第二百九十六話
「お前の名前はディープインパ…」
これ以上言ったら駄目な気がしたので言い辞める。
馬は首をぶんぶんと上下に振り始める。
喜んでるのか拒否ってるのか分からんな…。
モゾッと動く気配を感じる。
「ブッブッブー(置いてかないで!!!)」
「背中からアルが出て来た!? なんでっ!?」
「ブッブーブブー(服の中にずっと潜伏してたから…)」
えぇ…。 俺ってこんなデカいアルの存在に気付かなかったの…。
もうなんか凄い気配の消し方だな。
「ほぅ、アル様は凄いお力にございますな。 爺も見習いたいですな」
いや、貴方も大概ですよ。
そう思っていると眼前に怪しげな気配を感じ取った。
俺達はショートカットするために違うルートで移動していたので、先に出た人達がこれに出会っていないのは幸いだろう。
「ぐぎょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「な、なんだあれ」
ブチブチと不快な音を立てて蠢く其れ。
触手の様なモノが動く度にブチブチと耳にへばりつく様な音が鳴る。
不気味を体現した様なその異形は…。
「これは、人…ですな」
「何が起きているんだ」
「た…す…け…」
俺達は息を呑んだ。
人としての意識がまだ存在するのだろうか。
「うぎゃああああああああああああああああ!!!」
触手がこちらへと向かい伸びて来る。
明確に感じ取る殺意。 喰い殺そうとする意志。
即座に馬を降り、抜刀…全てを斬り落とす。
「いびゃああああああああああああああああ!!!」
耳を刺す其れの鳴き声。
痛覚があるのだろうか? だとすれば一思いに楽にしてやるしか選択肢は無いのだろうか。
ちらりと横目でキングを見やると馬を即座に退避させている。
この距離ならば大丈夫か…と思った瞬間脚締め付けられた感覚を感じ取る。
「地面から触手!?」
即座に斬り離す事は出来たがこれで一瞬も気が抜けない状態に陥ってしまう。
弱点が観えない。
俺の眼で視えないとなるとかなり厄介だ。
見たところ先ほど斬った触手は再生を成している。
核があるのか? それとも再生出来なくなるまで斬るか…。
いや、あれは人だ。 流石にずっと斬り続けるのは気が引ける。
となると…残すは…。
「アル! 馬をもう少し離して大人しくさせておいて! キング! 奴の気を引いててくれ!」
「何をなさるおつもりで?」
「ちょっとした危険だよ」
キングは少し困った顔をしながらも「致し方ありませんな」 と飛翔する。
近付きながら飛翔するキングに即座に反応する異形。
しかし、其の触手を避けながら飛び、本体を傷付けない様に触手のみを爪で落とすのは流石の技だ。
さて、これなら。
刀を鞘に…。
それを媒体として身体強化を発動。
縮地…。
触れ合えるだろう距離まで一瞬で間合いを詰める。
異形は反応出来ない。
鞘に入れた刀の先端で異形に触れ、錬成する。
パラパラパラと崩れ行く異形。
それが消えゆく中、微かに何かを言っている事に気が付く。
「ありがとう」
魔王の時と同様に、人と何かに分離出来ると思っていたが無理だった。
「助けられなくてごめんよ…」
「坊ちゃまはあの者を救いましたぞ。 今の声はきっとそう言う事なのでしょうな」
「そう…か」
「ブルルル! ヒヒィン!!!」
馬が俺に近付き顔を一舐めする。
俺の顔は唾液でべっとべとだ。
「ブッブッブー(この子も元気出せ! と言ってるね)」
「そうか、ごめんよ。 とりあえず早く皆と合流しよう」
顔を魔法で洗い、馬をまた走らせる。
流石にそのまま走って行ったら気持ち悪がられるだろうからね…。




