10 受け止め方
粉掛けを始めてから、ケイの食欲が出た。
それでリハビリにも力が入れられるみたいで、筋肉を付けるトレーニングも始めてる。
とは言っても、ベッドの上で寝返りを打ったり、四つん這いになったりだけど。
四つん這いでプルプル手足を震えさせるケイ。
本人は頑張ってるんだから、笑っちゃ悪いけど、笑いを堪えるのは無理。
「宇宙生まれは大変よね?」
「地球生まれが余裕を見せていられるのは、今のうちだけだからね?」
仰向けで、ハアハア言いながらのケイのセリフに、また笑ってしまう。
本人も唇の端がちょっと上がってるから、私を笑わせようとしてるんだろうけれどね。
べーのとこに行こうとしたら、廊下でディイに出会った。
「どうしたの?ケイの事で何か分かったの?」
「違う。べーを診てくれって、エーに喚ばれたんだよ」
「え?べー、どうかしたの?」
ディイが目を細める。
「どうかしたって、不活化始まってるの、知らないの?」
「それは知ってるけど?」
ディイはわざとらしく肩を落とした。
「はあ・・・全く。べーが病気かも知れないから是非診てくれって言われてわざわざ来たのに、知ってるってなんだよ?」
「え?だって、不活化は何度も見た事あるし、知ってるし」
「それなら私を喚ぶなよ」
「それは、なんか、ゴメン」
睨まれて、思わず謝った。
ディイが溜め息を吐く。
「いや、まあ、エーが私を喚んだ事、シイが知らなかったなら仕方ないんだけどね」
「うん。べーはただの不活化でしょ?」
「多分ね。いいか?何度も言ってるけど、私はミラロイドの医者じゃないからな?不活化だって一般常識程度にしか知らないんだ」
「そりゃそうだよね」
「そりゃそうって、お前・・・」
またディイが目を細めた。
「え?なに?」
なんなの?
「いや、良い。ところで、ケイは大丈夫なのか?」
「今日明日、死ぬって事はなさそう」
ディイが小さく肯く。
「痛みはどうなんだ?」
「こないだディイに診て貰った時より、我慢出来ない痛みは減ってるみたい。睡眠も取れてると思う」
「小康状態かな?」
「なにそれ?」
「一時的に、症状が緩和する事。また急に具合が悪くなる事もあるから、油断させるんじゃないぞ?まあ、人間の場合、だけどな」
「うん。分かった。伝えとく。ありがとね」
「いや・・・」
「うん?まだ何か?」
ディイはフッと顔を少し上げて、マジメな目で見て来た。
「お前達の坊っちゃんは、いつ帰って来るんだ?」
「分かんないけど?なんで?」
「連絡、付いたんだろう?どこにいるんだ?」
「もう月に着いたかな?」
まだだっけかな?
「月?え?月に行ってるのか?」
「目的地は火星らしいけど」
「はあ?火星?あんな所になんの用があるんだ?観光か?」
「婚活ツアーだって」
「はあ?ツアーったって、行って帰って来るだけで、二三年かかるんじゃないのか?」
「そうなの?なるほど。坊っちゃんが、帰りには奧さんを連れて、赤ちゃんを抱いて帰って来るって言ってたのは、そう言う事なのか」
「そう言う事も何も、ケイは分からんが、べーはもう直ぐだろう?坊っちゃんは一旦、戻って来たりしないのか?」
「今から月から帰って来ても、もう間に合うわないでしょ?」
「それは、そうだけれど・・・お前達のオーナーは?」
「婚活ツアーの費用の為に、坊っちゃんが株とか債権とか手放そうとしてたから、その後始末で忙しいみたい。後3ヶ月くらいは帰って来ないらしいよ?」
「なにやってるんだ、坊っちゃん」
「もしかしてディイ?べーの死に目に坊っちゃんがいない事を気にしてるの?」
「そう言う訳じゃ、ないけど」
ディイがスッと視線を逸らせた。
こんな反応をするミラロイドには、覚えがある。
「人間は、さ」
「え?いきなりなに?」
私の言葉に、ディイが大きな目をしてこちらを見る。私が人間と言っただけで、そんなに驚く?
「人間は死んだら色々で、裁判があって罰を受けたり、神様と戦争に行ったり、生まれ変わったり、死んでから色々と忙しいらしいけど、私達ミラロイドは魂なんてないから、死ぬだけじゃない?アミノ酸はリサイクルされるけど」
「そんなの、分かってるよ」
「ホント?ディイは人間の死を良く知ってるから、ミラロイドもおんなじ様に勘違いしてんじゃないの?」
「・・・そんな事は、ない、けど」
また視線を逸らせる。なんか、いつものディイと違う感じだ。
「それなら良いけどさ」
またマジメな目を向けて来た。
「あのさ、シイ。私の心配なんて良いからさ、ケイもべーも面倒見てて大変だろうけど、エーの様子も気に掛けてやれよ?」
「エーがどしたの?」
「どうしたのって、エーのヤツ、べーの不活化を受け入れられてないだろう?」
「受け入れられない?どう言う意味?」
「どう言うもこう言うも、べーがもう直ぐ死ぬって、エーは認めてないぞ?」
「そんな訳ないでしょう?エーは自分もダブロイドなんだよ?不活化したら死ぬのは当然じゃない?」
「そんなの、私は知ってるよ。でもそれが受け入れられないって事もあるだろう?」
「ディイ?それも人間の話なんじゃないの?」
ディイはピクリと体を動かした後、視線を下げて、考えている様に見えた。
「・・・いや、分からない」
そう言うとディイは、左右に小さく首をふる。
賢く作られてるディイに分かんないなら、私には分かんないな。
威張って言う事じゃないけどね。




