1食目 初めてのごはん
すみません、め――――――――っちゃ書くのに時間かかってしまいました…
「はぁ、はぁ、お嬢様…ちょっと…とばし過ぎです…。」
よろよろになりながら後ろについてきていたフィナが苦しそうにそう言った。
「フィナ、80年のうちにちょっと衰えたんじゃないかしら?動かな過ぎは体に良くないわよ?」
「お嬢様に…それ、言われたくないですよ…。」
フィナにそういうのも少し酷かもしれない。
なぜなら、吸血鬼は齢をとればとるほど力を増していくことが多いからだ。
そう考えると、まだ私の3分の2程しか生きていない彼女が私についてくるのは大変だろう。
まあ、さっき私のことをからかった仕返しということにしておこうか。
「じゃあ、ちょっと休憩する?」
「すみません、そうさせて頂きます…。」
羽を広げたままでいるのも疲れるので、高い建物の屋上に降りることにする。
「──そういえば、お嬢様は何処へ向かおうとしていたのですか?」
数分休憩して息が整ってきたところで、彼女は思い出したようにそう言った。
「ほぇ?あっ、えーっとね…。」
「やっぱり、お決めになっていなかったのですね…。」
「いや~…あはは…。」
フィナのジトーっとした目線が痛い。
長年の付き合いだからかわからないが、彼女は私の心を読んでいるんじゃないかというほど思考を当ててくる。
私は彼女が考えてくることなんて全く読めないのに、少しずるい。
「…フィナ、ちょっと待ってて。」
突然、全身が無駄に昂るような嫌な感覚が脳を貫く。
「何かあったのですか?…って、お嬢様!?」
「ちょっと危ない子がいそうなの。」
考えるよりも早く身体が動いていた。
私の随分前の研究によると、私たち吸血鬼には人間の怪我や死などの危険を感じることができる第六感のようなものがある。これは危険時に発される微弱な脳波を…なんて今は解説をしている場合じゃないか。
そしてこの感覚からする判断するに、結構危ない。
「あそこか…」
歩行者が道路を安全に横断するために、道路上に白い線が並んでいるところ。確か横断歩道とか言うところだったか。
そういえば、私が籠り始めるちょっと前、初めてこれが設置されたとか言う記事も読んだっけ…。
どうでもいい思考ばかりが走るが、この感じだとあの横断歩道を渡っている少女が数秒後にあの奥から曲がってくる大きな車に轢かれてしまうだろう。
グッと羽に力を籠め、一回り大きくなった羽で夜空を駆ける。
「3…2…1…今…ッ!よしっ、掴んだわね!お嬢さん、大丈夫かしら?」
車が通る寸前にスッと抱き上げた少女は、見たところ6~7歳でのようだ。
短めの黒髪とちょっとした日焼けからこの子がかなり活発な女の子なのが見て取れる。
「え…っと?おねえちゃん、だあれ?」
「ふふん、通りすがりの吸血鬼よ。」
「きゅうけつき!?わたしはじめてみた!ほんとにいたんだ…!あかいおめめ、すっごくきれいだね!」
「そうでしょ!ねぇ、あなたのお名前は?」
「えとえと…夕凪甘奈です!」
「ふふっ、可愛らしいいいお名前ね。あなた、お家はわかるかしら?」
「うんっ!わかるよ!えっとね…」
「お嬢様…その女の子は?」
フィナも後から追いかけてきていたようで、少し不思議そうに尋ねてくる。
「車に轢かれそうになってた子よ。何とか間に合ってよかったわ。」
「また無鉄砲なことを…。でも助けられてよかったですね。流石です。」
「ふっふっふ、そうでしょ!」
非常に気分がいいので、くるくると星空の下を舞いたいような気もするが、この女の子を届けるのが先だろう。
「甘奈ちゃんだったわね。じゃあお家を案内してもらえる?私がパーっと連れてってあげるわ!」
「いいの!?やったー!わたしおそらとぶのはじめて!」
「じゃあ一緒にお空の旅を楽しみましょ!」
甘奈ちゃんは空を飛ぶのを気に入ったようなので、とてもゆっくりと、遠回りをしながら飛ぶことにした。
