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10階の猛是  作者: 凪沙一人
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やる事は一つ

 “見張る者(エグリゴリ)”の本拠地ではシェミハザが渋い顔をしていた。無理もない。教会との内通もバレ、アザゼルも散った。教会側の枢機卿も表向きは減っているが実質、イグニスは敵の員数には入っていない。

「そろそろ“見張る者”の存在も潮時ではありませんか? 」

 シェミハザにそう声を掛けたのは七柱の1人であり、シェミハザの義弟でもある太陰のシンであった。

あの方(・・・)がそう言ったのか? 」

 シェミハザの問いにシンは首を横に振った。

「いえ、父上は何も。ですが義兄あに上… 」

 そこでシンの言葉をシェミハザは遮った。

「僕にとっては七柱に差は無い。それは前にも言ったとおりさ。ただ、父子としては話しは別だよ。腹違いとはいえ、父は一緒だからね。シンが父より先に2つの“契約の箱(アーク)”と“鍵”を手に入れ、七柱の主柱となろうとする気持ちは理解わかる。我々にとって、何が重要で何が邪魔なのか。鍵が現れるのは歴史のほんの一瞬。父を越えるには千載一遇の好機、だろ? 」

 シンはシェミハザの言葉に黙って頷いた。

「だからこそ、僕は最期まで“見張る者”の指導者として行動する。」

「えっ? 」

 シンはシェミハザの言葉に自分の耳を疑った。

「白衣の銀狼は僕が止める。可愛い義弟おとうとの為にね。」

「義兄上… 」

 シンの呼び掛けにシェミハザは軽く右手を挙げて応えると姿を消した。それから三日後、猛是の元に一通の訃報が届いた。

「何があったんですか? 」

 俯いた猛是の顔を覗き込むように歌音が尋ねた。

一颯いぶきが… 殺られた… 。」

 歌音は慶繁けいはん神問官インクイジター大江一颯を知らない。が、もう1つの顔、手品師(マジシャン)一颯朱蘭(しゅらん)なら赤戸あかど村にも一度だけ興行に来た事があったので知っていた。これでも猛是のアシスタント。猟魔と久来が教われたという話しも知っている。

「くそっ! 」

 飛び出そうとした猛是の前に猟魔が立っていた。

「いつの間に… ってか、退けっ! 」

 その様子に猟魔は首を横に振りながら眉間に皺を寄せていた。

「そう簡単に“見張る者”の挑発に乗らないで欲しいんだがな。君は現状、我々にとって攻守の要なんだ。不用意な行動は避けて欲しい。」

 猛是はテーブルを殴りつけた。猟魔の言う事は理解わかる。“見張る者”の目的は、あくまでも契約の箱(アーク)とその鍵である歌音だ。これは、あからさまな陽動である。

「一颯を倒せるほどの“見張る者”となると指導者シェミハザくらいだ。だが、伊久の話しではユーロピアでラミエルと一戦交えた時に現れた男、おそらくは七柱の1人だろう。そちらの可能性もある。それに教会がその後、何の音沙汰も無いのも気になる。」

「いいえ、動きならありました。極秘情報ですが。」

 扉のところには久来が立っていた。

「どいつもこいつも、勝手に入って来やがって。不法侵入で訴えるぞっ! 」

 猛是が吼えると猟魔と久来は顔を見合わせた。

「それは失礼。事務所の看板が営業中になっていたものでね。」

 二人は異口同音に言った。この雑居ビルの十階は猛是の住居であると同時に事務所でもある。営業中に訪れたのであれば侵入者ではなく来客だ。

「それで、その極秘情報とやらは伺えるのかな? 」

 猟魔が尋ねると久来は小さく頷いた。

「もちろん。あなた方は当事者であり、公安局の協力者でもある。問題はないと考えます。」

 荒木場保安局長の逮捕により、この時点では表向きは統合した事になっているが実質、保安局は解体、公安局が格上げされていた。これにより久来のもとに入って来る情報も、より機密性の高いものも入るようになっていた。

「ヴィエール卿が教会への反逆により破戒者として投獄されました。君たちの身柄引渡しも要求がありましたが倭政府はこれを拒否。“見張る者”による隕石落下の当事国としては君たちの重要性を理解しているつもりです。一部の信者議員は引渡し議案も検討したようですが、二度も隕石を落とされていますし人々の記憶が風化するほど昔の出来事でもないので議席惜しさに取り下げたようです。」

「どうする、猛是? これで我々の立場は宙に浮いたも同然だ。」

 久来の話しを聞き終えた猟魔は猛是に尋ねた。教会を教皇が掌握したという事は神問官としての後ろ楯を失ったに等しい。

「そんなの、決まってるだろ。俺は神に問う者、正義を貫く者だ。やる事は一つだ。俺は俺の正義を貫くっ! 」

 すると猟魔は笑みを浮かべて頷いた。

「何がおかしい? 」

 猟魔の笑いが気にさわったのか、猛是が尋ねた。

「いや、予想通りの答えで安心しただけだ。慶繁は錢瓶さんに頼んでおいた。一颯殿のアシスタントだった茨木さんの研修も引き受けてくれるそうだ。」

「お前どこまで… 」

 そこで猛是は猟魔に問うのをやめた。葵猟魔という探偵は常に最悪を想定しながら最善を尽くす。今回は悪い方の想定が当たってしまったのだろう。

「久来、俺たちの立場は? 」

「倭国は唐京の神問官の立場を支持する。長年、破戒者から倭を守ってきてくれた信用によるものです。教会からの装備品の返還請求も棄却しました。我々は予告されている三発目の隕石を防ぐ為に全面協力を惜しまない事を約束しよう。」

 聞こえはいいが教会と“見張る者”を相手に政府には打つ手が無い。それでも国家が身分を保証してくれるというのは敵に回られるよりは、ありがたかった。

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