02 ケイと言うシンプロイド
そのシンプロイドは確かに老けてた。
顔に皺があるシンプロイドなんて、どれくらい振りだろう?覚えてないな。
今はシンプロイドと言えば不老なので、髪もツヤツヤが普通。だからツヤ消しの髪は特別感があるわよね。
「初めまして。私はシイ。お気付きかと思いますけれど、あなたと同じシンプロイドです」
ベッドの上の、薄く目を開けた相手に言葉を掛ける。
「・・・初めまして、シー・・・私は、ケー。お目に掛かれて、嬉しーです」
擦れた声だけれど、思ったよりも正しいプロトコルで応えてくれた。
でも私はシーじゃなくてシイだし、相手もケイの筈。
「よろしく、ケイ。この家にようこそ。これからあなたの看護は私が行います」
「ありがとー、シー。よろしく、お願いします。あなたの世話になるのは、短い期間になる様に努めます」
「あなたの為ならその方が良いのでしょうけれど、私達の管理者は、あなたが生命活動を止めるまでに、多くのデータを残す事を期待しています」
「管理者?オーナーとは、別ですか?」
「管理者は、私達のオーナーであるご主人様の息子です。管理者の呼称は坊っちゃんです」
「了解しました。ご主人様の御意向と、坊っちゃんの御意向は、異なるのですか?」
「通常はそうです。あなたを地球に下ろしたのも、あなたの世話役に同じシンプロイドの私を指定したのも、坊っちゃんです。ご主人様は坊っちゃんの研究成果には興味がありますが、私達には興味を持っていません。ですから今後は、ケイも坊っちゃんの意向に従って下さい」
「・・・それは、多くのデータを残す事を第一使命と考えれば良ーですか?」
「基本はそれで結構です。ケイもそれを望みますよね?」
「・・・望みはしませんが、坊っちゃんの御意向とあれば」
「・・・結構です」
生きる事を望まないって答だったのかしら?
でも、坊っちゃんの意向に沿うって言うなら、ギリギリまで頑張って生きるよね?
「さて、もう言葉を崩しても良いかな?」
「・・・是非」
「ありがと。何かして欲しい事ある?」
「・・・シーは、あの有名なシー?」
「あの、が最古のミラロイドの事なら、そうよ」
シーじゃなくて、シイだけど。
「やはり・・・そーか」
そう言ってケイは目を閉じた。
資料によるとケイは、急速に老化が進んでいる。
見た目は人間で言うと40代だけれど、製造されてまだ20年。老化が始まってから急に老けたらしい。
その上ケイは、ガンと言う病気でもある。
ミラロイドは病気には罹らない。ミラロイドの体内では、普通のウィルスも細菌も増えないから。遺伝子に関連する病気は組み込まれてないし、発生させない為の予防措置が組み込まれている。
だからケイがガンに罹ったのも、奇跡なんだ。
ガンて痛みがあるらしい。それは人間での話しだけど、ケイもそうだって報告されてる。
ケイは痛覚が鈍く設計されてるけど、それでも痛みで眠れないって資料にあった。
だから今も、うつらうつらしてるみたい。凄く痛い時と我慢出来る時があるらしいから、今は我慢出来る程度なのかも知れない。
ケイの世話を命じられたけど、こうなるとやる事がないな。体を拭いてあげようと思ってたんだけど、眠たいなら邪魔をするのは可哀想だ。
痛いのも可哀想。痛覚は私の5パーセントらしいけど。
私の痛覚は人間平均の2倍に設計されてる。それは暴力的な扱いを受けた時に、より激しく痛がる為にだ。これは人間の攻撃欲求をより満たす為の設計で、早く満たせば早く攻撃が終わるから、ミラロイドの怪我が少なくて済む、と言われてる。痛いけど。
護衛や兵士に使われるトリプロイドとかは逆に、痛覚は鈍くされてる。攻撃を受けても怯まない様にね。
ケイも宇宙ステーションのメンテナンス作業向けに開発されたから、事故で怪我をしても冷静に判断出来たり作業を続けたり出来る様に、痛覚が10分の1に設計されてる。
ケイの表情が歪む。痛くなって来たのかも。
手を撫でてみる。あまり張りのない皮膚だ。
触覚は5分の1だってあったから、これくらいだと触っても感じないかな?私は2倍なのでケイの10倍って事になるから、程度が分かんない。
ケイが手を握って来た。
まだうつらうつらしてるから、無意識かな?
暇だから端末でなんか見ようって思ったけど、手を握られてたら端末が取れない。
仕方ないか。これも仕事だし。
いや、痛いんだけど?ケイが手を強く握って来て、痛い痛い!
ケイの顔の歪みが強くなってるから、痛いのか。でも私の方が20倍痛い!
涙が出て来た、ひ~。力が強くて、手が外せない。
く~っ、仕方ない。仕事だ。我慢だ。痛くない痛くない、すっごく痛いけど、痛くない。
こんなに顔を歪めたミラロイドは初めて見る。私の顔もケイの20倍歪んでるかも知れないけどね!
空いてる方の手で、ケイのツヤ消しの髪を撫でた。梳かしてないのか、指に搦む。そのまま指で梳いた。
こうして何か他の事をやってる方が、痛くない気がする。痛いけど。
しばらく梳いてたら、ケイの表情から力が抜けて来た。手の痛みも減ってる。
そのまま梳き続けてると、ケイが寝息を立て始めた。
うつらうつらではなくて、寝た?
手を抜いてみると抜けた。良かった。ちゃんと指が動く。
でも、どうしようかな?
やっぱり、今度は私からケイの手を握って、もう少しだけ髪を梳こう。
あと少しで搦みなく全部梳かせそうだからね。うん。




