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断罪される婚約者から処刑当日、手紙が届いた

作者: 立草岩央

クロウリー様。

私は今でも、貴方をお慕いしております。

既に私は魔女として処刑される身。

貴方を慕う資格など、最早ないのかもしれません。

ですが今ある思いを伝えるためにも、この手紙をキートゥス家の従者に届けさせていただきます。

それが貴方の手に渡り、お読みいただいていることを信じて、このまま書き記させていただきます。


私の力についてはご存知かと思いますが、改めて全てをお伝えします。

聖火。

キートゥス家の令嬢として、私は聖なる火の力を持って生まれました。

私のみに見える、純白の炎。

世界中を探しても、そのような力はそうそうある事ではないでしょう。

しかし、見えるのは私だけ。

両親に不思議がられながらも、私はその力と共に暮らす事に決めました。

そして聖火は、ただの火ではありません。

熱はなく、物を炙ることも、水を沸騰させることも出来ません。

何物も焦がすことは出来ないのです。


ただ一つ、罪を抱える人間を除いて。


罪のない者は何も感じず、罪のある者にだけ裁きの炎を与え、焼き焦がす。

それはまるで、歴史に語られる聖女の力そのものでした。

私の言葉を聞いた両親も、俄かには信じられないようでしたが、様々な罪人に同様の症状が起きた事から確信に至ったようです。

ですが、私達はまだ気付いていませんでした。


私達の国、それを牛耳る貴族の方々は、手を汚す者があまりに多いと。


クロウリー様。

権力で罪を握りつぶすという事は、良くある話なのでしょうか。

己の権威を維持するため、その罪を他者に擦り付けるという行為も、日常的に行われている茶飯事なのでしょうか。

貴族の方々が、どんな罪を背負ってきたのか私には分かりません。

ですが、聖火は分け隔てなく断罪します。

貴族であろうとも、平民であろうとも関係はありません。

恐らく聖火は、正しすぎたのです。


当初、私は必死にその力を抑えようとしました。

それでも成人に近づくにつれ、聖火は増すばかり。

既に念じずとも、不可視の炎が身体を取り巻くまでに至っていました。

十五歳になる頃には、伯爵貴族のお身体を不可抗力で焼き捨てるという暴挙に発展する程です。

この女は、魔女である。

そんな伯爵貴族のお言葉は、今でもよく覚えています。


ですがその時、助けて頂いたのがクロウリー様でした。

貴方は得体の知れない力を持つと噂される私を庇い、人間不信になりつつあった私に手を触れたのです。

美しく、洗練されたその手で。

クロウリー様は聖火を前に、焼かれることはありませんでした。

そしてその温かさと共に、貴方はこう仰いました。


君に降りかかる火の粉は、私が全て払うと。


貴族という罪が跋扈する中で、貴方の存在は私にとっての救いでした。

父や母と同じく、罪を持たない清廉潔白なお方。

裁くことは出来ても、誰かに救われることなど今までなかったのです。

だからこそ私は、貴方に恋をしてしまったのかもしれません。

貴方の傍にいれば、私は断罪の苦しみから解放されるのではないかと。

そんな独り善がりな思いもあったのでしょう。


人とは、清濁併せ持つからこそ人足りえるのかもしれません。

ですが貴方は、私を忌避しませんでした。

私の聖火を妄想だと揶揄する事もなく、真剣にその話に耳を傾けてくれました。

心寂しい時は、いつも傍にいてくれました。

勇気付けるために、唄を歌ってくれました。

また別の場所で、貴族の方々に火傷を負わせた時も、必ず私を庇って下さいました。

だからこそ、私も変わらなければならないと。

屋敷に閉じこもり、庇護されるだけではいけないと、そう思ったのです。


聖火という力を伝え、認めさせる。

そうすれば、私は貴方の傍に居続ける事が出来る。

無論、罪を形にしたような貴族の方々は頑なでした。

