生と死と
七柱の一人、シンにとっては最強の筈の七曜刃が一振、“死神の鎌”こと“収穫の鎌”が、猛是にこうも容易く弾かれるとは思ってもいなかった。
「どうやら、ただの木刀ではなさそうだな。」
そもそもシンも、この期に及んで猛是がただの木刀を出してくるとは思っていない。ただ想像を越えた何かを感じていた。
「当たり前だろ。この木刀は一振を宇宙樹、もう一振を生命の樹から創られてんだ。貴様と渡り合うには、もってこいだろ? 」
宇宙樹と生命の樹と聞いて、さすがのシンも顔色が変わった。
「バカな… その木々は人間如きが触れてよいものではない。ましてや木刀に加工するなど人の手では不可能な筈だ。貴様、いったい何者だ? 」
猛是はシンとは対照的に余裕を見せていた。
「おいおい、今さら聞くか? 俺は神に問う者。正義を貫く者。倭国は唐京、倭皇城が城西、深熟の神問官、品井猛是だっ! それ以上でもそれ以下でもねぇよ! 」
シンの聞きたかったのは、そういう事ではなかった。しかし求めた答えが返ってきたとしても状況は何ら変わらないのだ。この星の命運は生の象徴である木刀を持った猛是と死の象徴である鎌を持ったシンの決着に委ねられていた。
***
「よろしいのですか? 」
“方舟”の中から猛是たちの様子を見ていたオデットがマリーナに尋ねた。オデットにしてみれば人類の命運をたった一人に背負わせてよいものかと疑問にも思っていた。
「大丈夫でしょ。猛是が勝てなかったら勝てる方法なんて無いんだから。」
マリーナは当たり前のように答えたが、オデットには不思議に思えた。
「ならば、加勢すべきではないのですか? 」
「駄目に決まってるでしょ。猛是が“隕石の金属器具”じゃなくて宇宙樹と生命の樹を取り出した時点で私たちの手が届く戦いじゃないわ。下手に行っても人質にされるのがオチよ。猛是は人類の為に1人を犠牲に出来る性格してないから足手纏いにしかならないもの。だから今は避難誘導に全力を注いでちょうだい。」
オデットも頷くしかなかった。そしてオデットと入れ替わるように彩華が姿を見せた。
「あら、大女優さんのお出まし? こんな状況でなきゃサインおねだりするところなんだけどね。てっきり名探偵さんみたいに猛是の所に行ってるかと思ったわ。」
マリーナに言われて彩華も苦笑した。
「聞こえていましたよ。私たちでは猛是の足を引っ張るだけですから。マリーナ卿… 次期教皇猊下とお呼びした方がよろしいですか? 」
するとマリーナは苦い顔を見せた。
「わかったわよ、私が悪かった。私たちの仲で猊下なんてやめてよね。でも、猛是の足手纏いになるのは私たちであって、あなたたち唐京の三人は別よ。自分でもわかってるでしょ? 」
「それを言ったらマリーナだって別格じゃない? 」
確かにマリーナの実力は四人の枢機卿の中でも飛び抜けてはいた。
「彩華も知ってるでしょ、“見張る者”が現れた時に世界はお爺ちゃんに丸投げしたのよ。それが“見張る者”よりも手強い七柱を相手に何かすると思う? 国や世界がやらないなら、教会がやるしかないじゃない。救済なんて大きな事は言わないけど、戦闘は猛是に任せて、こっちはこっちの出来る事を出来るだけやるだけよ! 」
マリーナが話終えると彩華は息を吐いた。
「ふぅ… 血は争えないわねぇ。結局、貴女は貴女のお祖父様と同じような事を言ってる。やっぱり次の教皇は貴女しかいないわ。」
「えぇ!? 私は今度こそ猛是を教皇に推したいんだけどなぁ。」
「諦めなさいマリーナ。人には向き不向きってのがあるのよ。大体、あいつが教皇なんて引き受けると思う? 」
彩華に言われてマリーナも肩を落とした。
「そうよねぇ。私が向いてるかって話はともかく、猛是が引き受けるとは思えないわよねぇ。彼は、あの時も今も最前線で戦ってるもんねぇ。」
「一番、面倒臭がり屋さんが一番、面倒臭い奴の相手をしてくれてるんだからマリーナが教皇やるくらいしてもいいんじゃない? 」
「はいはい。この戦いに無事、生き残ったら前向きに検討させていただきます。」
「じゃ確定ね。だって、あいつが負ける訳、ないもの。」
検討すると言ったのに彩華に確定と言われるのは不本意だったがマリーナも猛是が負ける訳ないというのには同じ気持ちだった。
***
「猛是さん、大丈夫でしょうか? 」
色々とあって歌音には玄武のアシスタントである六華が付き添っていた。
「お前も猛是のアシスタントなら猛是を信じろ! 」
六華も玄武と音楽で合わない事はあっても神問官として疑った事はなかった。故に根拠はよくわからないが言葉には歌音も説得力を感じていた。
「は、はい! わかりました。私も猛是さんを信じます! 」
歌音は六華と一緒に猛是の勝利を祈った。さすがに六華も教会の人間である。
***
「ハァハァ… 何故だ? 何故、両手で持った死神の鎌の渾身の一撃が片手の木刀に弾かれる? 」
シンには納得出来なかった。一方の猛是はといえば息を切らすこともなく余裕が見えた。猛是はシンを見据えて言った。
「汝、奪うなかれ。この星も俺の仲間も刈らせやしねぇよ! 」




