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10階の猛是  作者: 凪沙一人
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七つの柱

 扉から入ってきたシェミハザはラミエルの遺体を見下ろした。

「この邪魔者ゴミは片付けるかい? 」

「いいのですか? 」

 シンはラミエルの遺骸をゴミと呼んだシェミハザの真意を確かめようとした。

「ラミエルにとっては、あの方だけ(・・)が神だったかもしれないけど僕にとっては七柱に差は無いよ。それに僕が柱に選ばれず“見張る者(エグリゴリ)”の頭領になったのも君の所為じゃないしね。」

「義兄上… 」

 シンはシェミハザをそう呼んだ。

「誰が聞いてるか分からない。その呼び方は控えるんだな。」

 シンが頷くと、シェミハザはラミエルの遺骸を担いで姿を消した。その頃、教会ではようやく紫苑が目を覚ましていた。

「痛っ… 状況は!? 」

 紫苑は自分がどのくらい気を失っていたのか、その後どうなったのか確認しようとした。

「そう慌てなくとも大丈夫です。理由は不明… と言っても大体の見当はついていますが彼等は撤退したようです。」

 そう返してきたのはオデットだった。司祭であるオデットが紫苑の様子を看ていたようなら切迫した状況ではないのだろう。

「それで、どんな御用ですか? 」

 それほど親しい訳でもないオデットが看ていたという事は、紫苑の回復を待って尋ねたい事があるのだろうと判断した。

「金色の鳥仮面と何か話しましたか? 」

 目撃情報から鳥のマスクを被っていたシンが“見張る者”の指導者ラミエルよりも上位の存在である事は想像出来た。しかし、直接言葉を交わしているとすれば、あの場に居た紫苑しか居ない。

「話しをしたというより、空間を制圧されて一方的に聞かされただけです。要点は僕を見逃す代わりに、自分たちの撤退を邪魔するなという事でした。ただ、1つ気になる事が。」

「気になる事? 」

「あの鳥仮面は“見張る者”を彼等と呼んでいました。」

 紫苑の言葉にオデットは考えた。我等ではなく彼等と呼んだ。つまり鳥仮面は“見張る者”の一員ではない事になる。

「つまり、“見張る者”が見張りの役目を終えた? いえ、2つ目の鍵がまだね。あちらも色々と状況は複雑のようですね。… 紫苑は倭に戻って猛是たちと合流してください。こちらの契約の箱(アーク)は我々で守ります。」

 紫苑は頷くと、すぐさま姿を消した。

「大丈夫なのですか? 少々、こちらが手薄に感じますが? 」

 ライラの危惧も、尤もだった。倭の契約の箱に戦力が割かれていると知れば、見張る者は目標をユーロピアに切り換えてくるかもしれない。

「心配は無用です。ここには教皇様と枢機卿が居ます。そう簡単に落とせるものではありません。それに倭には鍵である歌音さんが居ます。いずれの鍵か判らずとも、2つの箱の場所が分かっているのなら、鍵の奪取を優先してくるでしょう。」

 確かに契約の箱は人の手で壊そうとして壊せる物ではない事は歴史が証明している。それならば次は何時いつ現れるかも知れない鍵を優先しても、おかしくはない。

「それにね… 」

 あらたまったオデットにライラは小首を傾げた。戦禍とも言える状況だというのに、なんとも云えない柔和な微笑みを浮かべていたからだ。

「あの猛是という神問官インクイジターは、教会にとっても見張る者にとっても特別な存在です。」

 それ以上は語らずにオデットは部屋を出ていった。オデットも猛是の言っていた司祭より上の超極秘事項が何なのかは分からない。それでも、ただの神問官ではないのは確かである。その猛是はといえば、いつもどおり、倭国の大都会、唐京は深熟しんじゅくのスラム街にあるオンボロ雑居ビルの10階、つまりは猛是の事務所兼住居に居た。そしてソファーでは歌音が蒼白い顔をしてのびていた。

「な、なんなんですか今回のチャーター機の速さは… 尋常じゃありませんよぉ… 。それと空港から、ここまで。絶っ対にスピード違反ですって。」

 今回は民間までは下りていないが、国家レベルでは世界的な危機と認識されていた。隕石を落下させたと声明を出した“見張る者”が動いている。教会からの情報では、それ以上の者が動いているという。世界的な人民のパニックと“見張る者”の脅威を天秤にかけ、今回の“見張る者”の目的が倭とユーロピアに在る物と1人の少女とハッキリしている。そして今、狙われているのは倭だと云われている。世界の決断は教会が“見張る者”を撃退出来ればよし、出来なければ倭を犠牲にしてでも“見張る者”を殲滅するという事だった。そんな知らせを受けては猛是も急がない訳にはいかなかった。

「たかだか音速の3倍ちょっとだぞ? 旅客機でも2倍で飛んでた事もあるんだ。神問官のアシスタントなら慣れるしかねぇな。」

 そう言われても歌音は何も訓練された訳ではない。それに空港からの移動も、まるでレーシングカーのようだった。

「が… 頑張りまぁす。」

 それでも、いつもどおり、折れずに答える歌音だった。

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