都市の中心を上から見ると、人の波が宵の口に消え入っていくのが良く見える。
また、この辺りには人間たちの住居はあまりないようで、煌びやかにライトアップされた高い塔や公園、また若人が屯する前衛的なショップや、立ち並ぶオフィスなど、様々な場所から出る人工の光が、屹立的建造物群を彩っている。
「なんか…ごちゃごちゃしちゃったな…。」
「どうかしたの?」
ボソッと零した一言に抱えている少女が反応した。
子供の勘が鋭いのはよく知っている。実際今もこの少女はちょっと心配そうな表情でこちらを見つめている。
フィナといいこの子といい、よく人の心がわかるものだ。いや、自分が分かりやすいのか。
「ううん、ちょっとね。じゃあそろそろあなたのお家に向かおうかしら。」
「え~!もっとみたいのに!」
「また今度。次あうときはいろんなところに連れてってあげるから、ね?」
「ほんと?やくそくだよ?」
「ええ、わかったわ。」
私が微笑みながらそういうと、彼女が満面の笑みで相槌を打った。
町並みは限りなく複雑化し、夜を飾り付ける地上の電飾は確かに綺麗ではあるのだが、昔ドナウ川を空から眺めていた時と同じような気持ちになる。
以前なら、人工の物なんて自然とは全く比べようも無かったのだが、今はもう自然と同様、何千年単位の彼らの積み重ねから生まれた景色は、まるで堆積を続け広がったデルタに種々の生物が絡み合い、壮大な自然を作ったように、また、流れ続ける流水のように、圧倒されるような壮大さと、飲み込まれると死んでしまうのではないかという恐ろしさを覚える。
しかし、何十年、何百年経っても、笑顔というのはいいものだ。私がこう生きてきてよかったと、そう感じられる。
「──えーっと、ここよね?着いたわよ!って…。」
「いつの間にか寝てしまわれましたね…。」
甘奈ちゃんはいつの間にかスースーと気持ちよさそうな寝息を立てながら寝てしまっていた。
起こすのもかわいそうなので、表札に夕凪と書いてあるのを確認してインターホンとかいうのを押す。
夕凪なんていう苗字はなかなか聞いたことが無い気がするから、多分合っているだろう。
「…は~い、えーっと、どちら様ですか?」
玄関の扉がギギギと金属音を立てながら開き、見た目高校生程で若く、ふわふわっとした短めの茶髪と少々小柄な見た目から、なんとなく小動物のような愛嬌を感じさせる女性が尋ねてくる。
「甘奈ちゃんのご家族の方ですか?」
「あっ、甘奈を連れてきてくれたんだ!?えーっと、今日一緒に遊んでくれたのかな?ごめんね、大変だったでしょ!さっ、あがって!」
「えっ、そんな別に…。」
「まだそんな歳で遠慮なんてしなくていいんだよ!わざわざ来てくれたんだし!」
「いや、えっと…。」
…どうしてこうなったのか。なんで私は見ず知らずの人の家で寛いでいるんだろう。
どうも、何か誤解を受けているらしい。
フィナのことを保護者だと思っているらしく何やら話し込んでいるし、甘奈ちゃんはまだ寝ているから、自分だけリビングルームで1人きりだ。
どうにも居心地が悪すぎる。いや、柔らかいソファーに腰かけて、テレビを見るのはいいのだけれど…どうにも肩身が狭いのだ。
「…おーい、甘奈ちゃーん…お家ついてるわよー…」
彼女の耳元でそっと囁いてみるが、むにゃむにゃ…と言うだけで起きる様子はない。
「お嬢様、お待たせしてすみません。」
「ごめんなさい、小さくて可愛らしい子だったからつい甘奈と同級生の子かと思っちゃって…。でもまさか吸血鬼さんだったなんて、びっくりしちゃった!」
フィナがうまく説明してくれたのか誤解が解けたようで、彼女は奥の部屋から出てくるや否や、申し訳そうに頭を下げた。
「いえ、お気になさらず。では、私たちはお暇しましょうか。ね、フィナ?」
フィナはこくりとうなづくが、歳的に甘奈ちゃんの姉と思われる少女が割り込む。
