14 妊娠
「私、赤ちゃんが出来たみたい」
ケイの腕の中で上目遣いに見上げながら、少し声を湿らせてそう言ってみた。
自己判断でもう間違いないなってなってから、ケイに話す覚悟を決めて、妊娠の告白方法にはこれを選んだんだけど、どうだろう?
「え?赤ちゃん?」
驚いてる驚いてる。そうだろうそうだろう。あれ?でもケイ、全然嬉しそうじゃない。
「赤ちゃんって、俺の?」
「当たり前でしょ!他に誰がいるのよ?!」
「他に?誰かいるのか?」
「いるわけないでしょ!あれだけ私と一緒にいて、他の男型が手を出せる筈ないじゃないの!」
「・・・そーか」
「そうよ!」
「そーか!」
「だから、そうだってば」
「俺の子か!シー!ありがとー!」
そう言ってケイは私を抱き締めた。
どうなるかと思ったけれど、喜んで貰えて良かった。
「あっ!ごめん!大丈夫か?」
「大丈夫よ?なんで?」
「いや、お腹の子を潰してないかと思って」
「まだ妊娠したばかりだから、潰れるほど大きくないわ」
「そーか・・・どれくらいで生まれるんだ?」
「人間だと十月十日って言うらしいけど、シンプロイドだから分からないわよね」
「え?二三年も有り得る?」
「哺乳類の妊娠期間は、その種族の体の大きさで見当が付くらしいから、人間より小型のシンプロイドは十月十日以下だと思うわ」
「そーなのか」
ケイがホッと息を吐いた。
「でも、寿命も妊娠期間に影響するって話もあるから、それだと私は不老なので、中々生まれないかも」
「え?」
ケイの顔が絶望に染まる。
あまりからかっちゃ可愛そうよね。
それに、大事な事、ケイのノリに釣られて忘れそうだった。
「でも、私もケイもシンプロイドなのよ?」
「うん?そーだけど?」
「子供が出来ない筈なのに、妊娠したのよ?」
「確かに、そーだね」
「これって、どういう事?」
「え?つまり、実は俺達はダブロイドだったって言ー事か?」
「そんな訳、ないでしょ?」
私は賢くないけど、ケイも同じなのかしら?見た目は賢そうなのに。
「二人共、設計書にはちゃんとシンプロイドだって書いてあるわよ」
「それを言ーなら俺は不老型って設計書にあるよ」
「それは・・・そうだけど」
設計書上では、私とケイで染色体数も違うから、普通の生物でも妊娠は難しい筈だよね・・・
ケイがその腕でそっと私を包む。
「神様、ありがとーございます」
その言葉を聞いて、思わず体に力が入る。
「え?なに?ケイ?神様信じてるの?」
「あー」
「私達ミラロイドに取って、神様って人間の事よね?そう言う意味?」
「神様は誰に取っても神様だろう?」
「違うわよ。人間は神様が自分に似せて作ったんでしょ?そして私達ミラロイドは人間が自分達に似せて作ったんじゃない?」
「でも、宇宙ステーションにデブリが衝突するかどーかを決めてるのは、人間じゃなくて神様じゃないか?」
「え?そうなの?」
「そーだよ。この世界を作ったのは神様だから、ミラロイドも神様を信じて、神様に祈らないと」
え〜?人間の信じる神様を?
