消えた依頼人
銀髪に銀縁のミラーサングラスを掛け、純白の衣裳。白衣の銀狼とは見た目から来ている。何故、狼なのかまでは知らない。
「どうやら、歌音が目当てらしいが、なんの目的だ? 」
身構えたままの猛是に対して依頼人は薄笑いを浮かべていた。
「目的を言えば、その娘を渡して頂けますか? 」
「そうはいくかっ! 」
思わず歌音も猛是の後ろに隠れた。
「渡すと言って目的を聞いてから態度を翻せばよいものを。あぁ、汝、欺くなかれ、でしたっけね。」
例え相手が“見張る者”であっても神問官は欺く事をしない。それを承知で言っていた。
「ふっ。これもシェミハザの差し金か? 」
猛是の言葉に依頼人は首を傾げた。
「はて? シェミハザ様の配下とは誰も言っていませんよ? 」
今度は猛是が依頼人の言葉に顔を顰めた。
「動いているのはシェミハザじゃない… いや、シェミハザだけじゃない、という事か。」
「さすが白衣の銀狼。理解が早い。ん~やはり長いな。白衣の銀狼… 銀狼でいいか。探偵も女優もミュージシャンも副業で知名度があるのに、何故、貴様だけ無名なのだ? “見張る者”の中で二つ名は一番、知れ渡っているのに。」
依頼人は不思議そうに尋ねた。
「生憎と名前で仕事をしてる訳じゃないんでね。こっちも貴様の名前は知らねぇから、おあいこだ。」
すると依頼人は小さく頷いた。猟魔の事務所で一度、会っているとはいえ今日が初対面だ。
「なるほど。名前など個体識別子でしかないが、その識別子を知らないのも不便でしょう。こちらも貴様呼ばわりされるのは面白くありませんしね。」
「さっき、猛是さんのこと、貴様呼ばわりしたくせに。 」
歌音が猛是の後ろで呟いた。
「なるほど。白衣の銀狼、その名は猛是というのですか。我はアザゼル様配下… そうですねぇ、虚とでも呼んでいただきましょうか。」
そう言って虚は多少、脱ぎにくそうにシルクハットを脱いだ。
「長っ! 」
思わず歌音が声を挙げたのも無理はない。頭頂部が長いのだ。やや後方に伸びているので印象としては福禄寿というよりエイリアンだ。
「頭蓋変形? 」
病的な場合や意図しない外圧の場合などもあるが、猛是は虚の均整がとれた伸びた頭は意図的なものを感じていた。一部の部族で太古の風習にあったとは知っていたが、それも衰退し直接見るのは初めてだ。この長い頭を隠す為のシルクハットだった。
「そう。“見張る者”の中でも、誇りあるこの頭の形を持つ者は一握りになってしまいました。嘆かわしい事です。予定では、ここで貴方を倒し襟谷歌音を奪う筈だったのですがね。予定外にして予想外。招かれざる客がお見えのようです。」
気がつけば虚の背後から一つの人影が近づいて来ていた。
「あらぁ。猛是と“見張る者”が一緒? 面倒臭いとこに来てもうたなぁ。」
話している言葉とは不釣り合いな金髪に白い肌の女性だった。鼻筋も通った美少女というタイプだ。髪も染めているようには見えなかった。
「猛是さん、お知り合いですか? 」
すると猛是も少し面倒臭そうな顔をした。
「なんや、つれないなぁ。挨拶は後や。そないな事より先に、この“見張る者”をなんとかせぇへんと。」
虚は無言でシルクハットを被り直した。
「さすがに3対1では分が悪い。出直させてもらいます。」
そう言うと虚は姿を消した。もちろん、歌音を数に数えた訳ではない。金髪の女性の後から遠目にもそれと判る赤い髪に真っ赤なルージュ。そして深紅のドレスが近づいてきた。川沿いの橋梁の下。一方には猛是と歌音。反対側には金髪の女性と彩華が居た。虚がどうやって消えたのか歌音にはわからなかった。
「あら、挟み撃ちに出来ると思ったのに残念ね。今のがシェミハザの手の者? 」
「いえ、アザゼルの配下だって言ってました。」
彩華の質問に答えたのは歌音だった。それを聞いて金髪の女性と彩華は顔を見合わせて複雑な表情を見せた。
「あ、歌音には紹介しないとね。彼女はユーロピアの神問官で… 」
「うちはアヤソフィア・コンスタンチン。友達はアヤとかアヤコンて呼びはるけど、彩華と紛らわしんでソフィアでえぇわ。」
ユーロピアとは倭から遥か西方にある地域である。神問官たちの所属する教会の本部も、そこにある。
「襟谷歌音です。今… 消えませんでした? 」
歌音からすれば虚が目の前から消えた事に衝撃を受けたのだが神問官の三人は、まったく動揺する様子が無いのが不思議でならなかった。
「ん? あぁ、“見張る者”あるあるだな。眼で追うと消えたように見えるかもしれねぇが、歩いて逃げてったぜ。」
「は… はぁ。」
猛是の説明では歌音も理解しょうがなかった。
「自分、それじゃ解らしまへんて。光学迷彩っちゅうやつや。視覚的には見えへんけど気配までは消せへんさかい、うちらに使うても意味無いんやけどね。」
おそらく虚の服装は光学素材で出来ていたのだろう。さらに橋梁の下という光量の少ない場所で地が暗かったので消えたというより影に紛れたという方が正確かもしれない。だが基本知識の無い歌音にはソフィアの説明もやはり、ちんぷんかんぷんであった。




