アザゼル
「それで、虚って名乗ったのか。」
その部屋には虚の他に二人、同じように頭蓋変形した男が居た。
「神問官に貴様呼ばわりされるのは面白くなくてね。」
虚は猛是の時と同じように答えた。
「それもそうだな。俺も個体識別を何か考えるか… なら俺は骸と名乗ろう。」
「なら、おいらは朧だ。三人で統一感が有っていいだろ? 」
骸と朧。自分で命名しながら満更でもない様子だった。
「悪くないだろう。」
後から入ってきた男は部屋の奥に進むと豪華な椅子に腰を下ろした。
「アザゼル様、本日は何か御用でしょうか? 」
人為的に頭蓋変形させた男が三人も跪く姿は、まるでB級SF映画のワンシーンのようだ。
「うむ。どうやら私やシェミハザが動いていると知って神問官の奴らの動きが活発なようだな? 」
神問官が“見張る者”の動きを察知しているように“見張る者”も神問官の動きを察知していた。
「申し訳ございません。」
虚はアザゼルが歌音の奪取に失敗した事を言っていると察した。
「仕方あるまい。銀狼に天女。それにユーロピアの神問官まで現れたのでは… 虚… だったな。お前には荷が重かったという事だ。無理をして討たれるより、よかろう。賢明な判断だったと言えよう。」
ともすれば労っているようにも聞こえるが、そうではない事を三人は知っていた。これは、今回は見逃すが次は無いという通告である。
「そうだ、虚。ユーロピアのアズライールから人員の要請が来ているんだが、行って貰えるか? 」
「は、はい。」
虚に拒否権など、ありはしない。承知せざるをえなかった。
「そうか、行って貰えるか。助かる。シェミハザの所は“契約の箱”に掛かりきりらしくてね。うちも襟谷歌音で手一杯なのだが、ダイヤモンド・スカルが見つかったとなれば、そうも言っていられない。」
「ダイヤモンド・スカル… ですか? 」
聞き慣れない言葉に虚は聞き返した。
「またの名を13番目のクリスタル・スカル。温暖化で溶けた、かつて永久凍土と呼ばれた場所に神殿の入り口が見つかったらしい。」
長い間、謎とされてきた13番目のクリスタル・スカル。誰もが他の12個と同様に水晶製だと思っていた。永久凍土の下で眠っていたとなると、どれだけ太古に創られた物なのか。少なくとも現在とは地軸の傾きが異なっていた頃だろう。考古学者ならば、そんな時代にダイヤモンドを頭蓋骨の形に成形する技術は無かった筈だと言うかもしれない。だが、“見張る者”はそうは思わない。それは神問官も同じだ。
「くれぐれも神問官に遅れをとるなよ。上手くいけば選霊名を貰えるかもしれぬぞ。」
「はっ。必ずやダイヤモンド・スカルを我ら“見張る者”の手に。」
選霊名、それはシェミハザやアザゼルのような太古の遺物に記載されているような名前だ。選ばれし霊魂にのみ名が与えられる。だが、それも上手くいけばの話である。失敗すれば後が無い事に変わりはない。虚は即座にユーロピアへと向かった。
「アザゼル様、選霊名が貰えるというのは本当ですか? 」
”見張る者“にとって選霊名を貰えるというのは出世するようなものだ。さすがに骸も気になったようだ。
「あくまでも上手くいけばの話だ。さすがに、お前たちまで送り込んではこちらの手駒が足りぬ。だが、どうしてもと言うのならば行ってみるか? 喪告の天死アズライールの元へ。」
「い、いえ。とんでもありません。我らはアザゼル様の配下。アザゼル様の為に働きたく存じます。」
骸は慌てて否定した。アズライールの二つ名、喪告の天死とは敵対する相手にだけ向けられたものではなかった。関われば、敵味方関係なく天命尽きる事になると言われていた。実際にはアズライールが任される任務は命懸けの危険を覚悟せねばならず、結果生存者がアズライールのみだった事からつけられた二つ名だ。やがて組織は巨大化し二つ名は独り歩きを始める。今では一握りの構成員しか由来を知る者はいなかった。骸も朧もそんな死地に向かうような事は避けたかった。
「よいか。我らが大義を成す為には”契約の箱“、ダイヤモンド・スカル、そして襟谷歌音の全てが必要なのだ。どれか一つ欠けても悠久の苦労が水の泡となる。箱とスカルはともかく、鍵はいつの時代にも存在するものではない。必ずや 奪い取るのだ。」
「はっ! 」
骸と朧も唐京へと向かった。鍵と呼ばれた歌音を拐う為に。それと入れ替わるように1人の男が入ってきた。
「保安局長が、こんな所をうろついて大丈夫なのか? 荒木場。」
アザゼルの言葉を荒木場は鼻で笑った。
「はん。心配するな。唐京以外なら俺の管轄だ。取り締まる側のトップを捕まえられる奴など居るものか。」
嘯く荒木場だが、アザゼルは眉を顰めた。
「油断をするな。既に公安局は保安局に疑いを持っているのだろ? 」
慶繁で保安局の公安が神問官と監察官の襲撃に失敗した事はアザゼルも知っていた。
「心配するな。組織図でいえば公安局より保安局の方が上だ。いざとなれば捻り潰す。厄介なのは神問官の方だろ、お互いに。」
その点についてはアザゼルも同意せざるをえなかった。




