第百九話 ミルス討伐
「それは宣戦布告って事で良いのか? 勇者サマよぉ?」
ニヤリと笑ったかと思ったら眼前から姿が消える。
だが光速の一撃には程遠いため、俺は追いつける。
攻撃をギリギリまで我慢する。
その剛腕が俺を捉えたであろう瞬間に即座に受け流し、カウンターの一撃を入れる。
「ほう、やるじゃねぇか? これは、狂化しないとダメそうだ」
明らかにやばそうな響きだ。 絶対相手をしてはいけない。
そう本能が囁いて来る。
「狂化とは何だ? 魔法か?」
「勇者サマは、俺様達上位の魔族が使える狂化をご存じ無いようだ」
こいつは大事な事は話してくれ無さそうだ。
物理的にぶん殴って話を聞くしかないか?
「狂化」
そうミルスが呟いた瞬間、ミルスから溢れ出る魔力量も、魔力の質も全然違う物になっていた。
容姿はより筋肉が多くなった様に見える。
「ぐるrrrrああああああ!!!」
狂った様な雄たけびをあげ始めた。
姿が消える。 今度は反応するのがギリギリな程速い。
なら、ここで聖剣を出すしかない様だ。
片手でその剛腕を受け流しながらもう片手でマジックバッグに触れ、聖剣を取り出す。
「ぎょあああああああ!」
「本当に狂ってやがる!」
もうこいつとの対話は不可能かもしれないと思う程に自我を完全に失っている。
どんどん加速して行く俺とミルス。
魔法を使う余地が無い。 万事休すか? と思ったが、メイカがここで合流して来た。
雑魚の魔族共は片が付いたようだ。
「メイカ! こいつは速い! 俺でも受け流す程度で反撃の余地がない!」
「分かりました、加勢します!」
刹那、彼女の姿が掻き消える。 ここで、一旦メイカに相手を任せる事にする。
俺が後衛に回り、支援をする為だ。
途轍もなく速い剛腕…。 いや、最早ここは狂腕とでも称したい程だ。
その迫り来る狂腕を受け流し、大きくバックステップをし交代する。
息を合わせた様に、メイカが攻撃を入れ替わってくれる。
聖剣には魔法や錬金術を増幅させる事が出来る効果があるので疑似的な杖にもなる。
「聖なる光鎖よ、彼の者を縛り、捕縛せよ。 ライトニングチェイン!」
詠唱魔法だ。 この魔法を含む聖属性の魔法は無詠唱の難易度が相当高いのだ。
みるみる内に光の鎖は強化したミルスを捉える。
「大いなる光よ、彼の者を弱らせ、打ち倒す勇気を。 ライトニングウィーク!」
「がぁああああああ!」
どんどんミルスが反抗して来なくなる。 これを逃さないとばかりに攻勢に出るメイカ。
一閃、また一閃とどんどんと剣戟を放っていくその姿は天使の騎士と銘を打てる程には美しかった。
「無抵抗な相手を傷付ける事は、騎士としてしたくはありませんけれど、テイル様を我が主を殺そうとする貴方を許す事はもっと出来ない」
メイカの剣が鈍く光を放つ。 縮地と瞬閃を組み合わせるこれは軽剣術の技の一つだ。
かなり上級の剣士で無いと使う事は出来ない。
ずるり…ミルスの首がずれる。 それでも生きているのか動いている。
魔族って言うのは怖いな。
「とどめの一撃を放つ! メイカ! 退け! 我に敵対するものに裁きの鉄槌を! ジャッジメントノヴァ!」
これはオルナを相手に放ったドーラ様の魔法だ。 使える自信があったので試してみた。
ここまで強い魔法で無くても良いかとは思ったが、上級魔族を自称していたくらいだから念の為でもある。
「俺様の負けだ」
ミルスが最後にぽつりと溢したその言葉はしっかりと俺達に聞こえていた。




