きなこ餅にはブラックコーヒーを。
※この短編小説は【ブックフェア2023宣伝隊長特別キャンペーン『相棒とつむぐ物語』コンテスト】に向けて執筆したものです。
うだるような暑さが訪れるのはもう少し先のお話。町中と言うほどではありませんが、町外れと言うほどでもない場所にあるカフェバー『うぱる』。今日も今日とて元気な声を響かせる常連客のご登場でございます。
「マスター!新しい事件よ!」
勢いよく現れた彼女の名は喜奈子さん。名の響き通り、きな粉色の明るいショートヘアの似合う女子高生。このお店まで走っていらっしゃったのでしょう、やや乱れた前髪から覗く額には小さな汗の玉がついております。
「ああ、事件だな。今日も営業妨害がやってきた。とりあえず電話っと」
ビールでも頼むかのように喜奈子さんを通報しようとしているのがこの『うぱる』のマスター、珈乃子二十七歳独身。活発な喜奈子さんとは真逆で、どこか哀愁漂う長い黒髪ポニーテールのお姉さん。
いくらか前に宝くじに当たったからと脱サラし、利益があるのかないのかイマイチな個人経営の日々を送っております。
昔ながらの懐かしさを感じながらも、どこか若さを感じるカフェ。私にとっては憩いの場所でございます。
「警察案件じゃないわよ!?」
「大丈夫、お前んとこのクラスの担任宛だ」
「なんで知ってるの!?」
「カフェのマスターをしてりゃ、知る機会もあるのさ」
一応ネタバレをしますと、喜奈子さんのクラスを担当してくださっている先生さんもこのお店の常連の一人だったりします。ただ夜のバーの方なので喜奈子さんと出会うことはそうそうありませんが。
「それもやめて!あの先生、淡々と正論で諭してくるの!」
「良い先生じゃん。むしろ正論で諭される以外にどう叱られたいんだよ」
「辛かったねって、優しく抱きしめてくれる……?」
「人の店に乗り込むのが辛いなら帰ってくれ。アタシはうーちゃんと仲良くおやつ時のコーヒータイムなんだ」
むぅ。営業時間中なのにコーヒータイムにするのはいかがなものかと、まあこのお店お昼から夕方に掛けてお客さんほとんど来ませんからね。
ただ珈乃子は私とのコーヒータイムはいつも嬉しそうにしておりますので、私としても嫌いな時間というわけではございません。
「うーさんばっかり甘やかされてずるい!私にも優しくコーヒー入れてよ!」
「ほらよ、ブラックコーヒー」
「少しも甘くないっ!?」
「コーヒーってのは人に甘やかしてもらうもんじゃないんでね」
「うう……」
凹みながら角砂糖をカップに放り込んでいく喜奈子さん。少々投入数の多さが気になりますが、活発に走り回る現役女子高生ならば多少のカロリー過剰は問題ないのかもしれませんね。
「いや、入れ過ぎだろ。人の店の原価率狂わせるんじゃないよ」
「コンビニで買う時より倍以上するんだから、ちょっとくらい多めに入れても良いじゃない」
「じゃあもうコンビニでコーヒー買って持ってこいよ」
それはカフェのマスターが言って良い台詞なのでしょうか。まあ珈乃子のコーヒーは趣味を拗らせた本格派なので、喜奈子さんにその味の良し悪しが分かるかと言われると……コンビニでお手軽価格のものを購入した方が良いのかもしれません。
「あ、そうだ!事件よ事件!こんなとこで悠長にコーヒーを飲んでる場合じゃないのよ!」
「ここは悠長にコーヒーを飲むとこなんだよ」
「聞いたら驚くわよ!なんと銅像が一夜にして金の像になったの!」
「じゃあ犯人はミダス王だな。はい解散」
「乱す翁……?暴れん坊お爺ちゃんってこと?」
インドア派で雑学を学ぶ機会の多いインテリジェンス豊富な若者ならいざしらず、元気に町中を闊歩する現役女子高生でギリシャ神話の王の名を知っている子は中々稀有かなと存じます。
「……アタシが滑ったみたいになるのが納得いかないな」
「ほら、『恋愛成就の二匹の忠犬像』!もちろんマスターは知っているわよね?」
