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シンプロイド ~ 永遠の乙女がみつめる死と生  作者: 茶樺ん


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16/18

16 願う

 ケイの症状が酷くなってる。


 痛みの来る間隔は短くなって来てるみたいだし、痛さも強まってるみたい。

 食欲も落ちて来てる。

 筋トレは続けてるけど、筋肉も落ちて来てる。食べなきゃ落ちるよね。筋肉のモチベーションになってた私とのエッチな事が、出来なくなったからかも知れないけど。

 三十代中盤の見た目だったのが四十代始めになったのは、髪のツヤがなくなって来た所為だけじゃないと思う。



「ねえ?ケイ?」

「・・・なに?シー?」

「私、別に寝た方が良い?」


 ベッドで腕の中から尋ねると、目の前のケイの目が大きく見開いた。


「・・・なんで?なんでそんな事()ーのさ?」

「だって、私と一緒だと、苦しいの我慢してんじゃないの?」


 ケイが微笑んで、おでこをくっ付けてくる。近過ぎて顔が良く見えない。


「シーと別に寝る(ほー)が、我慢出来ない」


 そう言うとケイは、今度は鼻をくっ付けた。


大丈夫(だいじょーぶ)だから、お休み」


 鼻を少しクシュクシュ擦り合わせて、ケイは私を反対向きにする。

 そして後から抱き締めて、私のお腹に手を当てた。その手の上に私も手を重ねる。

 私達の最近の寝る時の姿勢はこうだ。


 夜中とか朝とか、左右が逆になってる時があるけど、ケイが定期的に私を引っくり返して、下になる側を入れ替えてる。なんでもいつも同じ向きだと、体に負担が掛かるって記事を見掛けたそうだ。


「気にし過ぎじゃない?」

「でも、鳥でさえ卵を温めながら、定期(てーき)的に転がすって()ーよ?」


 種族が違うから合ってるのか分からない例をケイは持ち出す。哺乳類でさえないし。

 まあ、それでケイの気が済むなら良いか。



 私のお腹は大きくはなって来た。でも思ったよりはまだ小さい。まあ、私が人間より小柄だからかな?服の上から見ただけだと、妊娠は分からないと思う。

 妊娠の徴候としてはやたらと眠いのもあるけど、それも傍から見ただけだと分からないものね。


 一方で、ケイの症状は悪化して行く。

 昨日と比べても分からないけど、五日前、十日前と比べれば、明らかに違う。



「ねえ?ケイ?」

「なに?シー?」

「エッチな事、やっぱりする?」

「・・・魅力的なお誘いだけど、どーしたの?」

「だって、私との性交を()めてから、ケイ、痛みが()り返したんじゃない?」

「・・・それは、たまたまだよ」


 単なるタイミングの所為かも知れない。

 でも私には、性交を()めてからケイの具合が悪くなった様にしか思えない。


「でもさ、初めて体を合わせたあの日から、ケイの症状は軽くなっていったよね?」

「う~ん、確かにそーだし、それはたまたまなんて()ーたくはないけど」

「でしょ?」

「でも、お腹の子に何かあったら大変じゃないか?」

「それは・・・そうなんだけど」


 どこまでなら大丈夫、みたいなマニュアルが欲しい。

 

 手を使ってケイを慰めたりしてるけど、やはり物足りないって言うか、効果が薄いみたい。性交にホントに効果があるなら、だけど。

 少しでも効果を出そうとしたんだけど、口でするのは妊婦はダメだってケイに怒られた。そんな記事があるらしい。キスも舌を絡めるくらいは良いけど、ディープなのはダメだって、どんな線引きなの?