「ちょ、ちょっと待って!甘奈がお世話になったんですし、ぜひお礼をさせてください…!えっと、ごはんとか食べていきますか!?あっでも吸血鬼だから血じゃないと──」
ごはん。
その単語に私の今は小さくしている蝙蝠の羽がパタパタと反応した。
そうだ、もともと私はごはんを食べようと外に出たはず。
ならここで頂いても…構わないのでは?だって、行くあてもなかったのだし。
そう考え、結局事情を説明してご相伴にあずかることにした。
「──これがごはんなのね…!」
そう言うことなら!といって、甘奈ちゃんの姉だという彼女、朱里が1時間ほどで料理を作ってくれた。
その間というもの、リビングにあるゲームというものも面白そうだったのだが、それよりも私は彼女の手際のよさに目を奪われ、じっと観察していた。だからこそ、目の前に並んでいる品々はそういった美しく洗練された一つ一つの所作の積み重ねから生み出されているのだと思うと、よりこれが素晴らしいものなのだろうと私に確信させる。
今からご馳走になるのは確か…白米、ほうれん草の胡麻和え、鮭の塩焼き、味噌汁、そしてトレーに入った納豆。知識だけは身につけているので間違いないだろう。
私に気を利かせてくれたのか、これぞ和食というラインナップだ。
匂いはするがまだ何も食べたことはないので、何がおいしい匂いで何が不味い匂いなのかはわからない。
情報とすれば、納豆はかなり好き嫌いが分かれるとかその程度だ。
「甘奈!ごはんだよ!食べないの?」
「ん…もうごはんのじかん!?たべるたべる!」
子供の体力はやはり凄まじく、さっきまで寝ていたはずなのにごはんと聞くや否や飛び起きて、私の隣の席に着いた。
なんだかんだ文句を言っていたフィナもご馳走になるようで、私の向かいの席に座っている。
「そうそう、食べ始めるときは手を合わせていただきますって言うんだよ!感謝を込めて、ね!」
そう言われ、自分もその通りに手を合わせる。そして──
「「いただきます」」
箸を手に取り、先ずは日本人の主食であるという白米に手を伸ばす。
待望の一口目。舌に乗せただけでは味気ない、そう感じたのだが、この穀物の本領は嚙んでからだった。
もちもちとしたその一粒一粒から嚙む度に柔らかな、しかし刺激的な感覚が出てくるのだ。
確かにそれは微々たるものではあるのだが私を魅了するのには十分だった。多分これが人間たちの言う甘味というものだろう。
溢れてくるその甘味は非常に美味で、まるで種子の1粒1粒が祝福してくれているかのようだった。
この感動はまだまだ終わらない。
白米を頬張ったまま、鮭に手を出す。箸でほろっと崩れるその身からは黄金色の油が流れている。
そして口に放り込んだ直後、舌から脳へバチバチっと刺激が走った。
塩を含んだ柔らかな鮭の身から流れ出る、舌を刺すように刺激的で魅惑的な味。これは塩味だろうか、これが鮭の元々持っている旨味と合わさったうえ、白米と素晴らしく調和したのだ。
米の静かな甘みを鮭の肉汁に内包された塩味が包み込む。
まるで静と動が絶妙に絡み合う舞のように。
たった2つの物を口に入れただけとは思えない程の満足感だった。
「美味しい…美味しいわ!血なんか飲んでるより、ずっと…!」
「気に入ってもらえてよかった~!いっぱいあるからどんどん食べていいからね!」
「…わかったわ!」
周りには目もくれず、続々と他の物にも箸をのばす。ほうれん草の胡麻和えも、シャキシャキとした食感に胡麻の香ばしさと甘じょっぱさが混ざり非常に美味しく、納豆もここまでの物とは毛色が違い、醤油とタレを入れて混ぜるという手順を踏んだが、混ぜれば混ぜるほど糸をひき、なかなかすごい見た目なものの、口に運ぶとこれまでの物とは全く違うグニグニしたような独特な食感と、入れた調味料の調和がなされ、とても美味しい。少々醤油が濃すぎる気がするので、どれくらいが最高の味加減か確かめる必要はあるが。