「アタシは既にうーちゃんと相思相愛の仲なんで、そういった迷信には興味はない」
相思相愛……まあそれはおいておきまして。『二匹の忠犬像』ならばこの町の観光スポットの一つでございますね。
かつてこの町で伝説を残した有名なお侍様がおりまして。そのお侍様が近場の戦場でご活躍の最中、留守の屋敷を盗賊団が狙ってやってきました。
しかしお侍様の飼っていた二匹のお犬様達が、前門と後門にて厳重な警備をしていたのです。
勇猛果敢なお犬様のお陰で被害は一切なし。駆けつけたお侍様によって盗賊団は成敗され、めでたしめでたしという昔ながらの小話でございます。
その逸話に習い、町にある公園にある二つの入り口にはそれぞれお犬様の像が祀られ、現在に至るまで町内の皆々様に親しまれているといったものであります。
「私もあの二匹の像の由来とかは全然知らないんだけどね。でもあの像をカップルで同時に撫でると、その二人は末永く幸せになれるっていう噂があるの」
「逸話ガン無視の現代作り話って感じだな。で、その銅像が金の像になったと」
「そう、そうなの!それはもうピッカピカに!」
「価値が上がってよかったじゃないか。うちの看板とかも金にしてもらいたいもんだ」
「金色に塗られただけよ?常識的に考えて本物の金になるわけないじゃない。疲れてるの?」
「こいつ……」
同じ規格の金の像とすり替えたというよりは、金色のペンキ等で塗り潰されたと考えるのが現実的ではあります。つまるところ町内で愛されているマスコットに対する悪戯というわけでございますね。
「犯人の目的は一体なんなのか……」
「ただの愉快犯だろうに。一高校生が気に留める話題じゃないだろ」
「それがそうでもないのよ」
「そうでしかないと思うんだが」
「実は犯人らしき人物の目撃証言があるの。早朝に散歩しているお爺ちゃんが目撃したらしいんだけれど……はっ!そのお爺ちゃんが乱す翁!?」
「早朝に散歩する健康志向の人間を危険人物扱いすんな。というかなんでそんな話をお前が知っているんだよ」
確かにそういった悪戯の犯人の目撃証言が存在すること自体は珍しくはありませんが、一介の女子高生である喜奈子さんが知っているというのは何かしらの関係性を感じますね。
「私と同じ高校の制服を着ていた女の子らしいの。日も登りきってない時間だったらしくて、顔まではハッキリと分からなかったそうなんだけど」
「ああ、学校に苦情がいって、全校朝会とかで取り上げられたのか」
「そそ」
「まあ高校生の仕業なら、愉快犯だろ。若者向けの眉唾スポットでもあるんだし、話題性はそれなりにあるんだろ?」
「うーん。でも私その金色に塗られた像を見てきたんだけど、凄く綺麗に塗られていたの。それはもうムラ無く。悪戯が目的なだけならあんなに丁寧な仕事をするかしら?」
「お前は誰目線なんだよ……。まあ確かに落書きでもした方が手っ取り早くはあるな……」
おや、珈乃子が思案顔になりましたね。愛想が悪く、喜奈子さんにはいつも塩対応ではありますが、好奇心はそれなりに旺盛な彼女。
こうして少しでも引っかかることがあれば、真面目に考えてしまうという悪癖……もとい相談しがいのある性格が喜奈子さん的には気に入っているのか、時折こうして話題を持ってきてくださるのです。
「ね?気になるでしょ?」
「んで、その犬の像の写真とかはあるのか?」
「……あ」
「はい、終了。人に投げる案件なら、ちゃんと詳しい資料くらい用意してこいってんだ」
「ちょ、ちょっと待ってて!今すぐ撮ってくるから!」
そういってお店を飛び出す喜奈子さん。お金を払っていませんが、戻ってくるでしょうから問題はないでしょう。なのでスマホを手に通報しようか悩まないであげてください珈乃子。
「大丈夫よ、うーちゃん。その二匹の忠犬像についてちょっと調べて見ようと思っただけ」
