名探偵
大都会、唐京。その中心地に倭皇城がある。城と言っても歴史的保存物であって象徴的なモニュメントである。その周囲を取り囲むように、各行政局が並び立っている。その中にある公安局に久来は居た。この国の公安は公安委員会、公安調査庁を兼ねたような組織である。その内部は大きく3つに分かれており、警察、公安、そして特務である。
「おや、久来監察官。お久しぶりですね。」
久来に声を掛けて来たのは、空色の髪に青縁の眼鏡、紺碧のスーツを着た青年だった。
「名探偵、葵猟魔ともあろう人が公安に何の御用かな? 参考人ですか? 」
久来の返事に猟魔は苦笑した。
「名探偵はやめてくれませんか? 神問官と弁護士は兼務が出来ないので仕方なく探偵業をしているだけですから。それより情報共有、ありがとうございました。城西の様子は如何でした? 」
猟魔の質問に久来も、とぼける必要は無い。久来が歌音について神問官に連絡を入れた事を言っているのはあきらかだ。城西というのは深熟一帯の倭皇城の西側を指している。
「“見張る者”についての情報共有は職務ですから。あちらの様子なら、私などに尋ねられずとも、お仲間から報告が入っているのではありませんか? 」
知らない人が聞いていたら普通の会話なのかもしれないが、2人の間には冷たい空気が流れていた。現に半径5mに人が近寄らない。特段、監察官と神問官の関係性が悪い訳ではないのだが探偵という職業柄、猟魔は煙たがられていた。
「それで公安局には、どのような御用件で? 」
久来はあらためて猟魔に質問をした。
「監察官に守秘する必要も無いので、お答えしましょう。神問官として協力要請を受けました。どうやら、今回の襟谷さんの一件で“見張る者”の尻尾を掴みたいそうです。」
「あの娘が見張られている理由はなんだ? 民間人を使った囮捜査のような真似は許されない。」
「まず1つめ。理由は公安でも、こちらでも調査中です。2つめ。身の安全は猛是が付いているので大丈夫でしょうけど、それは私に言われても困りますね。こちらからも質問です。そちらの上層部は、保護願いが“見張る者”から出されたと認識していたのですか? 」
「… 悪いが内部機密なので、お答え出来ない。」
「なるほど。お邪魔しました。」
猟魔は一礼をすると踵を返して公安局を後にした。
(内部機密ねぇ。即否定出来ないという事は、知っていた可能性があるのでしょう。ただ、1監察官が上層部を調べるのは荷が勝ちすぎていると思うのですがね。)
そんな事を思いながら、猟魔は事務所に帰ってきた。事務所と言ってもアンティークに囲まれた書斎のようだ。
「おかえりなさいませ。先生にお客様です。」
出迎えたのは段田莉音という中性的な少年だ。女装をしているとかではないが、アンティークドールのように色白で整った顔立ちをしている。依頼人であれば莉音は『御依頼人が御見えです。』と言うので個人的な客人ということだ。扉を開くと客室ではパンキッシュな服装の少女が待っていた。
「遅ぇぞ。いつまで、この六華様を待たせるつもりだ、あん? 」
六華の態度に猟魔は溜め息を吐きながら椅子に腰を下ろした。
「アーシャ・六華・ドゥーマン嬢。アポイントメントも取らずに、急にいらしたのは、貴女でしょう? それに、ここへ来る時はおとなしい服装でとお願いしたはずです。正式な神問官ではないにしろ玄武のアシスタントであれば、場を弁えていただきたいですね。」
今度は六華が苛立たしそうに頭を掻いた。
「ア゛ァ~ッ、イライラするっ! あたいだって来たくて来てんじゃ無ぇんだよ。その玄武からの伝言だ。“見張る者”のシェミハザに動きがあるってさ。」
「シェ… シェミハザ… 」
顔色を変えたのは莉音だった。持ってきた紅茶をテーブルの上に置くと青ざめた顔色で下がって行った。
「大丈夫かい、あいつ? 」
六華の言葉に猟魔は平然と頷いた。
「莉音はお茶を溢さなかったろう? なら問題は無い。ここへ来た最初の頃ならば、今頃私は床掃除を始めていたよ。」
今一つ、六華には猟魔の言っている事が呑み込めなかった。
「ま、いいや。玄武の伝言、確かに伝えたぜ。あんたも、いい加減、携帯ぐらい持てよな。」
「生憎と推理とプライベートを邪魔されるのが嫌いでね。」
そう言いながら猟魔は莉音の持ってきた紅茶を六華に勧めた。
「悪ぃ。猫舌なんでね。あいつに今度は冷たいミルクたっぷりにしてくれって言っといてくれ。今夜もライブなんで、もう行くな。」
そう言い残して六華は慌ただしく出て行った。
「冷たいミルク? 生温い紅茶は美味しくありませんね。次はアイスミルクティにして差し上げるとしましょう。それにしても… シェミハザとは大物が動き始めましたね。襟谷さんの件と関係性が有るのか無いのか… 。公安の件といい、久しぶりに大きな事件の匂いがしますね。」
そう言うと猟魔は何やら楽しそうに紅茶を啜った。
「あ、あの… 」
「莉音、この紅茶は手付かずだからいただいてください。もったいないですからね。」
猟魔はシェミハザについて何も触れずに莉音に紅茶を勧めた。