そんなものは認められない。

気に入らない者に、魔女の力で火傷を負わせているだけ。

罪があるというなら、その聖火とやらで証明してみせろと口々に言われたものです。

クロウリー様には、お聞かせ出来ないものばかりでした。


それだけではありません。

私、唄を勉強していたのです。

貴方の前では恥ずかしくて上手く歌えませんでしたが、それでも自信は増していたのです。

いつか美しい声で歌う貴方と、共に並び立てれば。

まるで無邪気な子供のように、そんな日を夢に見ていました。

そしてある時、貴方はこう言って下さいましたね。


もし誰からも理解が得られない、そんな時が来たなら。

誰も知らない遠くの場所で、一緒に暮らさないかと。

そうすれば、ずっと一緒だと。


貴方は私を婚約者に選んでくださいました。

その言葉を聞いた時、私は本当に救われたような心地になりました。

聖火も、貴族も、罪も罰も。

私にとってはどうでも良いと。

貴方と共に生き、触れ合い、唄を歌う事が出来たなら、他には何もいらないと。

ですが、申し訳ありません。

その約束は、果たせそうにありません。


私は侯爵令嬢様の命を、聖火によって奪いました。

彼女の悪い噂は聞いておりました。

秘密裏に奴隷を使い、既に何人もの命を奪っているのだと。

勿論それを証明させないように、彼女は上手く隠し通していたようです。

だからこそ私も、可能な限り近づくまいと思っていました。

ですがどうやら、彼女はクロウリー様と婚約した私が面白くなかったようです。

きっと些細な事だったのでしょう。

身分の劣る私を従わせようとした。

凶器を見せ、軽く脅すつもりだったのでしょう。

ですが命の危険を感じた私にとって、それはあまりに危険な行為。

最早、聖火を抑え続けることは出来ませんでした。

一瞬の内に彼女は息絶え、私は侯爵令嬢様を手に掛けた逆賊として捕えられました。


クロウリー様、あの時は申し訳ありませんでした。

私が貴方に取り入ろうとしていたと衆目の中、大声で演技をしたのは、全て私の勝手な判断です。

私は人の命を奪ってしまった。

これ以上は庇い切れない。

きっと貴方も巻き込まれてしまう。

罪を背負ってしまうと、そう思ったのです。

貴方の愕然とした顔を見た時、私の心は張り裂けそうでした。

本当は嘘だと、助けてほしいと、そう叫びたかった。

ですが、それは許されません。

人を手に掛けてしまった以上、私は今まで焼き焦がしてきた人々と同じように、裁かれなくてはならなかったのです。


お父様やお母様には、クロウリー様と同じように手紙を宛て、この国から逃げるように伝えています。

申し訳ありません、クロウリー様。

本当に、申し訳ありません。

今の貴方は怒りに打ち震えているのでしょうか。

それとも悲しみに暮れているのでしょうか。

出来る事なら、私の唄で貴方の心を支えたかった。


本当はこの思いも秘めたまま、処刑されるつもりでした。

ですが昨日、薄暗い牢獄の中で死を待つばかりの私に声が届いたのです。

天啓だったのでしょうか。

頭に語り掛けてくるような感覚で、声は私にこう言ったのです。


覚悟を見届けたと。

私の命が尽きると共に、聖火は辺り一面に解き放たれる。

そして再び私の命が巡り廻り、救いは訪れると。


本当に天の声だったのかは分かりません。

未だに希望を捨てきれない私が生み出した、幻聴だったのかもしれません。

ですが私は、その声を信じることにしました。

既に私は、衆目の前で嘘の罪を告白したという罪のため、自らの聖火によって喉を焼かれ、声で伝える方法を失いました。

だからこそ今、私はクロウリー様に真実を伝えるため、看守からの温情を受けて手紙をしたためています。


本当に私は、どうしようもない女です。

自分が決めたことも、簡単に覆してしまう。

それでもこの思いを、希望を捨てたくなかったのです。

たとえ命が尽きようとも、再び巡り廻り、貴方の元に届くなら。

再び、触れ合えるなら。