早とちりでしたか、失礼致しました。実際のところ悪戯なだけの線も濃厚ではありますが、暇を潰すには良いお話ではございます。
「雑誌のクロスワードも解き潰したしね。ちなみにうーちゃんはもう推理はできたの?」
そうですね。仮説はいくつか。おそらくは喜奈子さんの撮ってきた写真を見れば、確信は得られるでしょう。あとお店に置く雑誌に直接クロスワードの答えを書くのは如何なものかと。
「わぉ。流石うーちゃん。いつも冴え渡った顔しているだけあるわー!答え教えてー!」
二人きりだからとすぐに甘えない。探偵役は貴方なのですから、もう少しは努力してみましょう。安直に答えだけを知っても、その時間は有意義なものとはなりませんよ。
「むーん。私としては引っ掛かりが消えればそれで良いの。暇なんてうーちゃんと二人でいればいくらでも潰せるんだからぁ」
それは大変光栄ですけれど、数少ない友人である喜奈子さんとの時間も大切にしてあげてください。あの子、将来的にはカフェもバーも常連になってくださるでしょうし。
「経営のことも気にしてくれるうーちゃん素敵!」
マスターももう少し気にしてくださいね。それでは喜奈子さんが戻ってくるまでに簡単なヒントをば。
恐らく犯人さんは悩みの末、苦肉の策として像を金色に塗りつぶしたのでしょう。
「苦肉の策……そうするしかなかったってこと?ということは、塗る行為に何かしらの理由があったということかしら?」
ざっつらいと。その理由を解き明かせれば、犯人の特定もできるかもしれませんね。
<一時間経過>
息を切らせながら飛び込んでくる喜奈子さん。先程よりも髪型は乱れ、滲む汗の量も増しております。
「た、ただいま……」
「おかえりください。ここはお前の家じゃないんだ」
「必死に走ってきたのにこの仕打ち!?冷たい飲み物くらい出してよ―!」
「はいアイス青汁」
「ブラックコーヒーですらない!?え、これ新商品なの?」
「昨日薬局でサプリメント買ったらサービスされたやつだ。捨てるのも勿体ないからな」
「客に要らないのものを処理させようとしてる!?」
「金取らないだけマシだと思え」
「うう……」
涙を流しながらも、喉の乾きを満たすことを優先したのか、青汁を一気に飲み干していく喜奈子さん。珈乃子もちゃんと青汁を溶かした後に氷を入れたりして、気遣いは見られているのですがね。
「そういうことは見なかったことにして良いのよ、うーちゃん」
「まずい!もう一杯!」
「言うと思った。ほら、おかわり」
「なんであるの!?お約束なだけじゃん!」
「平成初期のネタを知ってるお前はいくつなんだ、女子高生。ほら、写真さっさと見せる」
「ううう……苦いよぅ……」
喉の乾きが満たされたことで、一気飲みする気力を失った喜奈子さん。今度はちびちびと青汁を飲んでいきます。
珈乃子は渡されたスマホを片手に私の傍に座り、私にも見えるよう撮影された写真を次々とスクロールしていきます。
「ほんとに金ピカだな。ご利益高そうだ」
写真に写されているのは利発そうなお犬様の銅像。雄と雌でやや顔つきは違いますが、ともに柴犬のようで、そのお姿は神々しい金色に染め上げられております。
「写真取りに行ったら、おばあちゃんが拝んでた」
「せめて飼い主拝んでやれよ。地方に貢献したのそっちだろ。つか何枚撮ったんだよ」
指を上下すること数十回、映し出される写真は未だ黄金のお犬様像。ちょこちょことアングルを変えながら全体を余すこと無く撮影してくださっておりますね。良いお仕事です。
「百からは数えてないわ」
「百までは数えたのかよ」
写真を見る限り、本当に丁寧に塗られておりますね。元の銅像としての色が残ってないのも当然として、台座まで金ピカでございます。なるほど、なるほど。
「うーさん、何かわかった?」
「うーちゃんはもう犯人特定できる段階だとさ」
「本当!?教えて!」
「ちったぁ自分で考えろ。答えばっかり教わってちゃ、有意義な時間は過ごせんぞ」
