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10階の猛是  作者: 凪沙一人
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氷原の白鳥

 温暖化で溶けてきたとはいえ、永久凍土の在った場所。まだまだ気候でいえば年間を通して真冬の厳しさである。ユーロピアの教会は1人の神問官インクイジターを送り込んだ。“見張る者(エグリゴリ)”がアズライールを送り込んだという情報は既に掴んでいたのだが本人が1人でいいと押しきった。その目の前に、吹雪く中で場違いなシルクハットを被った男が現れた。

「そんな格好では風邪をひきますよ? 」

 確かにうつろの格好は唐京に現れた時と同じようにコートも纏わずに黒い燕尾服姿だった。

「貴女も、かなり涼しげに見えるがね? 」

 純白のボア付きの帽子にハーフコート。ニーハイブーツなのだがミニスカートだった。

「お洒落は我慢… とは言いません。神問官の装備は特殊なので防塵、防水、防刃、防弾、耐熱、耐寒、耐圧、その他様々なものから神問官の躰を守るように出来ています。寒さで破戒者に遅れをとるようでは洒落になりませんからね。」

 無表情で神問官は虚の横を通り過ぎた。その直後に背後から漆黒の鞭を振るったが神問官はくるりと宙を舞って着地した。背後から狙ったのに虚の方を向いて着地したのだから一回転半、いや二回転半か。

「どうしても、このレディアント・オデットの邪魔をなさいますか? 」

 その名を聞いて虚の表情が曇った。神問官とは自分に何の利もないものなので、限られた人数しかいない分、“見張る者”の中での知名度は高かった。なので見たことは無くとも名前には聞き覚えがあった。

「氷原の白鳥… 」

 それが“見張る者”たちの中でのオデットの通り名だ。勝手につけられた呼び名だが、さんざん言われてきていたのでオデットの方もいい加減。慣れてきた。

「名も無き破戒者に手に負える相手ではないと分かったなら退きなさい。こちらもアズライールを止めねばなりません。今は時間が惜しいので見逃して差し上げます。」

 すると虚はシルクハットを脱ぎ捨てた。

「名ならある。我はアザゼル様が配下、虚っ! 故あってアズライール様の手伝いに参じているが、ここで貴女を倒し選霊名を賜るのだ。」

 それを聞いてオデットは溜め息を吐いた。

「アザゼルの配下… ですか。早くお逃げなさい。アズライールは私たちをまとめて始末するつもりのようですよ。」

 次の瞬間、虚はオデットを見失った。そして遠くから地響きのような音が近づいて来る事に気がついた。かつては年に数センチ単位で動いていた氷河も今や温暖化で衝撃を加えれば雪崩のように崩落してくる。

「お、おのれ… 」

 もう誰に対する怒りなのかも判らない。先に逃げたオデットなのか、まとめて始末しようとしたアズライールなのか、こんな僻地に送り込んだアザゼルなのか。一番、悔いるべきはスタイルは崩さないという変なプライドの為に吹雪の中を燕尾服で訪れた虚自身であっだろう。雪に足を捕られ、吹雪に視界を奪われ、虚の姿はあっという間に氷河に飲み込まれていった。

「さすが白鳥。羽でも生えていたか? 」

 氷河と共に流れてきた氷塊の上に立っていた男は近くの小高い岩塊の上に居たオデットを見て言った。

「下手な冗談ですね、アズライール。… どうやら目的の物は手に入れてしまったようですね。」

 アズライールの腰のサコッシュが丁度、頭蓋骨ほどに膨れていた。もっと丁重に扱ってもよさそうなものだがダイヤモンドである。そう簡単に傷つく代物ではない。

「まぁ、多少なりと、あいつがあんたの足留めしたお陰… って事にしといてやらないと虚も浮かばれないからな。」

 オデットも身構えたが相手が悪過ぎる。だが、1人で来たのは正解だった。アズライールを相手に警察や神問員が居ても被害が増えるだけである。神問官の装備は特殊に出来ている分、大量生産が利かない。素材も特殊なため下部組織の神問員の装備では、このクラスには歯が立たない。かといってオデットの装備なら勝てるというものでもない。恐れているわけではないが、力量を見誤ってはいけない。良くて相討ち、悪くて敗北。他の“見張る者”が来てダイヤモンド・スカルを拾っていけば相討ちでも敗北同然。そこへ、けたたましいエンジン音と共に1台のスノーバイクが向かって来た。

「ちっ。興が冷めた。まぁ、目的は果たしたしな。白鳥、縁があったら、また会おう。」

 そう言ってアズライールは吹雪の中に姿を消した。

「どうやら、御無事のようですな。」

 どうやら神問官の類いのようだがオデットには見覚えが無かった。

「とりあえず、助かりましたと申しておきます。どちら様ですか? 」

 助かったというのは本音だが、ダイヤモンド・スカルを持ち去られたというのも事実である。オデットの心境は些か複雑だ。

「流離いの神問官、もしくは骨董屋アンティークショップ閻輝堂えんきどう主人あるじ錢瓶ぜにがめ守善しゅぜんと申しやす。以後、お見知りおきを。」

 名前には聞き覚えがあった。仕入れと称して世界中を彷徨う流浪の神問官がいると。

「その錢瓶さんが何故、此方に? 」

「ダイヤモンド・スカルが本当に数万年前に造られた物なら骨董屋としては見てみたい。で、神殿に行くって届けたらオデットさんの様子を見てきてくれと教会から頼まれたもんでね。」

 オデットも、そんな事だと思った。そうでなければ吹雪の中をノコノコ、こんな危険な場所に来る者は居ない。

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