金色の竪琴
アズライールと一対一で対峙していても、オデットはそんな挑発に乗るつもりはなかった。
「喪告の天死とは、よく言ったものですね、アズライール。」
オデットの言葉にアズライールは肩を竦めた。
「別に自分で名乗った訳じゃない。あんたの氷原の白鳥と一緒だ。」
今度はオデットが苦笑する。
「それも“見張る者”側が勝手に付けた識別子に過ぎないのでは? 」
「そりゃそうだが、お互い、あいつ、そいつ、こいつじゃ、誰が誰だか分からないだろ? 」
これにはオデットも同感だった。“見張る者”の中でも“名もなき者”ならば悪の組織の戦闘員や一兵卒のようなもので誰が誰でも気にはしないが選霊名を持つ指導者と呼ばれる者となれば、それが持つ古代の遺物の対処も考えなくてはならない。逆に“見張る者”側からすれば神問員やアシスタントと違い、隕石の金属器具を持つ神問官が相手となれば、個別認識が出来ないのは不都合であった。違いがあるとすれば、教会は指導者と呼ばれる者の真名は判らずとも選霊名は押さえていたのに対して、“見張る者”側は神問官の呼称が判らずコードネームを特徴に従って勝手に付けていた。
「確か… レディアント・オデットとか言ったっけ? 」
アズライールに名乗った覚えはなかった。
「どうやら“見張る者”とは総じて悪運だけは強いようですね。」
アズライールにもオデットが虚の事を言っている事は察しがついた。生き延びた事に気づいたのだろう。
「なら神問官って奴は運に見放されたんだな。」
なにもオデットに“見張る者”が氷原の白鳥という二つ名をつけたのは有名なフィギュアスケーターだったからというだけではない。常に沈着冷静、熱くなる事のない様子からもきている。アズライールは、こともなげに大地を揺らした。オデットも前回同様に中に舞う。とはいえ羽が生えている訳ではないので地に降りねばならない。その瞬間を狙ってアズライールが二撃目を放った。氷河を打ち崩す程の威力。普通ならば足を取られる筈と読んでいた。だが、そうはならなかった。オデットの体は宙に浮いたままだった。正確に言えば、宙に張られた糸のような物の上にスケートシューズで立っていた。
「同じ手は食わないのは、お互い様のようですね。助かりました。」
前半はアズライールに、後半は糸のような物を放った人物に向けられた言葉だ。
「礼には及びません。教会からの召集をお伝えに来ただけですから。」
「召集? 」
オデットには身に覚えが無かった。教会まで、そう遠くもないこの距離まで“見張る者”が迫っている最中に召集とは、緊急事態だろうか。
「アズライールの相手は私がしておきます。お急ぎください。」
「… お願いします。」
状況は飲み込めないが教会の緊急召集となれば行くしかない。そして、教会がこの場に寄越した人物なら、頼りになる筈である。
「おいおい、人の勝負に勝手に割り込んでおいて、ただで済むとは思ってないよな? 」
「“見張る者”の指導者の1人を相手にするんですから、それなりにお相手いたしますよ、喪告の天死アズライール。」
まるで見下されているような気がしてアズライールは目の前の人物に苛立ってきた。
「貴様、何者だ? 」
尋ねたのには理由がある。神問官には有名人が多い。名の通った者ならば、知っている二つ名と結び付けば、それが持つ隕石の金属器具の見当がつくからだ。糸のような物だけでは本体までは分からない。アズライールが前に対峙した守善のヨーヨーにも、糸のような物は付いていた。
「通りすがりの楽士… では不服かな? 」
それを聞いてアズライールは眉間に皺を寄せた。
「神問官で楽士を自称するだと… 貴様、不死調の竪琴か!? 」
「どうやら“見張る者”の間では、そう呼ばれているらしいね。そう、私こそは竪琴でありながらユーロピア・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務めるライラ・オルフェーヴル。世間では金色のライラと呼ぶ者もいるようですがね。」
名は体を表すと言うが、ライラが取り出した金色の竪琴は見事な彫金が施されていた。金細工師とは、よく言ったものである。つまり、先程の糸のような物は竪琴の弦だった訳だ。無論、材質が隕石の金属器具であればピアノ線より、遥かに強靭である事は察するに易い。
「喪告と不死か。どっちが二つ名に相応しいかハッキリさせようか。」
「言葉遊びに興じるつもりは無いんですけどね。」
互いに自分で名乗った訳ではない。ライラにとって“見張る者”につけられた二つ名などに興味は無かった。
「そう言うな。敵対相手に二つ名を付けられるって事は、それだけ認識されてるって事だ。雑魚にそんなもの、付けねぇだろ? 」
確かにアズライールの言うとおりかもしれない。実体は隕石の金属器具を持つ者を識別し、警戒しているだけかもしれないが。
「まぁ、いいでしょう。貴方が私を倒すか、私が貴方を捕らえるか。やる事は変わらないですからね。」
アズライールの持つ古代の遺物は大地を揺るがす。一見、地震を起こしているようだが実際には地表を振動させているに過ぎない。故に地面に衝撃を与えねばならない。アズライールは足元に張り巡らされた糸のような物に気づいた。