どこかで聞いたことのある言い回しですが、その通り。棚の上からのご立派な忠告でございます。急を要する内容でもございませんので、お二人でじっくりと考えてみましょうね。
「うーん。でも私優秀な助手枠だし……」
「優秀をつけるな。二度手間で駆け回っている時点で中の下だ。悪戯じゃないのなら、お前さんの学校の生徒は二匹の像を金色に塗る必要があったわけだが……」
「綺麗になったら怒られない……とか?」
「公共物を勝手に塗装する時点でお叱りもんだけどな。あー……ただその考えは近しいかもな」
珈乃子は気づいた様子ですね。さすがは脱サラ経験者。
「どゆこと?」
「綺麗に金色に塗る。汚くはないわけだ。要するに、犯人には銅像に対する悪意はない。むしろ申し訳無さから、『せめて綺麗に塗ろう』という思考が含まれているわけだ」
「でも塗っちゃったら怒られるんでしょ?」
「それを自覚していてもなお塗る必要はあった。そう、塗ることに意味があるわけだ」
珈乃子は撮影された写真を拡大しつつ、マジマジと観察しております。そして手元が止まり、ある部位が撮影された場所で手が止まります。昨今のカメラの性能は大変優秀でございますね。
「なるほど、ここか」
「どこ?」
「雄の方の足、内側のとこだ。ここだけ塗りが妙に厚い。っと、どこにやったっけか……ああ、あったあった」
答えにたどり着いた珈乃子はカウンターの奥へと向かい、机の引き出しを開けてなにやらがさごそ。
すっかり取り残された喜奈子さんは首を傾げながらその動向を見守っています。あ、どうも、今日も素敵な笑顔ですね。
「おい、うーちゃんに色目を使うな」
「私だってうーさんと仲良くしたいんだもん」
「うーちゃんはアタシだけ見てりゃ良いんだよ。それで、本当に理由を知りたいんだよな?」
「当然!そのためにここにきたんだもん!」
「じゃあ、ほらよ」
「わっと、これって……」
「あと雑巾もいるか。ああ、あと玄関においてあるやつも忘れずに持っていけよ」
「……うん?」
<更に一時間後>
ビー玉を転がすのって楽しいですよね。光が乱反射し、幻想的な輝きを放ち、日頃現実でまとわりつくあらゆる雑念を一時的とはいえ忘れることができます。
「この前縁日で買ったやつだけれど、楽しそうでなによりね。アタシにとってのビー玉はうーちゃんよ」
それは大変光栄にございます。おっと、喜奈子さんが戻られたようですね。元気いっぱいの花の女子高生も、繰り返される往復は疲れた模様。背中にたまにお店の外に出す『清掃中』の看板も背負っていますから、余計疲れたのでしょう。
「はぁ……はぁ……た、ただいま……」
「ほら、冷やしぶぶ漬け」
「カフェでぶぶ漬け!?あ、でもちょっと動いたから小腹は空いているかも。いただきまーす」
「臭うから手を洗ってから食べろよ」
「くんくん……確かにちょっと臭うかも」
背中の荷物を降ろし、お手洗いへと駆けていく喜奈子さん。食事の前には手を洗う。これは常識でございますからね。私も日々欠かさずやっておりますとも。
そして喜奈子さんは戻ってきて冷やしぶぶ漬けを美味しいそうに食べ始めます。要所々々に塩対応こそ見られますが、外を移動してきた喜奈子さんに対して冷たい飲み物や食材を提供する珈乃子の細やかな気配りもどこか微笑ましいものがございますね。
「んまんま」
「それ食ったら帰れよ」
「んまっ!?せっかく答えが分かったのに、聞きたくないの!?」
「理由に気づいた時点でおおよそは察してる。相合い傘とかだろ」
「……うん。そうだ、これ返すわね」
喜奈子さんが珈乃子さんに返したのは小さな小瓶。マニキュア用の除光液ですね。除光液に含まれるアセトンにはペンキを落とす効能があります。もちろんたっぷり丁寧に塗られた銅像を綺麗にするには小瓶程度では無理な相談ですが、一箇所のみ、無駄に厚塗りされた箇所を軽く拭い取る程度には十分でしょう。
