17 食べるわ
少しお腹が出て来た。想定よりも遅いけど、赤ちゃんはちゃんと育ってるみたい。
庭を散歩してても、一回りに時間が少し掛かる様になって来た。
でも、私よりケイの方が歩くペースが遅くなって来てる。それに休み休み。時間は掛かってる。
ケイの具合は悪化の一途を辿ってる。
一日毎に症状が変わり、良くなるかと思った翌日には、前々日より明らかに悪くなったりしていた。
見た目も五十代に見える。実年数を考えると、渋くて良いなんて言えないレベルだ。
散歩の途中でベンチに座って休んでいたケイが、立ち上がれなくなった。
その場にケイを残して、男型のトリプロイドを連れて来て、ケイを部屋まで運んで貰った。
抱き上げられたケイは、とても小さく見える。
比較対象がトリプロイドだから、仕方ないのだけれど。
次の日から、私の散歩にケイは同行しなかった。
一緒に庭には出るけど、座って待ってる。
振り向くと目が合うし、手を振ると振り返してくれる。
ケイは起きていても、ベッドで過ごす事が多くなった。
まだ歩けるのは歩けるので、排泄装置には頼らないでトイレを使える。
でも、そのトイレの行き来を私は助けられない。
「もし俺が倒れた時に、シーを下敷きにでもしたら大変だろ?」
ケイはそう言ってトリプロイドに付き添って貰ってる。直接手を借りてはないけど。
「ケイ?体洗うの、手伝おうか?」
行き来に付き添いは付けてるけど、浴室にはケイ独りで入ってる。でも、だんだん入浴時間が長く掛かる様になって来てたので、心配だった。
「そのお腹で手伝って貰ったら、ハラハラしちゃうよ」
「まだそんなに出てないから大丈夫よ」
「ホントなら安定期ならもっと出てる筈だろ?」
「それは人間の場合だし」
「つまりシンプロイドのシーと俺の子は、今どー言ー状態か分からんと言ー事だよね?」
「それは、そうだけど、でも、私以外のミラロイドに、ケイの体を触らせるのはイヤよ?」
「そんな事言ーながら、トリプロイドの彼に運ばせたじゃないか」
あ?やっぱりお姫様抱っこを怒ってたのかな?根に持ってる?
でも。
「男型なら良いけど、女型はイヤなの。シンプロイドの男型って今はケイしかいないじゃない」
「それならダブロイドでもトリプロイドでも良ーだろう?」
「え?ケイは大丈夫なの?」
「何が?」
「裸を見られるの」
「え?なんで?男同士だろう?大丈夫だけど?」
やっぱり性徴抑制型だからベーは、私に裸を見せなかった訳じゃないのかな?
そう言えばケイは同じ性徴抑制型なのに、ベー達が胸が無い事を気にしている事が、理解できないみたいだったっけ。
「じゃあ、男型のダブロイドの誰かに頼んでみるよ。トリプロイドより力加減上手いと思うし」
「あ、いや、まだ良ーよ。まだ自分で出来るから」
「そう?」
う~ん。本当はやっぱり見られるのがイヤなのかな?
夜中にケイの唸り声が聞こえた。
頑張って声を抑えてるみたいだから、知らんぷりをした方が良いんだろうけど。
寝返りを打って、ケイと向かい合う。
「ごめん、シー。起こしたか」
「ううん。大丈夫」
ケイの髪を梳く。
少し指が絡む。もしかしたら良く洗えてないのかな?
そう言えば宇宙では調整槽しかないって言ってた。シャワーだと後片付けが大変だって話で、湯舟だと水が浮いちゃうだろうって。
調整槽、使える様に手配しよう。
黙って髪を梳き続けてたら、暗くて表情は良く分からないけど、ケイの呼吸が規則的になって来た。
眠ったのかな?
「シー」
「うん?な~に?」
まだ起きてた。
「俺が死んだら」
「縁起でもない事は言わないの」
そうケイの言葉を遮って、ケイの手を取って私のお腹に当てる。
「ねえ?この子が生まれたら、可愛がってくれるんでしょ?」
「・・・そーだな」
「それで私の体調が安定したら、いっぱいするんでしょ?」
「そーだったな」
表情は良く見えないけど、ケイの声は笑った気がする。
「でもね、シー」
「・・・うん?」
「でも間違ってでももし万が一、この子が生まれる前に俺が死んだら・・・」
ケイの言葉の語尾が、震えた気がした。
「・・・なに?間違って、死んだら?」
「・・・俺を食べてくれる?」
ケイの後頭部に手を伸ばして、顔を引き寄せ、そっと口付けた。
「ええ。食べるわ」
「俺、体が腫瘍だらけで、食べれるとこがないかも知れないけど」
「腫瘍も食べるわよ」
「え?それはダメだろ?」
「なんで?」
「だって病気だし」
「なんで?私とケイを会わせてくれた、奇蹟でもあるし」
「いや、でも」
「ダメ。全部食べる。ケイは一欠片でも誰にも食べさせないし、処理場にも何も渡さない。誰にもあげない。ケイは全部、私のものだから」
「シー」
「私が全部食べるから、安心して」
「・・・あー、分かったよ。頼むね」
「ええ、任せて」
ケイは鼻をクシュクシュ擦り付けて、ケイからもそっと口付けてくれた。
ケイの胸元に顔を付けると、良い匂いがする。やっぱりフェロモンってヤツなのかな?
それで刺激されるのが、食欲なのか性欲なのかは分かんないけど。
「でも、ケイは忌避感を持ってるかと思ってたわ」
「忌避感?・・・食べられる事に?」
「食べられる事にも、食べる事にも」
「・・・そーだね」
ケイが髪を撫でてくれる。
「でも、この子が生まれるまでは、俺以外、誰も食べないで欲しーな」
「ケイ以外?ケイだけ?」
「あー。食べるのは俺だけにして欲しー。シーの仕事だから難しーのは分かってるけど」
「私の仕事は解体だから、食べなくても大丈夫だけど?」
「あー、そーか。勘違いしてたな。そーか。良かった」
「良かったなら良かったけど、でもなんで?ケイがイヤならもちろんそうするけど、なんで他のミラロイドは食べたらダメなの?」
「だって」
ケイはお腹に手を当てた。
「体の細胞は次々に新しくなるけれど、神経細胞って生まれてからずっと変わらないらしーんだ」
「そうなの?」
「あー。だからシーが俺を食べたら、俺のアミノ酸がこの子にも使われるだろ?それが神経細胞になら、ずっとこの子と一緒にシーの傍に残るかと思って」
顔を上げて私から、ケイの鼻に鼻を付けた。
「そうなのね。分かったわ。約束する。この子の妊娠中には、ケイ以外食べない」
「あー。ありがとー、シー」
「でも、生まれたこの子を私と一緒に可愛がって、私といっぱいしてケイのガンを治しちゃうのが、私達三体に取って一番良いって私は思う」
ケイの表情は見えないけれど、肯いた様に感じる。
「・・・そーだね」
口付けされた。
「・・・俺も、それが良ーな」
「うん。そうしよう」
口付けを返すと、そのまま頭に手を回されて吸われて、だから吸い返して。
・・・お互い、我慢してた筈なんだけど。
久し振りの舌を絡める感触に、芯が痺れた。




