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10階の猛是  作者: 凪沙一人
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アシスタント

 大急ぎで階段を駆け上ってくる足音がする。何しろ古びた建物である。扉がちゃんと閉まっていても防音設備などはない。立ち聞きでもされそうなものだが、聞かれて困るような疚しい事は何もないと言って猛是もうぜは一向に気にしていなかった。事務所でもあるので昼間は鍵も掛けてはいなかった。茜が勢いよく扉を開いた。

「ぜぇぜぇ… ぷはぁっ! 」

 息を切らした茜は莉音りおんの差し出した水を一気に飲み干すと、やっと落ち着いた。

「なんで、いつもいつもエレベーター故障中なんですか? 」

 修理をする気がないのだから当たり前ではある。

「茜、もう少し静かに出来ないかしら? 」

 彩華あやかに冷静に突っ込まれて茜も少し萎縮した。

「師匠、そろそろ現場に行かないと収録に遅れます。」

「だから師匠じゃないでしょ。」

 そう言いながら彩華も時間を確認すると小さく頷いて立ち上がった。

「まったく告知なんて広報だけじゃ駄目なのかしら? 」

 緋翔ひしょう彩華はテレビドラマには特別ドラマかゲスト出演にしか出ない。理由は単純に神問官インクイジターとして拘束時間の問題だ。業界内では本気で彩華の神問官退職を願っている者もいるらしい。テレビというコンテンツは意外としぶとかった。地上波、衛星、ネットという垣根こそ無くなったがライブやスポーツのVR中継や過去作のアーカイブ、アニメなどの需要はまだ高かった。ニュースなどは専門チャンネルを除けばワイドショーや新聞と共にネットに淘汰されかけていた。そんな中でバラエティーなどは映画のネットニュースを見るような映画ファン以外に宣伝告知する為には、それなりに重要であった。

「10階って昇るのも大変だけど降りるのも億劫なのよねぇ。茜、背負ってくれない? 」

「え゛ぇ~!? 」

 つい今しがた昇ってきたばかりの茜は無理だとしか思えなかった。転んだらどうしよう、断ってクビにならないか、色んな考えが頭の中をグルグルと廻っていた。

「冗談よ。そんなのパワハラでしょ。それじゃ、また来るわね。」

 困惑していた茜を尻目にクスリと笑うと、彩華はとっとと階段を降りていった。

「げぇっ! 師匠、待ってください~。」

 情けない声を挙げながら茜も昇ってきたばかりの階段を降りていった。

「相変わらず慌ただしい方々ですね。」

 莉音は彩華の使ったカップと茜の使ったコップを片付けながら言った。あまりに手際が良すぎて歌音かのんが手伝うような余地も無かった。

「そんで、お前は… 」

「片付けが… 」

「目的は果たせたのか? 」

「えっ!? 」

 莉音は動揺した。「いつまで居るんだ? 」と聞かれると踏んで「片付けが終わったら帰ります。」と答えようとしたのだが、猛是の言葉は予想と異なっていたからだ。

「気づいてらしたんですか? 」

「近隣の神問官が副業で管轄を留守にする時は連絡が入る。猟魔りょうまが城東を空けるのにアシスタントのお前をよこすからには他からも連絡があるだろうシェミハザの話だけって事は無ぇだろ? 猟魔あいつが連絡をよこすなら、もっと具体的な動きを掴んでからだ。」

「ふぅ。やっぱり猛是さんも神問官なんですね。本当は… 」

 莉音は諦めたように話そうとした。だが猛是はそれを遮った。

「なんだ、その猛是さん()ってのは? それと別に欺いた訳じゃねぇし言わなくても察しはついているから話さなくても構わない。どうやら済んだみてぇだな。あんまり城東を留守にしても拙いだろ? そろそろ帰りな。」

 いつも、此処に来る時は猟魔と一緒だった為に気づかなかったが猛是も意外と人を見ているのだなと莉音は思った。それが「猛是さん()」という発言に繋がってしまったのだろう。

「あ、残りの片付けはあたしがやりますっ! 」

 やっと歌音も手伝う余地を見つけたようだ。

「それじゃ、お願いします。」

 莉音は深々と一礼をしてから階段を降りていった。

「で、猛是さん。騙されないようになる為には何から始めればいいんですか? 」

 どうやら、歌音は彩華の言った事を真に受けたようである。あまりにも真面目な顔で質問してきたので冗談とは言い難い。欺くなかれ、なので今さら断る訳にもいかない。警護の観点からすれば彩華の言った通りアシスタントにしてしまった方が都合がいい。本当に神問官なれるかどうかは歌音次第である。とはいえ偽スカウトに騙されて田舎を引き払って唐京に出てきた挙げ句、怪しい男を疑いもなくついていこうとしたぐらいである。騙されないようになれというのは難題かもしれない。

「取り敢えず勉強だな。まず常識と真実を学べ。少なくとも劇場が潰れていた事実を知っていりゃ持ち金失くす事もなかった筈だし、俺と最初に会った時に居た男の嘘も引っ掛かる事はなかったろ? 」

「なるほどぉ。さすが猛是さん。」

 歌音は感心しているが実際問題、歌音のような疑う事を知らない人間にとって学んだ事が真実かどうかを見極められるだろうか? それに常識は時に変化する。そんな臨機応変な対応が出来るだろうか? 猛是には不安要素しか見当たらなかった。どうせ、歌音は理由は不明のままだが“見張る者(エグリゴリ)”に狙われている身であるならば、猛是が付き添っているしかないと猛是は思っていた。

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