「これって、そういうことだよね?」
「ああ、どうせ彼氏と喧嘩でもして別れたんだろ。銅像には忘れたい黒歴史、どうにか綺麗に消したかったわけだ」
犯人は『恋愛成就の二匹の忠犬像』の噂にあやかり、恋仲の方と銅像に接した方だったのでしょう。そして記念にと、銅像の目立たない場所に二人の名前を刻み込んでしまった。
ペンによる落書き程度ならば薬品でも使えば落ちるでしょうが、おそらくは小石や落ちていた釘などで彫り込むように刻んでしまったもの。削り取るわけにもいかず、その跡を綺麗に消すには上からペンキなどを塗る必要があったわけですね。
全体を綺麗に塗ればもしかすればそのままおいて置かれるかもしれないと、考えたのでしょう。
「それで、犯人は見つけられるだろうが、どうするんだ?」
「どうしようかなぁ……。隠したい気持ちも分からなくはないし……」
「お前が名前を確認できる程度には暴いてしまったわけだが」
該当の場所を厚塗りしていたのは、思ったよりも彫り込みが深く、塗りつぶすのが難しかったからなのでしょう。なので乾いたあとから数度上塗りする必要があった。
早朝の散歩をしているご老人に目撃されたのも、そのことで想定よりも時間を取られたからなのでしょう。
その箇所をゴシゴシと除光液で拭き取れば、ペンキだけが重なった層の厚みを減らすことになる。喜奈子さんは見事黄金の像から相合い傘を発掘してみせたというわけです。
問題はこの後、喜奈子さんがどうするかですね。相合い傘の名前を元に最近恋人と別れた女子生徒を探せば、喜奈子さんが犯人さんに辿り着くことは十分に可能でしょう。
もちろん自首を促すこともありだとは思いますが、人の恋路へのやぶ蛇行為。中々にままならぬといったお気持ちでしょう。
「うぐ……もう一回塗り直して隠してあげるべきかな……?」
「それを目撃されたらお前が犯人になるぞ。なぁに、その女子生徒が悪いことをしたのは事実だ。相合い傘が見えてしまっていることに本人が気づくまで、黒歴史品評会とでも洒落込めば良いのさ」
「品評会って……」
「金色に目立った銅像だ。当面は様々な通行人に興味本位で見られることになる。そうなれば必然目立たないところに刻まれた相合い傘にも目が行く可能性がグッと上がる。黄金の相合い傘、実に豪華な黒歴史じゃないか」
「ひょっとして私……余計なことをした?」
「軽い意趣返し、私刑とも言えるな」
犯人は現場に戻るという名言がございます。相合い傘を上から削り取るような乱暴な真似はせず、綺麗に塗装することで隠すような内気な犯人さんです。ほとぼりが冷めた頃合いを狙い、黄金の銅像の確認に戻られることでしょう。
その時に塗りつぶしたはずの自分の名が刻まれた相合い傘が復活していることを知れば、はてさて、どれほどの羞恥を感じてしまわれるのやら。
「う、うわあああん!犯人さんに謝ってくるううぅっ!」
謝る必要があるかと言われると、悩ましい話ではありますが、喜奈子さんは心優しい女の子。自分が誰かに羞恥を与えてしまう結果になったことに罪悪感を抱いたのか、ぶぶ漬けを勢いよくかきこみ、元気よく走り去っていきました。
<後日>
いくらかの日にちが過ぎた頃、『うぱる』には意気消沈した喜奈子さんの姿がありました。
その後喜奈子さんは犯人さんを見つけ事情を説明。興味本位から黄金の相合い傘を暴いてしまった旨を謝罪したそうです。
その土下座っぷりがあまりにも見事だったのか、犯人さんは戸惑いながらも自分の罪を素直に見つめ直し、喜奈子さんと共に近場の交番に謝罪しにいったそうです。
「なにを無駄にへこたれているのやら。結局なし崩し的に犯人と一緒に市長のところにまで謝罪しにいったら、市長から『丁度そろそろ塗り替えようと思っていたところで、かえって助かった。でも次からは相談してくださいね』って大人の対応をされて許されたんだろ?」
「なんで知ってるの!?」
