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10階の猛是  作者: 凪沙一人
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迷子の仔猫

 唐京とうきょうに着くと猟魔りょうまはそそくさと事務所に帰ってきた。

「おかえりなさいませ。特に面白そうな依頼はありませんでした。ただ… 」

 莉音りおんは少し戸惑った表情を見せた。

「ただ? 」

「迷子になったミヌエットの捜索依頼がありまして… 猛是もうぜさんが唐京に慣れる為だと言って襟谷えりやさんが探しています。」

 それを聞いて猟魔は首を傾げた。莉音は依頼内容を外部に洩らすような少年ではない。

「そもそも、猛是は私に何の用だったのかな? 」

 猟魔の導いた結論はアポ無しで依頼人が訪れ、その場に偶然、猛是が居合わせたのだろうという事だった。だとすれば猛是が事務所を訪れた理由がある筈だ。そして、それは猟魔に何かしらの用事があったと考えるのが妥当である。

「猛是さんは先生が不在中のパトロールだとおっしゃっていました。」

「… そうか。」

 莉音は猟魔に嘘をつかない。ついても、すぐにバレてしまう事を知っているからだ。

「そのミヌエット探しを依頼してきたのは、どんな人物だ? 変わった所は無かったか? 」

 ミヌエットとは、以前はナポレオンとも呼ばれていたマンチカンとペルシャを掛け合わせた短足長毛の猫である。

「身長は185センチ前後の紳士で部屋に入られてもシルクハットを被ったままでした。」

 この部屋には帽子掛けや観葉植物、フロアスタンドなど、いくつか高さの分かる物がある。おそらく依頼人の身長は莉音の言うとおりだろう。前後というのはシルクハットを被ったままだった所為だ。だが普通、迷子の猫を探すのに遠くの探偵に依頼する事はない。まして葵探偵事務所は、何でも引き受けている訳ではない。物覚えの良すぎる猟魔であったが、シルクハットを被って出歩くような人物は記憶に無かった。

「先に訪れたのは猛是の方か。」

「え? そうです。猛是さんたちが来て直ぐに依頼者がいらっしゃいました。」

 莉音の答えを聞いて猟魔は確信した。依頼人は猛是たちの後を追ってきたのだと。猛是たちの後に直ぐ現れたのは、入れ違いになるのを防ぐ為だろう。猟魔の不在を承知の上で依頼をしに現れた。おそらく目的は歌音かのんを街中に出させる為だろう。老朽化が激しいとはいえ、スラム街にあるビルの10階を訪れるのは目立ちすぎる。城東ならば人通りも多く自分たちの行動も目立たない。木を隠すなら森の中という奴である。街中ならば猛是も得物を振るい難いだろう。そこまで考えてから猟魔は首を横に振って苦笑した。

「莉音、2時間ほど仮眠する。久来くくるのお陰で車中で眠れなかったからね。」

 莉音も、それを聞いて大体察した。2時間程度の乗り換え無しの移動距離で久来も一緒であった事。という事は公安絡みの案件であり日程的に考えて行った先にある程度調査をしておいてくれる存在がいる筈である。そんな事を猟魔が頼めるような相手は慶繁けいはん省の一颯いぶき… 正確には童子わかこしか思い当たらなかった。だが、慶繁で何があったのかを猟魔に尋ねるようなことは莉音はしない。

「ミヌエットの件はどうしましょう? 」

「猛是に任せておけば、私の出番は無いよ。」

 そう言って猟魔は寝室に引き上げた。猫探しなど自分の仕事ではないともとれるが、そうではない。おそらく猛是は依頼人の目的に気がついている筈だ。だとすれば猛是なりの考えがあって動いているだろうから余計な事をすれば、かえって邪魔になる。猟魔にとっては猛是の行動は久来に比べて遥かに読み難い。猛是の行動は時に理屈を越えてくるからだ。独特の勘と言ってもよい。理論派の猟魔には… いや、猟魔でなくとも他人には手の出ない領域である。それならば歌音の事は猛是に任せて自身の休息を優先するのがベターであると判断したのだ。その頃の歌音はといえば、真剣に猫探しをしていた。

「猛是さんは唐京に慣れる為だって言ってましたけど、慣れてないあたしが探して見つかるものなんですかねぇ? 」

 探しながらも愚痴が出る。いや、愚痴というよりは疑問に近い。だが猛是からしてみれば迷子のミヌエットが存在するかも怪しんでいたし、目的は歌音を狙ってくる輩なので適当に聞いていた。

「橋の下も探してみません? 」

 歌音は猛是の返事を待たずに階段を降りた。綺麗に護岸工事を終えて舗装された散策路は悪臭もなく陽が当たっている。もし猫が存在するのなら日向ぼっこにはもってこいの場所かもしれない。2人は川沿いに散策路を進むと巨大な橋梁の下に入った。散策路が橋梁の下を通過している為だ。橋の上は鉄橋、車道、公園が併設されており橋の下で物音がしても誰も気づかないだろう。そこに依頼人が立っていた。

「すみません、まだ見つからなく… え!? 」

 本当にすまなそうに頭下げた歌音の腕を猛是が引っ張った。

「下がっていろ。どうやら1人のようだな“見張る者(エグリゴリ)”っ! 」

 その名を聞いて歌音は慌てて猛是の後ろにまわった。

「いかにも。どうやら最初から気づいていたようだな白衣の銀狼。」

 猛是は純白の服装の下から二本の白銀の直刀を繰り出した。

「俺の二つ名を知った上で1人とはいい度胸だな。」

 白衣の銀狼… 猛是が自分で名乗った事は無いのだが、“見張る者”からそう呼ばれている事は知っていた。

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