倭へ
マリーナは“方舟”に自らの“隕石の金属器具”の糸のようなもので縄梯子を掛けた。
「これで乗り込むんですか? 」
些か不安そうにライラが尋ねた。
「当たり前でしょ。他に方法無いんだから。」
確かに宙空に浮いていると云うのに橋桁も昇降機も見当たらない。
「先に行って動力始動しておくから。オデットは最後にいらっしゃい。」
一瞬、一同の視線がオデットのスカートに向かった。
「あぁ。でも下はスパッツですから。」
最後になるのは構わなかったが、気を遣われている事は判ったので伝えた。
「あ、ならライラくんが最後お願いね。ヴィエールは怪我人なんだから私の次にいらっしゃい。」
言うが早いかマリーナは縄梯子を登っていった。怪我人とは言われたがヴィエールを背負って登れるほど体力のある者は此処には居ない。自力で登って貰うしかない。その間、ライラとオデットは下で追っ手の気配に気を配っていた。しかし、さすがに教皇と云えどもマリーナの繭から脱出するのに手間取っているのか追ってくる様子は無い。ヴィエールが乗り込んだのを確認するとオデットとライラも大急ぎで“方舟”に乗り込んだ。
「先生、飛ばした事、あるんですか? 」
さすがにオデットも不安になった。少なくとも自分が“神問官”になってから“方舟”が飛んだ事は無い。年齢的に考えてマリーナが“方舟”を飛ばした事があるとは思えなかった。
「そんなの、あるわけないじゃない。ぶっつけ本番に決まってるでしょ。それに飛ぶじゃなくて跳ぶのよ。」
前半は予想通りの答えであったが後半はオデットにも意味がよく解らなかった。
「仮想錨抜錨っ! 空間固定解除っ! ”契約の箱“出力安定。”方舟“、倭へ向けて発進っ! 」
べつに乗組員が居る訳ではなかった。しかしで“方舟”は、まるでマリーナの声に応えるように動き始めた。かと思うと異様というか妙な感覚に一瞬、襲われた。
「マリーナさん、なんですか今の? 私も移動が多いので普段、乗り物酔いはしないんですが。まるで不協和音の中に佇んだような気分の悪さです。」
ライラ同様の感覚はヴィエールやオデットも感じていた。そして、それは操船していたマリーナも例外ではなかった。
「わ、私だって、こんな気分悪くなるなんて先代教皇から聞いてないわよ。それより、そこの計器で現在地の確認よろ。」
マリーナに言われてオデットは立ち上がって現在地を確認すると自分の目を疑った。
「げ…現在位置、倭上空。唐京まで距離およそ400㎞。」
ライラも苦笑しながら立ち上がった。
「まさに跳んだという事ですか。時間的節約にはなりますが、この気分の悪さはツアーで使うのは無理ですね。」
「それだけ、つまらない冗談が言えるようなら大丈夫よね? 慶繁の神問官を収用後、直ちに唐京へ出発するわよっ! 」
「それなら多少面識があるので私が迎えに行きます。」
マリーナが頷いたのを確認すると、オデットは“方舟”から飛び出した。オデットの“隕石の金属器具”は飛行する為の物ではなかったが、ブレードが拡大して翼の代わりに滑空した。目指すは風の司祭であった錢瓶守善の経営する骨董屋閻輝堂。そこには守善のアシスタントである鈴鹿凛と殺された手品師一颯朱蘭こと神問官大江一颯の元アシスタントで現在研修中の茨木童子が居る。店の扉を開くと予想外の人物が待っていた。
「何、あれ? 翼もプロペラも無しに飛んでるって航空力学無視もいいところよね? 」
「ス… スティングレーさん!? 」
待っていたのは“見張る者”曰く黒い蠍のピックティンダル・スティングレーだった。
「さんは要らないわ、さんは。もう、オデットだって私と同じ水の司祭… だったんだから。って言うか、称号順位なんて今さらよね。ピッキーでいいわよ。」
そうは言われても、オデットは司祭になりたてだったので気軽には呼び難い。
「ピッキー… さん… 」
少し緊張気味のオデットを見てピッキーも苦笑した。
「まぁ、追々慣れてくれれば、いいわ。教会から手配書が出された神問官は、ほとんど倭に居る。こっちを率いてるのはマリーナでしょ? 」
「え、あ、はい。先生とはどういう御関係ですか? 」
マリーナの事を妙に親しげに語るので、ついオデットは聞きたくなった。
「え? あぁ。貴女、マリーナの弟子だったっけね。マリーナとは神学校時代のクラスメートよ。先代教皇の孫娘だって云うのにお高くとまってなくて、変に馬が合ったのよね。」
ピッキーがマリーナと馬が合ったというのは話し口調を聞いていてオデットも、なんとなく理解した。
「オデットも弟子が唐京に居るんでしょ? 早いとこ加勢に行ってやらないとね。」
「先輩、荷物出来ましたぁ… 。なんや、お迎えですか? 御苦労はんです。」
奥からソフィアがピッキーの荷物を抱えてきた。守善、凛、童子、ピッキー、ソフィアを連れてオデットは“方舟”へと帰艦した。
「なんだ、ピッキー。倭に居たんだ? 」
ピッキーの顔を見るなり懐かしそうにマリーナが声を掛けた。
「ユーロピアは教会とベッタリだから戻るに戻れなくてさ。さて、行くんでしょ? 」
「もちろんっ! 」
ピッキーの問いにマリーナは笑顔で答えると進路を唐京へと向けた。




