レジスタンスの中のレジリエンス
ユーロピアは倭国と異なり教会の影響力は政治的にも大きい。政治的には教会からの要求については倭国に対して外交努力を重ねるとしているが、教会の実力行使は不問とするとしていた。中には大き過ぎる教会の発言権に異を唱える者も居たが少数派である。
「なんか、拙い状況になっちゃったわねぇ。」
物陰に隠れながら淡いブルーのドレスの女性がぼやいていた。
「マリーナ卿、何を悠長な。」
ぼやくマリーナを嗜めたのは司祭となったオデットだった。
「なぁに、そのよそよそしい呼び方。昔どおり先生でいいわよ? 」
欠員の出た水の枢機卿を埋めるためマリーナが昇格し、その為に弟子のオデットが司祭に繰り上がっていた。マリーナの言うとおりオデットにとっては師にあたる。
「そうはいきません。マリーナ卿は水の枢機卿としての自覚が足りません。」
するとマリーナはクスリと微笑んだ。
「そう? それじゃ枢機卿、辞ぁめたっと。」
「え、何を仰って… 」
突然の事にオデットも戸惑いを隠せなかった。
「だって、今の教会に私の正義は無いもん。」
「そ、そんな… 。これから、どうなさる御心算ですか?」
オデットも対応に困ってしまった。
「ユーロピア政府は教会とズブズブだからねぇ。当面はレジスタンスって事になるのかしら。でも貴女は貴女の正義を貫きなさい。そう教えた筈よ。」
初めから、そのつもりだったのだろう。マリーナは、そう言って枢機卿の淡いブルーのドレスを脱ぎ捨てると下にミリタリーなネイビールックを着込んでいた。
「お供しますっ! 」
オデットは反射的に言っていた。
「あら、いいの? 私は教会に喧嘩売ろうとしてるのよ。破戒者扱いされるわよ? 」
マリーナはオデットの覚悟を問うように、真っ直ぐ視線を合わせた。
「はい。私の正義は教会ではなく教義と共にあります。今の教会には私の正義もありません。マリーナ卿と共に行かせてください。」
するとマリーナは小さく頷いた。
「わかった。まずはヴィエールを奪還して、ここを脱出するわ。それと… マリーナ卿はやめてよね。枢機卿も辞めるんだから。」
「はい、先生っ! 」
二人はヴィエールの囚われている地下牢を目指した。通常であれば破戒者は神問官が捕らえて警察機構に引き渡すのだが、指導者クラスともなると教会側の監察下に置かれる。これが今回、枢機卿にも適用された。地下へ降りる階段の入り口付近には教皇派とみられる神問官が幾人も倒れていた。
「お待ちしていましたよ、マリーナ卿。」
見事な彫金の施された竪琴を奏でながら青年は待っていた。
「あら、ライラ君は味方でいいのかな? 」
マリーナも確信しながらも尋ねた。
「えぇ。倭の名探偵殿から事前に知らせを受けていたので、あの生配信はリアルタイムで観ていましたから。」
するとマリーナは少し残念そうな表情を見せた。
「なぁんだ。猟魔くんが知らせたのって私だけじゃないのかぁ。」
「あの… 私も連絡は頂いてました。」
オデットもすまなそうに手を挙げた。普段は毅然としているが師であるマリーナの前では勝手が違うようだ。
「えぇ~、オデットもぉ? ん、でも、まぁ、いっか。お陰で孤立しないで済んでるし。あ、枢機卿クラスでないと入り口が開かないのよね。ちょっと待ってね。えっと… んっと… 開いた開いたぁ。」
子供のようにはしゃぐマリーナの姿にライラは苦笑した。
「とてもオデット殿の先生とは思えませんね。」
するとオデットも合わせるように苦笑した。
「神問官としては超一流なのよ。それと先生が枢機卿を辞めるそうなので私も司祭を辞めます。だからオデットと呼んで頂いて結構です。」
「承知しました、オデット。それにしてもマリーナさんといい、猛是といい、超一流の神問官とは変わった方が多いのですかね? 」
「ちょっとライラ君、聞こえてるよぉ。そんな事より早いとこヴィエールを連れ出さないとバレたら扉、壊さないと出れなくなるんだから。」
地下牢への階段の入り口は枢機卿クラスでなければ開かない。つまり教皇派にバレてマリーナの枢機卿権限が剥奪されれば開かなくなるという事になる。もっとも、そうなったら扉を壊す気満々なのが明らかなのがライラには頼もしくも可笑しくもあった。
「こういう人をレジリエンスな人というのかもしれませんね。」
降りていく最中に誰にも出会わなかった。イグニスが倭で逮捕され、ヴィエールが教会に囚われの身なのだから、当然といえば当然。他にここに入れるとすれば大地の枢機卿ぐらいのものである。なおも降りてゆくと地下牢が見えてきた。
「二人はここで追っ手を警戒して。」
オデットとライラを待たせてマリーナは1人牢に向かった。
「はいはぁい。ヴィエール、助けに来たわよ。」
「に、逃げろ。罠だっ! 」
ヴィエールが言い終わる前にマリーナの背後から大剣が振り下ろされた。が、寸ででマリーナはそれを躱し牢の鍵が壊れてしまった。
「うん、知ってた。でも、鍵盗ってこれなかったから助かったわよ、グラドス卿。」
マリーナの背後では大地の枢機卿グラドスが不敵な笑みを浮かべていた。