 最近は私よりケイの方が、妊婦に詳しいのがちょっと悔しい。こっちは当人なのに。



「それなら、誰かに頼んでみる?」

「何を?」

「ケイの相手を」

「シー?」


 後から私を抱き締めるケイの声が低くなった。


「もしかして俺に、シー以外の女性(じょせー)を抱けって言ってるのか?」

「だって、私はケイの相手を出来ないし」

「だから?」

「もしかしたら、私と似た設計の女型なら、ケイの具合が良くなるかも知れないし」

「だから?」

「だから、そう思ったんだけど」

「俺が他の女性(じょせー)を抱いても、シーはなんともないのか?」

「そんなの・・・ない訳ないじゃない」

「なら、そんな事言わないでくれよ」


 ケイは腕の力を少しだけ強めた。


「・・・頼むから」

「・・・うん」

「一瞬シーって俺の事、ただの性欲解消(せーよくかいしょー)の相手としか思ってなかったのかって、とても寂しくなったよ」


 私は後に手を伸ばして、ケイの髪に触れた。


「そんな訳ないじゃない。そうじゃないけど、でも、ケイが良くなる可能性があるなら、なんとかしたいじゃない?」

「気持ちは凄く嬉しーけど、地上(ちじょー)に下りる時、俺はもーいつ死んでもおかしくないって言われてて」

「え?そうだったの?」

「あー。だから、せっかくだから、地球(ちきゅー)空気(くーき)を吸ってから死になって、送り出された時に言われたんだ」

「でも、ケイはちゃんと生きてるじゃない」

「まだね。シーに出会って、生き延びたからね」

「・・・そう・・・」

「でも、これ以上(いじょー)良くなる可能性(かのーせー)はないかな」


 ケイの髪に触れてた手が握られる。



「それならケイ?やっぱり私とする?」


 ケイの手が、溜め息と共に私のお腹に伸びて来た。


「聞いたか?ママったらこーやって、パパの自制心(じせーしん)を試すんだよ?」


 そう言ってケイが私のお腹をそっと撫でた。


「非道いよね?お前はパパの味方をしてくれるだろ?」

「まだ聞こえないんじゃない?」

「そんな事ない。俺の味方するって、今応えてくれた」

「まだ動かないわよ」


 私も自分のお腹に手を置いてみる。


流産(りゅーざん)の危険があるんだろ?」

「日数的には安定期に入った筈だけど」

「サンプルのないシンプロイドの妊娠だぞ?人間用の数値(すーち)は当てにならないだろ?」

「そんな事言ったら、何も出来ないじゃない」

「セックスは無事に出産して、シーの体調(たいちょー)が落ち着いてからだ。それからならいくらでもしよーよ」


 でも、それまでケイが・・・


「ケイ?」

「何?」

「性交でケイの命が伸びるかも知れないと思うと、私はそれを諦められない」

「・・・シー」

「だから選んで。私とするか、私以外とするか」

「・・・流産(りゅーざん)したらどーする気だ?取り返し付かないんだぞ?」

「ケイが元気になってから、また妊娠すれば良い」

「シンプロイド同士、たとえ単為生殖(せーしょく)でこの子がシーのクローンだったとしても、もー一度妊娠するとは思えない」

「でも、一度は出来たんだから」

「この一度は神様が起こしてくれた奇跡じゃないか?それを俺達のわがままで無駄にしたら、もー一度奇跡を起こしてくれるほど、神様は優しくないよ」

「だから、シンプロイドには神様なんていないってば。一度出来たんなら、もう一度出来るよ」

「いや。神様はいるよ。この子がその証拠(しょーこ)だ」


 そう言ってケイは私のお腹をまた撫でた。


「シー」

「・・・なに?」

「俺もミラロイドだから、自分が死ぬのは怖くないんだ」

「・・・うん」

「でも、この子が死ぬのは、考えただけでもとても怖い」

「ケイ・・・」

「この子は死なせたくない。少なくとも自分が生き延びる為の賭けに、この子の命を使いたくない」


 ケイは私を抱き締めた。


「シー」

「・・・なに?」

「この子を無事に産んでくれ」

「・・・ケイ」

「頼む」


 ケイの腕に手を置くけど、ケイの言葉に応えたいけど、声が出なかった。

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