しかもどれも白米に合う。
白米があるからこそ際立つ美味しさ、やはり古来より日本人の主食という位置を確固たるものにしているのはこれだからなのだろう。
そして最後に手をつけたのは味噌汁。
ここまでで料理の味にも慣れてきただろうと思ったが、これもまた素晴らしく刺激的だった。
味噌をベースに、魚介類の出汁を加え味付けした、塩味の中に出汁や味噌の甘味が混ざった複雑な味。
混ざりあっている具材の多さからか、これはここまで感じた塩味や甘味だけでは表現できない深みを感じる。
そんな風に考えながら啜っているうちに、もう汁が無くなってしまった。
さて、ここまで一通り食べたが、まだまだ残りがある。いや、まだこれらを楽しめるというべきか。
そう考えると心が躍り、いつの間にか箸が止まらなくなっていた。
「──おねえちゃん、すっごくおいしそうにたべてたね!」
「えっと、そうかしら…?」
食べ終わってから聞いたのだが、どうやら食べている間私はいろんな幸せそうな表情をしていたらしく、先に食べ終わった3人で私のことを眺めていたらしい。
「いやー、あんなに美味しそうに食べてくれるなんて、作ったかいがあったよ!私はあれ好きだったなー。頬に手をあててすごいかわいい笑顔で美味しい!って言ってるの。」
「気が合いますね、自分もお嬢様のあのまるで本当に子供のような表情は幸せそうに見えました。ですが、一口目の目をキラキラさせていたところも捨てがたいです。」
2人がうんうんと頷く。いや、本当にこっちは恥ずかしいのだからそんな談義をしないでほしい。
「そういえば…おねえちゃん、おめめあおくなった?」
向こうの2人がやいのやいの言っている中、甘奈ちゃんがそう尋ねてきた。
「ああこれ?えっとね、こうやってちょ~っと力を込めると…ほら!」
「わっ!すごい!」
私たちは、吸血鬼の力を行使していないときは個々の目の色を持っている。私の場合は碧眼だ。
しかし、力を使う際は、目の色が赤く染まるのだ。
「ふふん、そうでしょ!」
甘奈ちゃんは目をキラキラとさせながらこくこくと頷く。
「あーっ!甘奈!もうお風呂入らないとダメな時間だよ!」
突然朱里が大きな声をあげる。時計は既に夜の9時を指していた。
自分達にはなんてことはないのだが、確かに小さな子供は寝る準備をしないとダメだろう。
「えーっ!やだやだ!まだわたしおねえちゃんとあそびたい!」
「だーめ!そんなのがバレるとまた母さんに怒られるよ?」
「うぅ…」
「大丈夫。私はまた遊びに来るわ!」
「えー…、ぜったいきてね?」
「もちろんよ!約束するわ!」
「わかった…」
「…いい子にしてたら今日よりも~っと長くお空を飛んでもいいわよ?」
「えっ!?じゃあいいこにしてる!」
子供の扱いは少し大変だが、納得してくれてよかった。
笑顔になった甘奈ちゃんの頭をぽんぽんと撫でる。身長差はそこまでないが、ちょっと大人ぶってもいいだろう。何なら実際大人だし。
「さっ、フィナ、帰るわよ!」
「わかりました、お嬢様。」
玄関へ行き、靴を履いていると、甘奈ちゃんがドタドタと走ってきた。
「えっと、おねえちゃんのおなまえってなんていうの?」
「あー…いうの忘れてたわね。私はシェイナ=ロステル=ヴェルフィールっていうの。ロステルって呼んで!」
「わかった!またね!ロステルおねえちゃん!」
ブンブンと手を振る甘奈ちゃんを見ながら、玄関のドアを開け、外へ出た。
ホップステップジャンプの要領で空に飛びだし、夜風を浴びる。
いつも以上に気分がいいのは、ごはんのおかげだろう。
明日は何を食べに行こうか。
ごはん食べてるシーン、難しすぎました…
そして2000~3000字って思っていたのに6000字になってしまったので今度から長くなる場合は2つに分けようかと思います。