第八十三話 魔王覚醒
トレント達は大人しくなったのでそっと通り過ぎようとしたところ、トレント達から
「ありがとう、たすかった」
と声を掛けられる。 トレントは魔物とされているが魔素が濃く、進化し自我を持ったのだろうか…
不思議に思いながら奥へ奥へと進んでいくとだんだんと視界が悪くなり、進行ペースが遅くなる。
「テイル君、これは里の緊急事態時に外敵を寄せ付けなくするための大規模な魔法じゃ。 ペースを上げるぞ」
「はい! わかりました!」
皆一斉にペースを上げる。
すると、意外と近くに里が見えて来た。 門には誰も立っておらずそのまま入る事にした。
「誰も…居らん?」
そのまま突き進み里の中心へ行くと、一人の男性エルフが倒れているのが見えたのでサリィ王女殿下に回復魔法をかけてもらう。
「…我が森の民が魔族に連れていかれた…じきに森が焼かれる…」
そう言って眠ってしまった。 一命は取り留めたので大丈夫だろう。
良く辺りを見回すと荷車の跡があったのでこれを追いかけることにした。
木々を魔法で吹き飛ばして大きな道を作っていた様だ。
サーチを使いながら走っていると相手は馬などを用いて居ない事が分かったので十分追いつけそうだ。
かなり近づいてきた時には敵も気付いた様でこちらに反転し臨戦態勢の様だ。
敵は上位の魔族が四体の様だ。
交戦開始だ。 俺、マーリン様、ガイル様が無詠唱で魔法を放つ。
他の子たちは詠唱を開始したりしている。
ドーラ様とメイカは前衛を勤める為距離を詰める。
ドーラ様自身は龍魔法、聖魔法を使えるが人型の時は根本的に物理で殴る方が強いのだ。
そして、メイカは魔法が使えない為前衛しか出来ない。
二人とも先制の魔法があった為怯んでいるとは言え上級の魔族相手に一歩も引かず押している。
冗談じゃなく強いのだ。
だが、敵も上級なので喰らい付いて来る。 けれど、幹部との戦いを経験した俺にとってはその程度でしかなかった。
詠唱の終わった魔法を察知しドーラ様とメイカが素早く避け魔族達に直撃する。
様々な属性が同時に飛び交いそれが交じり合う形でぶつかり合ったソレは合成魔法にも似た物で威力は当然単体よりも強くなっていた。
そして魔族の内二人は魔石を残して消滅していた。
「お、おい、どういうことだよ! 俺は聞いてねぇよ! あのお方からエルフを攫って来いって言われただけの簡単な仕事だったのによ!」
「それだけで悪魔石が貰えるって聞いたのによ!!!」
魔族達は悪態を付いているので尋問する価値はあるのだろう。
「あのお方って誰だ? それに、悪魔石ってなんだ?」
「あのお方って言うのは…」
魔族の言葉はそこで途絶えた。
何者かの手によって。
「関心しませんね。 飼い主の情報を喋るなどと言う愚行は。 お久しぶりですねぇテイル様、ドーラ様、マーリン様、メイカ様、そして初めまして皆さま。 此度の首謀者である魔神のオルナと申します」
「お前! 学院の時の! あの時は魔王軍の幹部だったじゃないか!?」
「えぇ。 ですが、魔神王様に神格を与えられ魔神へと昇華する事ができたのですよ。 今ではこの通り魔神として生きております」
「目的はなんだ!」
「あのお方の目的はお話出来ませんね。 私自身もあのお方の目的に助力しています。 が、私自身の目的は貴方達の苦しむ顔ですよ? 特にテイル君? 君の様な転生者は実に良い、この世界の秩序を沢山歪めてくれる。 ならば、私は貴方のその美しい顔を歪めて差し上げましょう。 あのお方の命には背くことにはなりますが。」
兄のサイドが現れる。
「兄上!?」
「テイル! 近づくなっ!」
黒い電流の様な物に弾かれ飛ばされる。
「これが魔神の力ですよ。 ですが、そうですね。 この器…。 貴方の兄に良い物を差し上げましょう」
オルナが取り出したのは黒い玉。 そこにオルナが魔力を注ぐと禍々しく光りだし、宙に浮く。
「さぁ、器よ、これを飲み込みなさい」
「…」
兄上が無言で飲み込むと黒い魔力が全身を覆いつくし、叫び声がこだまする。
エルフ達は隙を作り逃げれたのかもう荷車には居ない。
後ろへの被害は考えずに俺達も魔法は打てる。
黒いモヤが晴れる。 出てきたのは紛れもない兄上だ。
だがその姿は伝承に出て来る魔王と類似していた。漆黒の二本角、漆黒のマント、漆黒の鎧、血の様に赤い瞳、そして、生気の無い顔色。
まさか…。
「これが、余の器か。 未成熟だな」
「魔王よ、致し方ないじゃないですか。 ですが、負の感情は器の中では一番大きいのです。 使い勝手は良いでしょう」
「魔神様…とは言いましても…良いでしょう、楽しそうだ」
魔王になった兄上はこちらを見る。
「さて、うぬらは魔神様と余を相手取って戦う事になるのだが、言い残す事はあるか?」
「兄上…兄上!」
感情のままマジックバッグから剣を取り出し、俺は縮地で詰め寄った。