「カフェのマスターをしてりゃ、知る機会もあるのさ」
一応ネタバレをしますと、市長さんもこのお店の常連の一人だったりします。ただ夜のバーの方なので以下略。市長さんは『犯人を説得し、なおかつ謝罪にも付き添ってあげるなんて、なんて優しくて真面目な子なんだ』と喜奈子さんを褒めておられましたとも。
「ズバッと解決して、良い気分になれると思ったのに、なんだかこう……」
「探偵モノで、事件解決後に犯人と一緒に笑ってハッピーエンドなんて展開そうそうあるか」
「言われてみれば……。探偵と助手のエピローグで笑うくらいよね。マスターは全然笑わないけど」
「嘲笑うくらいならしてやるぞ、ハハハ」
「うわあああん!うーさん!マスターが冷たいぃ!」
珈乃子……相手は一回り年下の女の子なのですから……。ですが喜奈子さんにとって良き経験になったかと思われますよ。
事件と言うものは総じて人と人との関わり合いの中で生まれるもの。それを暴くということは、そこに内包された人々の感情を知るということになりますからね。
「笑いながら人間観察をできるくらいにならなきゃ、探偵もその助手も勤まらんぞ」
「うう……。あ、これ一応渡しておく……」
そう行って喜奈子さんが差し出したのはなにやら菓子折りのような箱。来店した時から妙に悪目立ちしておりましたが、珈乃子へのお土産でしたか。
「なんだこれ」
「ほら、犯人の女の子と警察に謝りに行ったでしょ?その時にお母さんに知られて、経緯を話さなきゃならなくなったの」
「ははぁん。それで迷惑を掛けたからって菓子折りね」
「でも冷静に考えると推理したのはマスターなんだから、共犯よね?」
「推理したのに共犯とは酷い言い草だな。ほれ」
珈乃子はお土産の菓子折りの中身をお店のお皿に盛り付け、喜奈子さんの目の前に差し出します。
それは喜奈子さんの髪の色と同じ色のお菓子、きなこ餅でございますね。
「あ、きなこ餅だったんだ」
「一人暮らしの身でこの量を食べ切るにゃ、ちょっとしんどいからな。共犯というのなら、食べるのも手伝ってもらわなきゃだ」
「わーい。あ、飲み物ちょーだい」
「ほらよ、ブラックコーヒー。甘味を食うんだから砂糖はなしな」
「えー」
いやぁ実に美味しそうですね。私も食べられれば良かったのですが、二人の仲睦まじい光景でご馳走様ということにしておきましょうか。
<夕暮れも終わり>
睦まじい時間も終わりを迎え、日が暮れてしまいました。学生である喜奈子さんはそろそろ帰らなければなりません。
「うー、今日も一日お疲れ様、私……くぁあ……」
「おい。これから仕事本番のアタシの前であくびをするな。うつるだろ」
「あくびだって出るわよ。朝から真面目に学生やってるんだもん……」
「おいおい……ここで寝てくれるなよ。一日の終わりは自分ちのベッドで受け入れろ」
「ロスタイム的なー?」
「親御さん呼んだろか」
「うー、それはやだー。怒られるー」
目を擦りながら喜奈子さんは席を立ち上がりゆっくりとお店の扉へと向かいます。日中の元気はどこに行ったのやら。夜の似合う女性にはもう少し時が必要そうですね。
「寄り道せずに帰れよ」
「言われなくてもー。じゃーねーマスター。うーさん」
はい、お気をつけて。ご来店ありがとうございました。
喜奈子さんが帰ったあと、珈乃子は夜のバーの準備をしながら喜奈子さんと一緒に過ごしたコーヒーカップとお皿を片付けていきます。
「やれやれ。仕事の前に相手をするにゃ、無駄に疲れる相手だよ」
そう愚痴る割には、口元が少し嬉しそうですけどね。
「……これはうーちゃんと二人きりになれたからよ」
そういうことにしておきましょうか。それでは夜の部、バー『うぱる』の方も頑張っていきましょう。
珈乃子はこのまま夜も働きますが、今回のお話はここまで。ナレーションの担当はわたくし『うぱる』のマスコット、ウーパールーパーのうーちゃんでございました。
応援がてら参加でっす。