シェミハザ
「ほう、ようやく現れたな。教皇の言うとおりだったか。」
滝壺から上がってきたマリーナたちを待ち受けていたのは教会の人間ではなかった。
「あぁら、てっきり貴方は倭の“契約の箱”狙いだと思ってたわ。」
マリーナたちの目の前に立ち塞がったのはシェミハザだった。アザゼルやアズライール亡き今、指導者であるシェミハザは“契約の箱”奪取に向かうと思っていた。教皇と裏で繋がっているならばユーロピアの“契約の箱”は後回しでも構わない筈なのだから。
「ふっ、倭には手を打ってある。心置きなく相手をしてやろう。」
オデットも指導者であるアズライールとは対峙した事があったが、シェミハザは格が違うと感じていた。
「貴方が手を打ってあると言うことは、向こうには七柱の誰かが行ってるって事かな? 」
「… 七柱を知っているとは、さすが枢機卿… というよりは先代教皇の孫と云うことか。」
マリーナの的を得た問い掛けに驚いた様子もなくシェミハザは古代の遺物を構えた。
「そっちも私が先代教皇の孫だって知ってるって事は、教会の機密事項駄々漏れかぁ。さっさと貴方も教皇も捕まえないとダメみたいね。」
マリーナも冷静に隕石の金属器具を構えた。
「フッ、捕まえるか。枢機卿が二人も居るのに、たとえ相手が“見張る者”の指導者であっても倒せないってのは教義に縛られて気の毒だなぁ。だが、こっちは遠慮なくいかせてもらうっ! 」
シェミハザの武器は時に鎌、時に円月輪。変幻自在に形を変えてマリーナに襲い掛かる。それに対してマリーナの器具は小さくシェミハザの攻撃を受け止める事は出来ないだろう。だがマリーナはシェミハザの攻撃を尽く躱していく。その動きはオデットのそれを遥かに凌ぐ優美さだ。まるで流れる水のように滑らかに的確にシェミハザの刃を掻い潜っていく。
「どうした、避けているだけでは捕らえる事は出来んぞっ! … !? 」
突然、シェミハザは動きを止めるマリーナを睨み付けた。
「あ、やっと気づいた? て言うか、そこまで動き続けられた事の方が私には驚きよ。」
マリーナはシェミハザの攻撃を避けながら周囲を周り続けていた。その器具から目に見えない程、細い糸のようなものを出しながら。
「私の器具は相手を傷つけずに捕縛する為のもの。それも気づかれないようにね。その刃ごと巻き付けたら切られそうだから、ちょっとだけ苦労したかな。」
元々、神問官の隕石の金属器具は“見張る者”の指導者が持つ古代の遺物に対抗出来るように作られた物、シェミハザといえども簡単には抜け出せない。
「相性悪そうだったけど何とかなるもんだね。」
しかしシェミハザの余裕は崩れなかった。
「これで勝ったつもりか? ユーロピア政府に対する教会の影響力は大きい。捕らえたところで引き渡す相手は居ないぞ? 」
だがマリーナも余裕だった。
「やだなぁ。引き渡し先の心配してくれるの? そこんとこは、ぬかり無いから大丈夫よ。」
マリーナがシェミハザが現れたのと同じ場所へ視線を送ると、その先から複数の足音が聴こえてきた。
「マリーナさん、なんなんすか? こんな所に呼び出すなんて。」
現れた一団の先頭の男は、どうやらマリーナの知り合いのようだった。
「悪い悪い。そいつ、シェミハザだから。連行して貰える? 」
シェミハザの名前を聞いて一団は一斉に後退った。
「んもぉ。警察がだらしないなぁ。仕方ない、悪いけどグルグル巻きにするからね。」
マリーナは有無をも言わせず身動きの取れないシェミハザを、がんじがらめのグルグル巻きにしてしまった。
「いつもながら、マリーナさんの繭はエグいですね。」
警察の一団はグルグル巻きにされたシェミハザを運び出していった。
「先生、問題無いのですか? 我々は教会を辞めたのですよ。神問官としての特権は失われているのではありませんか? 」
するとマリーナは指を振りながら舌を鳴らした。
「チッチッチ。私が辞めたのは今の教会だよ。神問官を辞めた訳じゃない。その証拠に隕石の金属器具は、ちゃんと機能してるでしょ。世間から見たら教会だって民間組織なんだから内部分裂みたいなもので警察も“見張る者”に対応してくれるなら、どっちでもいいのよ。」
マリーナたちにとって幸いだったのは警察が政治ほど教会の影響を受けていない事だった。もちろん、マリーナには、そこまで計算の内である。
「それで、これからどうするつもりなんだ? 」
ヴィエールとしても覚悟を決めるしかない。このまま4人で反抗するのは難しく思えた。ただ、倭以外の神問官が教会側なのか反教会なのかが不明な者も多いので迂闊に協力を求める訳にもいかなかった。
「取り敢えず、“契約の箱”を破戒者の手から取り戻すわよ。」
するとオデットとライラは思わず顔を見合わせた。
「先生、でも“契約の箱”が安置されている部屋は教皇しか入れないのではありませんか? それに迂闊に入れば命が危ないとも聞き及んでます。」
オデットからすれば、かなり危険な賭けに思えた。




