スマホ持ち
その夜は艦内で泊まった。
まだ給料は入っていないし、どうせ見知らぬ星で街だ。
外出や上陸をしても面白くない。
と思ってベッドで横になっていたら、ドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します、麻実也艦長」
乙姫だ。
しかも制服が違う。
黒のスタンダードなセーラー服だったのが、ニットのベストに折り目の多いスカート(短め)に黒いハイソックス。そしてネクタイと、ちょっと女子高生風な制服に着替えていた。
「制服、変えたんだ」
「はい、麻実也艦長の御要望でしたから……おかしいでしょうか?」
「そんなことない、とてもよく似合ってるよ」
乙姫は胸の前で手を合わせ、「よかった〜〜♪」と微笑む。
うん、どこからどうみても美少女だ。
「麻実也艦長は上陸されないんですか?」
「給料も入ってないしこの星のことも街のことも知らないんだ。出かける気にはなれないよ」
「それでは不肖この乙姫が、艦長を御案内いたします。お出かけしませんか?」
あら、これは意外な展開。
「とは申しても、ムシル泊地は田舎そのもの。あまり見るところはありませんが」
「いやいや、乙姫のお誘いなら断る訳にもいかないよ。行こう行こう」
乙姫に向こうを向いてもらって、私服に着替える。
私服といっても支給品のようなものだ。
艦長室のロッカーに用意されていたものである。
「こちらが艦長の身分証明書です。無くさないようにしてくださいね」
チェーンつきの定期入れのようなものを渡された。早速ズボンのベルト通しにロックした。
「船の舷門や基地の正門を通過するときにこれを提示してください」
なるほど、まさにパスポートだ。さっそくタラップを上がって船の上甲板に出る。
乙姫が先に登ったので、スカートの中が見えるかと思ったのだけれど……残念!
灯火管制で船の中を薄暗くしていたので、まったく覗けませんでした。
甲板の上は風が少しあったのだけれど、乙姫も僕もコートを羽織っている。
これでは風のいたずらも期待できない。
ますます無念であった。
甲板にはテントがはってあって、そこに門兵が詰めていた。
身分証明書を提示して、岸に降りる。
「乗組員たちも上陸してるの?」
ウチの乗組員はアンドロイドばかりだ。
船を降りて遊びに行ったりするのだろうか? と疑問に思ってしまった。
「はい、司令部で最新のデータを更新したり、気晴らしに外へ出かけたりしますよ。とは言っても船の備品ですから、飲み食いはしませんし遠くへは行きませんけど」
正門を出ると、田舎くさい繁華街が広がっていた。
メインは飲み屋。次に風俗店、そして食堂。
なるほど、これではアンドロイドたちも遊べない。
というか人間相手の店ばかりだ。
この光景を見て思ったのが「特選! 男の繁華街!」というフレーズだ。
野郎ばかりの街なんだろうなと、改めて思ってしまう。
しかし乙姫は迷うことなく僕の腕を引く。
どこへ連れていかれるかと思ったら、いわゆる携帯ショップであった。
「緊急の連絡を入れるときに必要ですから。それに娯楽品としても利用できますしね」
その辺りは地球のスマホと同じ扱いのようだ。
僕の銀行口座はすでに開かれていて、スマホ購入のための経費が振り込まれている。そしてその手続きはすべて乙姫がしてくれた。
これで僕もこの星でスマホ持ちとなった訳だ。
「麻実也艦長、これでさまざまな情報を仕入れて、早く惑星アルファの文化になれてくださいね」
それと。
「ときどきえっちなサイトを閲覧して、欲望を高めてください……」
真面目な女子高生風の乙姫が、恥ずかしそうに言う。
目をそむけて。顔を真っ赤にして。
その姿を見るだけで、「この戦争、頑張ろう!」などと軽く感じてしまった。
外出の用件はスマホ購入だけ。
僕たちはすぐに船へ帰った。
発令所へタラップを降りてゆくと……。
「艦長就任おめでとーーっ!」
砲雷長を筆頭に、乗組員総出でクラッカーを鳴らす。
しばらく耳がキーンとしたくらいの音だった。
その砲雷長、ならびに砲雷科の赤いセーラー服連中は、髪型がポニーテールになっていた。
「あれ? その髪型……」
「艦長が髪型を変えてくれって言ってたろ? だから砲雷科はこうして揃えてみたんだ」
ちなみに船務科はふたつにわけただけのおさげ。
機関科は髪を一本に束ねただけ。
そして飲み物を運んできた主計長は……なんと一本三つ編み眼鏡付きであった。
「……これは、私も負けてはいられませんねぇ」
いや、副長乙姫さん?
髪型は勝ち負けじゃありませんから。
そうして飲めや歌えやの歓迎会は夜おそくまで続いたのであった。
飲んだのは僕だけだけど。