どうしても直ぐには納得出来なくて、ケイには言葉を返せなかった。
「俺、自分だけ老化する様になって、神様なんていないって思って祈らなくなってたけど、老化して、地上に降ろされて、シーに出会ったからこそ、子供が作れない筈なのに子供を授かったんだ。これってどー考えても、神様のお陰だよね?」
確かに状況的には、神様のお陰とした方が収まりが良いけど。
「ありがとー、シー。ありがとー」
「あ、うん」
「それで?俺はシーと子供の為に、何をしたら良ー?何が出来るかな?」
そう言われても、特に何も浮かばない。
この家でダブロイドが妊娠した時も、男型のダブロイドは何もしてなかったし。
「そうだ。妊娠中は出来ない事があって」
「なになに?代わりにやるよ?言って言って」
「ちがくて、妊娠中、特に妊娠初期は性交しちゃダメだって」
「え?」
ケイの顔がまた、絶望に染まる。
本当に顔に出やすいわよね。
性欲抑制型のケイにそんな顔されたら、心が揺れるじゃないの。性欲強化型の私は我慢出来なくなっちゃう。
「そんな・・・神様」
「流産の危険性があるんだって」
「え?リューザンってなに?」
「赤ちゃんが死んじゃう事」
「そんな・・・」
「母親の命にも影響するかも」
「まさか・・・そんな」
「安定期ってのに入ったら、やっても良いみたいなんだけど」
「そーか・・・安定期っていつ?」
「妊娠5ヶ月からみたいだけど」
「5ヶ月・・・」
「でもそれ、人間の話だから、シンプロイドは正直、分かんない」
「・・・それなら、大事を取るなら、やらない方が良ーって事だよな」
「・・・そうよね」
まあ、そうよね。
「あ!でも!今朝のとかは大丈夫だったのか?何も気にしないで、普通にしちゃったけど?」
「今のところなんともないし、大丈夫よ」
「そーか。あー、良かった」
ケイは心底、安心した様な顔をする。
「愛撫したり、手でやったりは大丈夫みたいだから、それで我慢して」
「でもそしたらシーは?最近やっと、気持ち良く思って貰える様になったのに」
しばらく前から、気持ち良くして貰ってるけれど。
「妊婦にはそう言う刺激はあまり良くないみたい。だから大丈夫よ?」
「そーか・・・大変なのは女性ばかりなんだな」
「大丈夫。ケイの赤ちゃんが産めると思えば、大変じゃないから」
あ!思い出した。
もう一つ、言って置かなくちゃダメな事があるんだ。
「シー」
「ケイ」
ケイの甘い呼び掛けを断ち切ってゴメン。
「あのね?赤ちゃんが生まれたとして、その子の父親がケイとは限らないの」
「え?・・・どー言ー事だ?」
ちょっと怒ってる?言い方間違えた。
「単為生殖って知ってる?」
「・・・なにそれ?」
「実は女型って、男型がいなくても子供が作れる可能性があるの」
そう言って、単為生殖の事をケイに説明した。まあ、端末に資料を出して読んで貰っただけだけど。
「つまり、俺との行為がトリガーになって、シー一人でシーのクローンを妊娠したって事か」
「うん。その可能性も捨てきれないの」
何せ私とケイはシンプロイドだし、染色体数も一致してないし。
「人間なら色々な確認方法があるのかも知れないけど、ミラロイド用の検査なんてないから、生まれてみないと分からないのよ」
「生まれたら分かるのか?」
「男の子だったら、間違いなくケイの子。私の単為生殖じゃ女の子しか生まれないから」
「おー、そーかー。クローンだものな」
「女の子だったら遺伝子検査かな?ミラロイドのメーカーとかならその技術は持ってそうじゃない?」
「そーだな。そーか・・・」
少し嬉しそうな顔をしていたケイが、突然真面目な表情になった。そして私のお腹に手を当てる。
「この子がシーのクローンでも、俺が父親になっても良ーか?」
「え?どうして?」
「いや、ちっちゃいシーが育つ所、傍で見守っていきたいって思って」
ケイの手に、手を載せた。
顔が緩む。
「うん。ありがと、ケイ」
「こちらこそ、ありがとー、シー」
シンプロイドには結婚ってない。
でも、結婚する人間って、こんな気持ちなのかも・・・
「ところでシー?」
「なに?ケイ?」
「その、最後にもー一度だけ、シーを抱かせてくれないか?」
「それって、性交するって事?」
「その、うん。そー言ー事。出産して落ち着くまで我慢する為に、頼む。そっとするから、もー一度だけ、出来ない間も思い出せる様に、シーの体をちゃんと感じさせてくれ」
「もう、仕方ないなあ」
と答えたけれど、もちろん喜んでね。
ただ調子に乗り過ぎて、もっとそっとしろって、ケイに怒られた。




