雷奏の一角獣
指導者アズライールを失った“見張る者”ではあったが動じた様子なかった。
「白衣の銀狼が現れたのは予定外だったな。」
まるでラミエルにとってはアズライールの退場を予定していたような口振りだ。そんなラミエルさえ予定していなかった白衣の銀狼こと猛是に「雷野郎の相手は、あいつに任せとけ。」と言われた人物はライラとは知己の間柄であった。
「まさか、こんな形で再会するとは思っていませんでしたよ。天才指揮者、伊久紫苑。」
「天才はやめてもらえるかな、照れ臭い。ユーロピア・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスター、ライラ・オルフェーヴル。いや、金色のライラとお呼びするべきかな? 」
紫苑とライラは共に苦笑した。おそらくは二人にしか分からない空気感なのだろう。現にオデットも不思議そうに二人の事を傍観していた。
「ところで白鳥嬢は猛是たちと一緒に出立したようですが、まさか猛是の所で研修を? 」
紫苑がまさかと言ったのは揶揄した訳ではなくレダには不向きだと思ったからだ。
「いいえ。預け先は緋翔彩華ことアヴェーノ・彩華・セイメルの所よ。」
オデットの答えに紫苑も頷いた。
「なるほど、彼女なら最適でしょう。暮内嬢が些か不安ですけど。」
すると今度はオデットが苦笑する。彩華の弟子を自称する暮内茜だが、彩華からは未だに正式には認められていない。元々は研修で彩華の元に来た茜からするとレダはライバルともいえる。
「どちらかと言えば、暮内さんが居るからセイメルさんに預けたようなものですが。それより、急で申し訳ありません。」
詫びるオデットに、紫苑は頭を振った。
「お気になさらず。ラミエルがユーロピアに向かったという情報を得た時点で倭を出発っていたので手遅れにならず幸いでした。」
“見張る者”も教会側も情報収集には余念がない。
「しかし、猛是が居ると知ったラミエルが再び現れるでしょう? 」
ライラの疑問も無理はない。猛是と対峙して引き上げたところを見ると“見張る者”も猛是を警戒しているように見える。
「それなら大丈夫。猛是が倭に帰った事はリークしておいたから。」
これは情報戦故の駆け引きになる。汝、偽るなかれ、欺くなかれと説く教会の流した情報に嘘はない。これが大前提になる。つまり、ユーロピアの教会に猛是は居ない。ここから“見張る者”… ラミエルが、どう判断するか。猛是が居ないのであればと再び進攻してくるのか、別の手を打っているに違いないと警戒してくるのか。どちらにしても“契約の箱”が教会に在る限り、断念はしない筈である。そこでラミエルは“契約の箱”の移動を想定するのか、しないのか。こうなると嘘の混じった情報も、全てが語られていない真実の情報も受け取る側には大差がない。結果としてラミエルが選択したのは正面突破だった。
「まぁ、そうなるよね? 」
紫苑も教会大聖堂の正門前で独りで待っていた。
「他に気配もないか。枢機卿でも司祭でもないようだが? 白衣の銀狼の代わりというところか。」
“見張る者”の指導者を一人で迎え討とうとするのであれば、それなりの実力者なのだろうとラミエルは推測した。
「白衣の銀狼? あぁ、品井さんの事ですか。それなら少し違うかな。僕は品井さんほど万能でも優秀でもありませんから。」
これは猛是に対する世辞でも自分に対する卑下でもない。紫苑の本音である。
「ならば、死にに来たとでも言うのか? 」
生半可な実力では指導者の相手にはならない。だが、もちろん紫苑には毛頭そんなつもりはない。
「未知数の指導者が相手なら、ちょっと受けたくないけどね。ただ、神の雷霆が相手となれば別さ。私の名前は伊久紫苑。神問官として知られているかは知らないけど指揮者としては、それなりに知られていると思っているんだけど。まぁクラシック音楽に興味が無ければ無縁だろうけどね。」
その名を聞いてラミエルの顔色が変わった。
「伊久…紫苑… 。雷奏の一角獣… 。」
紫苑の名を聞いてラミエルは即座に、その二つ名を思い出した。それだけ“見張る者”の中でラミエルは紫苑の存在に警戒していた。
「雷奏の一角獣? あぁ、この指揮棒を一角獣の角に見立てたんですね。そして雷奏は隕石の金属器具である指揮棒の能力から。つまり、私が一人でここに居る理由も理解いただけたようですね。」
そう言って紫苑は、まるで指揮台の上に居るかのように構えた。
「なるほど、このラミエルを止めるには最適の神問官に違いない。その指揮棒の性能、一度この目で確かめさせてもらうとしよう。」
そう言うとラミエルは左の手首から霧のようなものを吹き出し、辺り一面を覆った。それから隙を狙って右の手首から電撃を放った。まともに通用しない事はデータ上、わかっている。確認したいのは、全く通用しないのか、ある程度は通用するのか、である。放たれた電撃は霧のようなものの中を紫苑を取り囲むように飛び交っていた。だが、それも始めだけで徐々に方向性とリズムを持ち始め、やがて規則正しく飛ぶようになり、その中心では紫苑が指揮棒を振っていた。




