介で今日からこの学院でお世話になります、異世界から来た壺井レイジと言います。まだこの世界のことに関しては何も分かっていないので、よろしければ色々と教えて下さい。俺たちは──」
肩から膝下まである裾の長い黒色のローブと、チェック柄のマフラーという某魔法学校風の制服に身を包んだレイジたち。
今日はアイツらが魔法学院へ入学する日だ。
いや、入学というより高校生であるアイツらにとっては、ある意味転校か。
違う世界をまたんだ。
そして、なんで入学できなかったこの俺がそんな詳しく、アイツらが挨拶するところを知っているのかというと──
「ねぇねぇ見てるかしら! 他のお友達が学校へ入学している中、アナタは私が手配した宿の中で惨めにもこの光景を見ているのかしら!」
俺はあの性悪王女に用意されたボロボロの宿の中で、魔法でテレビ電話のように学校生活の様子だけを見させられていた。
それもめちゃくちゃ煽られながら。
画面越しにとてもいい笑顔で笑う王女ことルナに対して殺意が湧いてくる。
「ええ、見てますとも……見てたけど見る気が失せたよ」
「折角私が用意してあげたんだから存分に楽しんで頂戴!」
「もう結構です! お断りします!」
俺は部屋を出て、勢い良くボロボロの扉を閉めた。
駄目だ、せっかく魔法の国に来たのにこんなんじゃ駄目だ。
そう思って気分転換のために、俺は街へと繰り出した。
「やっぱり実際に見てみると一味違うな」
パズルのようにブロックで組まれた家、空中に浮遊する建造物、勝手にめくれる本屋の本に、全自動で提供される飲食店の食事。
俺はルナが持たせてくれた二束三文で節約しながらこの街を存分に観光した。
そして、日も暮れ、雲が暗い空を覆った頃。
「おい、どこだよここ」
俺は無事に道に迷った。
曲がりくねった路地や細い道、高低差の激しい建造物、土地勘なんてあるわけがなく、俺は宿に戻る道を探した結果、さらに迷っていった。
時刻はおそらく丑の刻をまわった頃になってしまったのではないのだろうか。
もう既にかなり消耗した。
足はもう既にパンパンで、もう歩く気力もない。
「ちょっと休むか……」
俺は道端のベンチに腰掛けた。
……
星の明かりも通さぬ厚い曇り空の下、街の淡い光だけが足元を照らす。
辺りは静かで、人気もない。
そんな中、真っ暗な道に一筋の白い光が差した。
俺がその光の先を見てみると、そこには月があった。
まるで目の前に存在してしているかのような大きな月。
しかし、完全に雲が晴れた後にも、満月の月光を遮るものがまだ一つあった。
それは一人の少女だった。
風が吹き、彼女の長く夜空のように深い黒色の髪がなびき、白いワンピースが揺れる。
思わず立ち上がり、彼女に近付く俺の足音に彼女も気が付き、彼女の深紅の瞳と目が合う。
そしてなぜかその時に感じた、どことなく見覚えのある雰囲気。
息をのむほどに美しい月でさえ、彼女の前ではただのスポットライトとしてしか、俺の目には映らない。
月明かりの中、俺は彼女と出会った。




