ムシル泊地のジョー司令官とその仲間たち
僕は艦長室の前に立った。
そしてノック三回。
どうぞ、と室内からの声。
「入ります!」
大きな声で申請、入室。
ドアを閉めて一礼。
「ムシル泊地司令!」
すると僕のデスクに腰かけた乙姫がうなずく。
「地球人伊藤麻実也、本人希望により本日潜水艦乙姫艦長として就任しました! よろしくおねがいします!」
「こちらこそお願いします」
乙姫の返事に頭を上げる。
「帰ります!」とこれも大きな声で。
回れ右をしてドアをひらき、退室してから回れ右。静かにドアを閉める。
これは乙姫たちの泊地司令官への就任挨拶だそうだ。
にくらお客さん扱いの地球人とはいえ、こればかりはやらなくてはならない。
泊地到着前に、付け焼き刃の特訓である。
辺境泊地の作法なので中央ほどお硬くはないというが、回れ右の動作などは「やはり軍隊」と思わされる。
身が引き締まる思いだ。
就任挨拶には乙姫も一緒に来てくれるというので、大きなヘマは無いと思うけど、やはりズブの素人としては緊張してしまう。
「司令官は気さくな人ですから、すぐに打ち解けると思いますよ」
乙姫は僕を気づかってくれるが、気さくな大人ほどすぐ怒る人種もいない。
なにしろ気さくに笑って気さくに怒ってくるのである。
僕としては警戒心バリバリだ。
すると艦内放送で入港ヨーイが告げられ、ラッパが鳴らされた。
いよいよ海軍軍人としての一歩である。
艦橋脇のハッチから、前甲板へ。
僕と乙姫が不在のときは砲雷長が艦長代行を務めることになっている。
「それでは参りましょう、艦長」
どこぞの宇宙ステーションに入ったのかと思ったら、普通の港の普通の倉庫に入っていた。
潜水艦といえば涙型のものを思い浮かべるだろうけど、乙姫は帝国海軍風というか、Uボート風というか。
少しクラッシックなデザインだった。
こうして外から実物を見ると、やはり恰好いい。
そしてムシル泊地というのは地球で言うところの真冬のようで、一面雪と氷に覆われた寒い泊地であった。
吐く息が白い。
こんな寒さは初めてであった。
思わず外套の襟元を固く閉める。
倉庫を出てすぐに目につく赤レンガ。
それがムシル泊地司令部だそうだ。
なかなか趣きのある建物だ。
趣きがあるといえば、建物に入ってすぐ。
ダルマ型の薪ストーブが熱気を放っていた。
「ムシル泊地の名物なんですよ」
つまりそれくらい寒い泊地ということだ。
「こちらです」
乙姫が示したドアの前で、二人とも外套を脱ぐ。
脱いだ外套は腕にかけて、乙姫がドアを三回ノック。
「おう、入ぇれ!」
なんとも気さくな返事だ。
「入ります!」
「入ります!」
僕も乙姫に続いた。
「第二十一潜水艦隊乙姫。帰還しました!」
「おう! ご苦労!」
「地球人伊藤麻実也。本日潜水艦乙姫艦長に就任しました! よろしくお願いします!」
「おう、すまねぇな無理言っちまってよ! 迷惑じゃなかったか?」
司令官は僕の腕をポンポンと叩く。
このとき初めてその顔を見た。
眉間の深い一本シワにロマンスグレーのセットされた髪。
そして豊かな頬にふてくされたような口元。
すぐにわかった。
サングラスで隠された目を見なくてもわかった。
このオヤジ、ワルだ。
それもちょいワルとかいうようなチャチなものではない。
激ワル。
あるいはハード・ワルと呼ばれる類いだ。
「俺は海軍中将ジョー・シドウってんだ。辺境にトバされたポンコツさ、あんまり固くならねぇで、気楽にやってくれ」
「はい!」
「帰ってよろしい!」
ということで、乙姫とともに退室する。
通路に出た途端、どっと汗が出た。
「緊張しましたか、麻実也艦長?」
「緊張もあったけど、恐ろしかったかな……あれは、本物の軍人だ。人を殺せる男だ」
「そうですね、シドウ司令官の武勇伝といえば、艦長時代に演習で手加減をせず、戦隊司令直々にお叱りを受けるなど数しれずですから……」
「それってつまり?」
「少佐時代に階級が四つも上の中将からお叱りを受けたらしいですよ? やり過ぎだ、バカモンって……」
想像できる。
「そうしたらシドウ艦長、『訓練ってのはやり過ぎくらいでちょうどいいんだよ』ですって」
そうか、まったく反省しないオヤジか……。
ストレスの無い人生なんだろうなぁ。
「それが麻実也艦長。自分が部下を見送る側になった途端、無茶すんじゃねーぞとか、ガキどもが心配ぇで胃が痛ぇえよ、ですって」
心配いりません、司令官。貴方ほどの無茶ができる人間は、宇宙広しといえど、早々いるもんじゃありませんから。
だけど……。
司令官の話をする乙姫は、楽しそうに笑う。
きっとあの司令官のことが大好きなんだろうな。
「そうだ、司令官! 技術班にも御挨拶に行きましょう!」
「おや、唐突だね」
「はい、なにしろ私と麻実也艦長を結びつけた精神砲を開発された方ですから♪」
そうか、人間の欲望をエネルギーに変換するシステムが開発されなければ、僕は乙姫にスカウトされなかったんだな。
それはぜひとも御挨拶しておかなければ。
ということで、少し寄り道。
潜水艦乙姫が入ったような倉庫に入る。
「失礼しまーす、潜水艦乙姫でーす。カナザワ技官はいらっしゃいますかー?」
司令官室とは違い、お隣さんをたずねるような乙姫。
「おー乙姫ちゃん、いらっしゃーい! 博士ーーっ、乙姫ちゃん来ましたよーーっ、博士ーーっ!」
技官と呼んだのに博士扱い。
一体どんな人間なんだ? カナザワ技官……。
するとヨレヨレ白衣にボサボサ頭。眼鏡の小柄なやせっぽちが現れた。
「やあ、乙姫。主砲の調子はどうだい?」
「はい、おかげさまで。三発で駆逐艦を沈めました♪」
「三発か……ボクの計算では一発でもイケたんだけど……ぶつぶつ……」
そう言いながら、カナザワ技官は奥のデスクに着いてなにやら鉛筆を動かし始めた。
う〜〜む。
泊地司令官が闘魂一代男なら、技官は技官で開発バカか……。
なかなか濃い面子だな。
ムシル泊地。
北国の熱い男たちに、なるべく巻き込まれないようにしなくては……。
ノリや勢いで命を落とすようなことをしてはならないのだ。