神問官と監察官
「あの… こちらの方は…? 」
歌音が恐る恐る猛是に尋ねると、猛是より先に海美が口を開いた。
「私は龍宮海美。このビルの地下にあるBAR龍宮の小ママよ。」
一瞬きょとんとした歌音だったが、海美に自分も自己紹介せねばと思った。
「え、襟谷歌音です。猛是さんには、騙されそうになってたところを助けていただいて… 」
そこで猛是が割り込んだ。
「もう、一回騙されてるけどな。その一回で住む所も金も無くなったらしいんだ。海美んとこで面倒、見てやってくれないか? 」
急に話しを振られて海美も少し困った顔をした。
「うちはBARだから未成年は雇えないわよ? 」
「18です。高校は今年の春に卒業しました。」
歌音が、やや喰い気味に返事をした。この国では18歳から成人である。だが海美は首を横に振った。
「選挙権は有っても18歳じゃ飲酒法に引っ掛かるでしょ。お酒は20歳を過ぎてから。御両親は? 」
すると歌音は俯いて黙ってしまった。その膝の上に置いた手の甲に水滴が落ちたのを見て、海美も拙い事を聞いたと思った。
「まぁ、ともかく、うちじゃ雇えないわね。猛是のとこで雇えないの? 」
そう言って海美は猛是に振り返した。
「おいおい。神問官は聖職だぞ? それに、そんな余裕があったら呑み代をツケなんかにしてねぇって。」
それを聞いて海美がポンと手を打った。
「思い出した。そうよ、ママに言われてツケの取り立てに来たんだった。危うく誤魔化されるとこだったわ。」
これは猛是にとっては藪蛇だった。
「もう少し待ってくれ。俺も聖職者の端くれだ。踏み倒したりはしない。」
海美が疑わしそうに猛是を睨み付けていると歌音が不思議そうな顔をしていた。
「あの… 神問官って何ですか? 」
唐突な歌音からの質問に猛是も海美も固まった。
「歌音、1つ聞きたいんだが田舎って何処だ? 」
質問に質問を返されて釈然としない歌音だったが、今は助けを求める身。このまま放り出される訳にもいかない。
「か… 観輪省の… 宝泰峰の中腹にある赤戸村です。って知らないですよね。ハハハ…。」
歌音は乾いた笑いで、あまりにもド田舎だと自分で思っていたので恥ずかしさを誤魔化そうとしたのだが、猛是のリアクションは予想と違っていた。
「宝泰峰といえば霊峰の1つだ。その中腹に村が在るってのは初耳だけどな。よく、そんな村にいて偽スカウトに引っ掛かったな? 」
「スカウト… の偽物さんに声を掛けられたのは麓の町です。買い出しに下りた時に… 」
そこまで聞いて海美は、やっと猛是の言った“一回騙されてる”の意味を理解した。
「つぅまぁりぃ、世間知らずのお嬢ちゃんなんだ。じゃ神問官を知らなくても無理無いか。」
海美の言い方に刺を感じた歌音は、言葉にはしなかったが不服そうだった。
「プッ… 良くも悪くも素直だねぇ。そんな思った事が正直に顔に出るようじゃ、この深熟じゃ働けないよ? 取り敢えず神問官ってのは… 」
「神問官というのは神を問う者。人々に神を問い、答えなき者や誤りたる者に聖義を伝える者… という解釈で宜しかったかな? 」
海美の言葉を遮ったのは、いつの間にかそこに居たスーツ姿の男だった。
「どちら様だ? 強盗なら金は無ぇぞ? 」
口調は軽いが、猛是の眼光は鋭くスーツ姿の男を睨み付けていた。海美も歌音の手を引いて猛是の後ろに下がった。
「これは失礼。私は監察官の久来 寛と申します。こちらの事務所に襟谷歌音さんがいらっしゃると伺ったものですから。」
久来はそう言うと視線を歌音に向けた。
「その監察官が歌音に何の用だ? だいたい歌音がここに来たのは偶然で、ほんの少し前だ。怪しいな。」
その視線を遮るように猛是は立った。
「恐いなぁ。私は別に破戒者ではない。襟谷歌音さんには保護願いが出ているので身柄を引き渡していただきたい。ここへは、先程慌てて走って来て私にぶつかってきた若い男がおりましてね。様子がおかしかったので職務質問をしたところ、簡単に白状しまして。その男の話しから白い服装は神問官、少女は襟谷歌音さんと断定しました。」
久来の保護願いという言葉を聞いて歌音は怯えるように海美にしがみついた。
「た、助けてください。きっと“見張る者”です。助けてくださいっ! お願いしますっ! 」
「安心しろ。俺は神を問う者じゃない。神に問う者。聖義を伝える者じゃなく正義を貫く者だ。お前を見張る者に渡すのは俺の正義に反するからな。」
身構えた猛是や歌音たちを見て久来は少し考え込んだ。
「ふむ。いいでしょう。私も上の命令で襟谷歌音さんの身柄を確保に来ましたが、相手が見張る者というのは聞き捨てなりません。出任せで出てくるような名前でもありませんし… この場は神問官に襟谷歌音さんを預けます。こちらは戻って上層部に確認します。」
「いいのか? 」
不信そうに猛是は久来の様子を窺った。
「えぇ、いいですとも。貴方は戒めと自分の正義を裏切らない。私はそれを信じた自分を信じていますから。」
そう言い残して久来は監察局へと引き上げていった。