神問官の矜恃
「このグラドスを利用するとは、やってくれるな、マリーナっ! 」
するとマリーナも不敵な笑みを浮かべた。
「利用なんて人聞きの悪い事、言わないでもらえるかしら? これは有効利用っていうのよ。汝、欲するなかれ、奪うなかれ。だから鍵は盗ってない。そして私自身は鍵を壊してもいない。」
「詭弁だなっ! 」
再びグラドスの大剣が振り下ろされた。しかしマリーナは苦もなく躱す。
「そんな力任せに振り回しても当たらないわよ? オデットぉ、追っ手の見張りはライラ君に任せて、ヴィエールを看て貰えるかしら? 」
地下牢への階段の入り口は閉じてきた。捕らえられたイグニスを除く三人の枢機卿がここに居る以上、誰も降りては来ないのが前提だ。ただし、マリーナとヴィエールの後任が速やかに任命されなければの話しではある。
「マリーナ、司祭になりたてで知らないだろうが、グラドスの実力は本物だ。君の勝てる相手ではない。」
オデットに介抱されながらヴィエールは警告したが、マリーナは退屈そうに小首を傾げた。
「だ、い、じょ、う、ぶ。グラドスだって私の事、よく知らない訳だし。もちろん、ヴィエールもね。」
互いに相手の実力を知らないという意味ではマリーナの言うとおりかもしれない。しかし、グラドスの実力を知るヴィエールにしてみればマリーナのは根拠の無い自信にしか見えなかった。それでもマリーナはヴィエールの心配を余所に次々とグラドスの斬撃を躱していた。
「だからぁ、そんな力任せに振り回しても当たらないってばぁ。」
なおも大剣を振り回すグラドスだったが、だんだんと切っ先が鈍り始めていた。
「くそっ、なぜ当たらん? 」
その様子をマリーナは嘲笑した。
「け、い、け、ん、ぶ、そ、く、かなぁ。」
「何をっ! 」
グラドスは怒り任せに剣を振るうが当たる訳もなかった。
「ダメダメ。今日まで枢機卿やってきたんだから、教義の『汝、殺めるなかれ』も守ってきたんでしょ? 人を殺した事のない人が私を殺そうとしてるのよ。」
「黙れ黙れっ! このグラドスの剣技は本物だっ! 貴様如き、一刀両断にしてくれるっ! 」
斬撃を幾ら繰り出そうともマリーナに掠りもしない。さすがにヴィエールも驚いていた。
「キャハハハッ。無理無理。貴方には無理よ。」
「ほざけっ! 」
遂にはグラドスも息が切れてきた。
「仮にも枢機卿でしょ? その前は司祭で、その前は神問官で、その前はアシスタント。いったい教会に何年居るのかしら? 」
「貴様には関係ないっ! 」
大きく力任せに振り下ろした大剣は床を叩いて遂には折れてしまった。
「バ… バカな!? 」
「あぁあ、折っちゃった。いい? 貴方の大剣も含めて神問官の武具たる隕石の金属器具は教会や教皇じゃなくて教義を守るために造られたものでしょ。神問官の矜恃を忘れた貴方に力を貸してくれる訳ないのよ。」
武器を失っい、膝をついたグラドスをマリーナは見下ろして言った。
「こんな物は、ただの道具… 」
素手でマリーナに襲い掛かろうとしたグラドスはヴィエールによって投げ飛ばされた。
「隕石の金属器具は、ただの道具ではない。あの深熟に落下した隕石から先代教皇が来る日の為に正義の心に応えるよう、お造りになられた物だ。破戒者に応える筈もないっ! 」
しかし、マリーナは面倒臭そうにヴィエールを押し退けた。
「はいはい、怪我人はでしゃばらない。いい、グラドス。私は、あんな臭い事、言うつもりはないわ。ただ、どんな技術か知らないけど隕石の金属器具は先代教皇が教義を込めて造った代物で、その教義を持った使い手にしか応えないの。悪いけど、この先の身の振り方は自分で考えて貰えるかな。ライラくぅ~ん、オデット、ヴィエール連れて逃げるわよ。」
グラドスを捕らえるものだと思っていたオデットは一瞬だけ戸惑った。しかし、考えてみれば此処は教会の地下。つまり敵地の真っ只中である。地下に降りては来られなくとも外で待ち伏せされている事は想像するに容易い。階段を上がろうとしたライラをマリーナは呼び止めた。
「そっちじゃなくて、こっちよ。」
三人がマリーナの後をついて行くとマリーナが隠し扉を開いた。
「何故、君がこんな事を知っている? 」
ヴィエールからすれば、実力もさることながら隕石の金属器具や地下牢からの抜け道など、とても枢機卿になりたてとは思えなかった。
「そんな事、どうでもいいでしょ。先代教皇に教わってただけよ。」
この場に居たのが、この三人でなければ、もっと大声を出して驚いていたかもしれない。しかし、今はそれどころではない事を全員が心得ていた。そしてマリーナには一抹の不安が過っていた。おそらくは現教皇も、この抜け道の事は知っている。たとえ入る事は出来なくとも出口で待ち伏せされている確立は教会内の地下への入り口と大差は無いだろう。それでも抜け道を選んだのは抜け道の出口の場所にあった。出口の前は轟音とともに大量の水が流れ落ちていた。滝の裏である。
「飛び込むわよっ! 」
いくら教皇派が入って来れないと言っても、食糧も無しに籠城する訳にもいかない。四人はマリーナに言われるままに滝に飛び込んだ。




