ティータイム
「あのエレベーター、いつになったら直すの? 」
彩華は前々から不満に思っていた。猛是の住むビルのエレベーターが故障してから、かれこれ経っている。いつ修理するかなど、一住人に過ぎない猛是に分かる筈もなく、これだけ老朽化したビルのエレベーターを修理する気がオーナーにあるのか怪しかった。スラム街という立地の悪さもあり、売るに売れず、建て直すにも取り壊すにも費用が掛かる。神問官という身元のハッキリした住人が居る間はそのままにしておこうというのだろう。
「いいじゃないですか。たまには女優さんも運動しないと。」
彩華を宥めるように莉音は持参したお菓子を差し出した。彩華のロケ地土産もあり、珍しく猛是の事務所のティータイムのテーブルは華やかだった。
「莉音君も、すっかり猟魔に染まってきたわね? 」
莉音も彩華と同様に階段を昇ってきたのだが、それを苦にする様子はない。そもそも猟魔は利便性の追求はリスクを伴うと考えている。ネットワーク端末は情報収集には便利かもしれないが情報漏洩のリスクも負うと言って携帯を持たないのと同様に、エレベーターやエスカレーターは便利だが足腰が弱ると言って大荷物の時にしか使わない。そんな猟魔の助手を愚痴も言わずに務めているくらいなので、莉音も染まっているのかもしれない。そもそも莉音は探偵葵猟魔を尊敬しているのだから。
「でも、どうして皆さん副業をなさっているんですか? 」
今回、彩華や莉音が集まっている理由はシェミハザである。話によれば彩華は北都の麗華から、莉音は城北の六華から聞いたという。猛是には歌音を預かる自分に直接、連絡をよこさない方が疑問だったのだが歌音はそうでもないらしい。
「神問官ってのは必要経費しか出ないから専業じゃ生活出来ないのよ。」
彩華の視線が猛是には痛い。
「でも皆さん、何の為に神問官をなさっているんですか? 」
思わず猛是と彩華は顔を見合わせると笑いだした。
「あたし、変なこと言いました? 」
少し歌音は動揺した。もしかしたら都会では常識なのかもしれないと思ったからだ。
「悪い。別に変なことは言ってねぇ。自分で言うには珍妙だと思ってな。一度しか言わないから、よく聞いとけよ。」
神問官とは、そんな珍妙な理由で務めるものなのだろうか。歌音は逆に興味をそそられて猛是の次の言葉を待った。
「世のため、人のため、世界の破戒を防ぐため神を問い、聖義を伝える… 」
すると歌音は怪訝そうな顔をした。
「あれ? 前に久来さんがそう言ったら、俺は神を問う者じゃない。神に問う者。聖義を伝える者じゃなく正義を貫く者だって言ってませんでした? 」
それを聞いて彩華は頭を押さえて首を横に振った。
「も~ぜ~」
「汝、欺くなかれだ。俺は正直に俺の教義を言ったまでだ。」
そう言いながらも半歩退いていた。龍宮のツケを払ってもらった手前、立場が弱い。
「貴方のは神問官の教義じゃなくて狭い方の狭義でしょ。まぁ、確かに嘘じゃないんだけど。取り敢えず、私利私欲で動くような人間は神問官にはなれないって事よ。ただ、ボランティアと呼ぶには責任も権限も大き過ぎるけどね。」
「素晴らしいですっ! 」
急に歌音が立ち上がったものだから他の三人が驚いた。
「世の中の為に欲を捨てるなんて中々出来る事じゃないですよ。素敵じゃないですか。」
猛是は少し呆れていた。そんな綺麗事ではない。彩華の言ったとおり権限も大きいが責任も重大なのである。
「それじゃ歌音も神問官、目指してみる? 」
「はいっ! 」
彩華は冗談半分のつもりで言ったのだが歌音は食い気味に即答した。
「あ~や~か~? 」
仕返しとばかりに猛是が彩華に視線を向けた。
「わ、私は無理よ。茜が居るし。」
少し慌てたように彩華は断った。
「あ、先生には僕が居ますし、玄武さんには六華さんが居るから駄目ですよ。」
何も言われていないが莉音も断りを入れた。さすが猟魔のアシスタント、何を言われるか推察したようだ。そして歌音はニコニコしながら猛是の返事を待っていた。“見張る者”からの警護対象である以上、断って放り出す訳にもいかない。
「取り敢えず、騙されないようにならないと無理だな。」
「わかりました。頑張りますっ! 」
これには猛是は頭を抱え、彩華は笑っていた。これが、もっとしっかりした娘であれば“見張る者”に狙われる身でありながら自ら神問官となって対峙する戦うヒロインになるかもしれない。だが歌音である。人を疑うことを知らないような少女に人を騙そうとする奴等の相手が務まるとは到底思えなかった。
「猛是、諦めなさい。彼女、やる気満々よ。神問官になれるかどうかは彼女の努力次第だし、事務員だと連れ歩けないけど、アシスタントなら教会も文句言わない筈よ。貴方も警護しやすくなるんじゃない? 警護対象をアシスタントにしちゃいけないって決まりも無いしネ。」
決まりが無いというか前列が無い。他人事だと思って彩華は軽く言っているようだが、確かに歌音が神問官になれる保証はない。“見張る者”に狙われる原因を突き止め阻止してから解雇しても問題ないだろう。それに彩華の言う通り連れ歩けるのは猛是も身動きがとりやすいのは事実だった。