第二百七話 制約
とりあえず酒豪の乱から逃げ切った俺はメイカ達に執務室に閉じ込められた。
執務は俺を逃がしてくれない…。
「あぁ…寝たい…」
「今寝たら明日の執務はきっと凄まじいですぞ…」
キングの言う事はもっともだ。
俺もそれは流石に嫌だ...。
「もっと内政に関わってくれる人を増やすしかない!」
「…まず手始めに奥方様達にご助力を仰がれるのはいかがでしょうか…」
なんて事だ。
サリィにマキナと内政に詳しそうな人材がごろごろと居るじゃないか!
それにメイカだって貴族の令嬢だし…いや、あの子は脳みその半分以上が筋肉だからダメかもしれない。
「テイル君? 君は猫の手も借りたいくらいに困っている様だね?」
「【怠惰】? どうして執務室なんかに?」
「いやぁ、面白そうな話が聞こえてね。 現状はサリィちゃんとマキナちゃんが追加で手伝えば多分事足りるけど、今後はそうも行かないでしょ? 学校の事もあるからさ、教育の一環にそういう人材の育成をしてみないかい? 僕に任せてほしい。 仕事をするのは楽しくて仕方ないんだ。 まるで今まで抜けていた何かを埋めてくれているかの様な感覚だよ」
「じゃあ休息日守らなかったら仕事を取り上げると言う約束だったら仕事を幾つか割り振らせてもらうよ」
敢えて声に殺気を乗せて告げておく。
確かに怠惰と言う言葉は仕事を怠けると言う意味なのだが仕事の休息日を守らずに働き続ける様も怠惰と言うのだ。
「む、君にはここに置いてもらってる恩があるんだ。 約束しようじゃないか。 この魔法…いや、これは魔法なんていう生易しいものではないのだけど。 一応ちゃんとした形式として約束させてもらうよ?」
「ん? 分かった」
「我は誓う『決められた休息日には必ず休息を取る』と、この誓いを違えた場合は『その仕事の剥奪』を以て其れを支払う。 制約」
「これは?」
「あぁ、一方的に行える契約の魔法の様なモノだよ。 正式には違うんだけれどね、言葉では言い表すのが難しいね」
自分に課せる制約だから呪いの類…とはまた少し違うか。
考えれば考える程混乱しそうなので思考を放棄する事にした。
頭脳戦は良くないね。 こういうのこそ【怠惰】に任せておきたい。
「頭を使うのは良くないな。 果実水飲も」
「え、今ので頭使う所あった?」
「爺もまったくわかりませぬ、今の旦那様は頭を使われていたのでしょうか…」
「失礼な! いつもフル回転だろうが」
馬鹿にされたのが気にくわなくて突っ込んだら【怠惰】にもキングにも笑われてしまった。
何が面白いんだ。 俺がこんなに頑張っていると言うのに。
「旦那様は頭脳明晰なのだか、抜けているのか分からないですな…」
「そうだね、ほんとに不思議だよ。 だから、短期間だけど傍に居てたまらなく楽しいんだ」
あれ? 急に褒められ始めた。 緩急を付けて来る作戦であれば相当な手練れだと思うのでやめて欲しい。
対俺専用の軍師にでもなるつもりだろうか。
「あーなーたーたーちー? 何してるのかしら―?」
恒例の鬼達の召喚が行われました。
「サリィ? 今日と言う今日は駄目ね、キングまで一緒にサボってるわ」
「そうね、マキナ…これはみっちり教育してあげないと駄目かもしれないわね」
【怠惰】とキングがこの世の終わりを見ている様な表情をしているので俺は何食わぬ顔でその横を通り過ぎようとする。
…そんな日もありましたね。 俺には三途の川が見えます…氷の。
この執務室一面が氷で埋め尽くされております。
なんて美しい光景なんでしょう。
「どこへ行くつもりなのかしら?」
「いや、えっと、俺は…休憩して来ようかなーと…駄目?」
「良いわけあるかぁ!」
執務室の扉は開けたままになっており通る人達全てに苦笑いをされてしまったのが修行よりも長く、苦しかったのは何故だかは分からない。