16 願う
ケイの症状が酷くなってる。
痛みの来る間隔は短くなって来てるみたいだし、痛さも強まってるみたい。
食欲も落ちて来てる。
筋トレは続けてるけど、筋肉も落ちて来てる。食べなきゃ落ちるよね。筋肉のモチベーションになってた私とのエッチな事が、出来なくなったからかも知れないけど。
三十代中盤の見た目だったのが四十代始めになったのは、髪のツヤがなくなって来た所為だけじゃないと思う。
「ねえ?ケイ?」
「・・・なに?シー?」
「私、別に寝た方が良い?」
ベッドで腕の中から尋ねると、目の前のケイの目が大きく見開いた。
「・・・なんで?なんでそんな事言ーのさ?」
「だって、私と一緒だと、苦しいの我慢してんじゃないの?」
ケイが微笑んで、おでこをくっ付けてくる。近過ぎて顔が良く見えない。
「シーと別に寝る方が、我慢出来ない」
そう言うとケイは、今度は鼻をくっ付けた。
「大丈夫だから、お休み」
鼻を少しクシュクシュ擦り合わせて、ケイは私を反対向きにする。
そして後から抱き締めて、私のお腹に手を当てた。その手の上に私も手を重ねる。
私達の最近の寝る時の姿勢はこうだ。
夜中とか朝とか、左右が逆になってる時があるけど、ケイが定期的に私を引っくり返して、下になる側を入れ替えてる。なんでもいつも同じ向きだと、体に負担が掛かるって記事を見掛けたそうだ。
「気にし過ぎじゃない?」
「でも、鳥でさえ卵を温めながら、定期的に転がすって言ーよ?」
種族が違うから合ってるのか分からない例をケイは持ち出す。哺乳類でさえないし。
まあ、それでケイの気が済むなら良いか。
私のお腹は大きくはなって来た。でも思ったよりはまだ小さい。まあ、私が人間より小柄だからかな?服の上から見ただけだと、妊娠は分からないと思う。
妊娠の徴候としてはやたらと眠いのもあるけど、それも傍から見ただけだと分からないものね。
一方で、ケイの症状は悪化して行く。
昨日と比べても分からないけど、五日前、十日前と比べれば、明らかに違う。
「ねえ?ケイ?」
「なに?シー?」
「エッチな事、やっぱりする?」
「・・・魅力的なお誘いだけど、どーしたの?」
「だって、私との性交を止めてから、ケイ、痛みが振り返したんじゃない?」
「・・・それは、たまたまだよ」
単なるタイミングの所為かも知れない。
でも私には、性交を止めてからケイの具合が悪くなった様にしか思えない。
「でもさ、初めて体を合わせたあの日から、ケイの症状は軽くなっていったよね?」
「う~ん、確かにそーだし、それはたまたまなんて言ーたくはないけど」
「でしょ?」
「でも、お腹の子に何かあったら大変じゃないか?」
「それは・・・そうなんだけど」
どこまでなら大丈夫、みたいなマニュアルが欲しい。
手を使ってケイを慰めたりしてるけど、やはり物足りないって言うか、効果が薄いみたい。性交にホントに効果があるなら、だけど。
少しでも効果を出そうとしたんだけど、口でするのは妊婦はダメだってケイに怒られた。そんな記事があるらしい。キスも舌を絡めるくらいは良いけど、ディープなのはダメだって、どんな線引きなの?
最近は私よりケイの方が、妊婦に詳しいのがちょっと悔しい。こっちは当人なのに。
「それなら、誰かに頼んでみる?」
「何を?」
「ケイの相手を」
「シー?」
後から私を抱き締めるケイの声が低くなった。
「もしかして俺に、シー以外の女性を抱けって言ってるのか?」
「だって、私はケイの相手を出来ないし」
「だから?」
「もしかしたら、私と似た設計の女型なら、ケイの具合が良くなるかも知れないし」
「だから?」
「だから、そう思ったんだけど」
「俺が他の女性を抱いても、シーはなんともないのか?」
「そんなの・・・ない訳ないじゃない」
「なら、そんな事言わないでくれよ」
ケイは腕の力を少しだけ強めた。
「・・・頼むから」
「・・・うん」
「一瞬シーって俺の事、ただの性欲解消の相手としか思ってなかったのかって、とても寂しくなったよ」
私は後に手を伸ばして、ケイの髪に触れた。
「そんな訳ないじゃない。そうじゃないけど、でも、ケイが良くなる可能性があるなら、なんとかしたいじゃない?」
「気持ちは凄く嬉しーけど、地上に下りる時、俺はもーいつ死んでもおかしくないって言われてて」
「え?そうだったの?」
「あー。だから、せっかくだから、地球の空気を吸ってから死になって、送り出された時に言われたんだ」
「でも、ケイはちゃんと生きてるじゃない」
「まだね。シーに出会って、生き延びたからね」
「・・・そう・・・」
「でも、これ以上良くなる可能性はないかな」
ケイの髪に触れてた手が握られる。
「それならケイ?やっぱり私とする?」
ケイの手が、溜め息と共に私のお腹に伸びて来た。
「聞いたか?ママったらこーやって、パパの自制心を試すんだよ?」
そう言ってケイが私のお腹をそっと撫でた。
「非道いよね?お前はパパの味方をしてくれるだろ?」
「まだ聞こえないんじゃない?」
「そんな事ない。俺の味方するって、今応えてくれた」
「まだ動かないわよ」
私も自分のお腹に手を置いてみる。
「流産の危険があるんだろ?」
「日数的には安定期に入った筈だけど」
「サンプルのないシンプロイドの妊娠だぞ?人間用の数値は当てにならないだろ?」
「そんな事言ったら、何も出来ないじゃない」
「セックスは無事に出産して、シーの体調が落ち着いてからだ。それからならいくらでもしよーよ」
でも、それまでケイが・・・
「ケイ?」
「何?」
「性交でケイの命が伸びるかも知れないと思うと、私はそれを諦められない」
「・・・シー」
「だから選んで。私とするか、私以外とするか」
「・・・流産したらどーする気だ?取り返し付かないんだぞ?」
「ケイが元気になってから、また妊娠すれば良い」
「シンプロイド同士、たとえ単為生殖でこの子がシーのクローンだったとしても、もー一度妊娠するとは思えない」
「でも、一度は出来たんだから」
「この一度は神様が起こしてくれた奇跡じゃないか?それを俺達のわがままで無駄にしたら、もー一度奇跡を起こしてくれるほど、神様は優しくないよ」
「だから、シンプロイドには神様なんていないってば。一度出来たんなら、もう一度出来るよ」
「いや。神様はいるよ。この子がその証拠だ」
そう言ってケイは私のお腹をまた撫でた。
「シー」
「・・・なに?」
「俺もミラロイドだから、自分が死ぬのは怖くないんだ」
「・・・うん」
「でも、この子が死ぬのは、考えただけでもとても怖い」
「ケイ・・・」
「この子は死なせたくない。少なくとも自分が生き延びる為の賭けに、この子の命を使いたくない」
ケイは私を抱き締めた。
「シー」
「・・・なに?」
「この子を無事に産んでくれ」
「・・・ケイ」
「頼む」
ケイの腕に手を置くけど、ケイの言葉に応えたいけど、声が出なかった。