貴方と、もう一度会いたい。


お見苦しい文字で申し訳ありません。

どうしても手が震えてしまうのです。

涙も零れ、綴った文字が滲んでいくのです。

この思いは、この言葉は、貴方に届いていますか。

伝わっていますか。

今は貴方の声を聞くことも、お顔を見る事も叶いません。


他の方々は、クロウリー様は不愛想だと仰いますが、私はそうは思いません。

貴方はとても、優しい笑顔をお持ちです。

ただ少し、それを表に出すのが不器用なだけです。

私は知っています。

貴方が私の不器用な歌を聞いても尚、上手だと褒めてくれた事を。

固いお顔が和らいでいく所を。

少しぎこちないけれど、こんな私を確かに励まそうとしてくれた事を。

私に恋を、そして愛を教えてくれたのはクロウリー様です。

本当に、ありがとうございます。

本当に、お慕いしておりました。


そしてもし、ここまでお読みいただけたなら、どうかこの国からお逃げ下さい。

私の死と共に解き放たれる聖火が、どれだけの力を持つのかも分からないのです。

貴方を傷つけたくはありません。

そして、私の情けない死に様を見せたくもないのです。

どうか、どうかお逃げ下さい。


何処へ行かれようと。

何処へ向かわれようと。

また、必ず会いに行きます。


この命が回帰し巡り廻るのなら、またクロウリー様にお会いできます。

またこの声を、この思いを届けることができます。

どうか、希望を失わないで下さい。

どうか、生き延びて下さい。

そしてもし時が経っても尚、私を覚えていらっしゃるのなら。


また私を、貴方のお傍に――。







「これが数十年前、遠い地で起きたお話だよ」

「……その後、どうなったの?」

「処刑後、聖火は舞い降りたんだ。皆の目に見えるよう、ハッキリとね。悪い人達は浄化されて、その場には良い人だけが残された。尤も、処刑を見ていた人の殆どが石を投げつけたらしいから……どうなったかは、想像がつくけれどね」

「恋人さんは?」

「彼女を助けようとしたけれど、間に合わず……その後は行方知れずだ。聖火に焼かれてしまったのかもしれないし、助けられなかった責任を感じて命を絶ったのかもしれない。あの国は貴族のお偉いさんを失って、隣国に制圧された。今じゃ完全に別の国として、生まれ変わっているそうだよ」

「……」

「今でもあれは聖女の力だったのか、それとも魔女の力だったのか、意見は二つに分かれている。でも色々な国が戒める程だ。もう二度と、あんな悲劇は起きない……そう思いたいな」

「……お父さんは、その人を信じているんだね?」

「そうだな。私は今でも信じているよ」






「何を話していたのですか?」

「聖火の話だよ」

「……やはり、複雑ですね」

「全てが正しかったとは言えない。あの時に間に合っていればと、今でも思う位だ」

「……」

「でも、確かに残っているんだ。今では広く伝わっている、私にとっての、気高き聖女の伝説が」

「あの頃の力は、もう残っていないのですよ?」

「それでも、だ。君にまた会えたことは無駄にしない。だからこそ私は、今ある一日一日を大切に思う。思いを伝えることも、触れ合うことも、今なら出来るからね」

「貴方は変わりませんね……。子供たちに聞かせるのは構いませんが、今日は聖堂に集まる日ですよ? ついさっき、聖歌隊もいらっしゃったそうです」

「おっと、もうこんな時間か。教会の方々を待たせる訳には……ん?」

「どうかしましたか?」

「唄が、聞こえないか?」

「……これは男女のデュエット? 聖歌隊の方でしょうか? 美しい歌声……まるでお互いの愛を唄っているような……」

「そうだな……まるであの時と同じ……」

「私の歌声は、あの時はまだまだでしたよ?」

「それを言うなら、私も同じさ。さぁ、行こうか。子供たちと、君のご両親も呼んで……」






「今日も一緒に、唄を歌おう」

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