真偽の結果
「意外だな。」
アザゼルの言葉にアズライールが苦笑する。それが虚が生きて戻った事を指すのか、アズライールが虚と一緒に現れた事なのかは分からない。もしくは、その両方だったのかもしれない。
「自分の命は自分で守る。それが出来なきゃ死、あるのみ。誰かに守ってもらわなきゃ生きていけないなら、いずれ死ぬだけだ。自分の命を全うしたけりゃ強くなれ。お前のとこの虚は生き延びた。悪運も運のうちだ。」
今度はアズライールの言葉にアザゼルが苦笑した。
「選霊名を賜るには程遠いとしても、生きて戻った事は評価してやるか。ところで、本物なんだろうな? 」
アザゼルが危惧するのも無理はない。長年、“13番目の水晶の髑髏”と呼ばれていた物がダイヤモンド製というのは、俄には信じ難い。
「あの方の指示だからな。なんならダイヤモンドも炭素の塊だ。年代測定でもしてみるか? 」
アズライールの返事にアザゼルは首を横に振った。
「無機物にか? それに素材が古くても加工が古いとは限るまい。大体、あの地下神殿内部の放射線量は量ったのか? 」
そもそも放射性炭素年代測定とは動植物の遺骸に使用されるものだ。しかも周囲に線量の多い物が在ると精度にも問題がある。
「そっちの歌音こそ、本当に鍵なんだろうな? 」
今度はアズライールがアザゼルに振った。
「こちらも、あの方の指示だからな。体の何処かに呪紋があるらしいんだが確認は取れていない。」
アザゼルの答えにアズライールも小さく頷いた。
「ダイヤモンド・スカルも解析してみないと真偽は分からないらしいから似たような状況か。言っちまえば“契約の箱”もユーロピアの教会地下に眠ってるって情報だけで確認した訳じゃないしな。」
記録媒体とは読み取り装置が無ければ内容を窺う事は出来ない。暗号化されていれば解読も必要だ。そもそも記録が現代に通じるとは思えない。ヒエログリフやトンパ、楔文字など古代の文字は、そのまま読めるようなものではない。ただし普通ならば、である。あの方と呼ばれる“見張る者”ならば解析さえ出来れば読めるとアザゼルもアズライールも思っているようだ。言語を気にする様子はない。
「どうする。手を貸すか? 」
確かにダイヤモンド・スカルを入手した時点でアズライールの今回の任務は一段落ついている。だが、アザゼルはアズライールの申し出を当たり前のように断った。
「やめておく。歌音を無傷で連れてくるって命令だ。喪告の天死の手を借りて何かあったら私の首が危ないからな、リアルに。」
アザゼルは真面目に答えた。数世紀ぶりに現れた“契約の箱”の鍵である。少なくともダイヤモンド・スカルの解析が終わるまでは歌音に無事でいてもらわねばならない。自分の意思に拘わらず周囲の者に死をばら蒔くような男の手を借りる訳にはいかなかった。
「なんならシェミハザの手伝いにでも行ったらどうだ? 一説では“契約の箱”も時として死をばら蒔く代物だそうじゃないか。」
するとアズライールが肩を竦めた。
「それこそ、やめておく。聖遺物なんて物に手を出しても、ろくな目にあった事がない。古代遺物が精一杯だ。あれはシェミハザに任せるさ。」
まるで以前にも何か聖遺物と関わったような口振りだ。
「まぁいい。ダイヤモンド・スカルの解析が済むまでは、神問官に面倒をみさせておいた方が、こちらも楽だしな。」
それは“契約の箱”についても歌音についても同様だ。解析が済むまでは開け方も分からない物騒な箱を持って移動したり、生きた人間を無傷でおくには食事だ、なんだと世話係が必要になる。それならば解析が済んでから奪った方が楽というものである。ただ、歌音に呪紋が在るのか、ユーロピアの“契約の箱”が本物なのかを確認する必要はある。ダイヤモンド・スカルとて解析の結果が偽物の可能性もまだある。と突然、アザゼルとアズライールは顔を見合わせ頷くと何処かへ向かった。2人の頭の中に、あの方と呼ぶ者の声がした。この声は“見張る者”の中でも200人余りの名もなき者たちには聞こえない。選霊名を持つ20数名の指導者と呼ばれる中でも一握りの者だけが聞く事の出来るものだった。
「お呼びでしょうか? 」
辺りに他の人影は無い。どうやら呼ばれたのはアザゼルとアズライールだけのようだった。
「ダイヤモンド・スカルを解析した結果、少々厄介… いや、予定外な事が分かった。よって計画の微修正を行う事にした。」
思わずアザゼルとアズライールは視線を交わした。ダイヤモンド・スカルは本物だったのだろう。だが、あの方が計画の修正するなどという事があっただろうか。多種多様な想定を行い、あらゆる予定を起てるあの方が。
「いったい、何が? 」
だからアザゼルが疑問を提するのも無理はなかった。
「“契約の箱”は二つ在る。そして、それぞれに鍵となる者が存在する。」
“契約の箱”が複数存在するという噂はあった。鍵がそれぞれに存在する事も想像するに易い。あの方と呼ばれる者はゆっくりと語り始めた。




