しあわせの予感と落胆
さて、敵の駆逐艦に邪魔されたけど、案内の続きだ。
乙姫にヘルメットを被っていることをすすめられる。
そんなに僕の顔を見たくないとか?
「そうではありません! ヘルメットのシールド……バイザーですか? こちらに艦内地図が投影されますので、それを参考にしていただきたいんです!」
結構強い口調で否定してくる。
僕を冷やかして楽しんでいた砲雷長などは、「はっは〜〜ん」などとしたり顔で、いやらしい視線を向けてくる。
「な、なんですか砲雷長!」
「いんやぁ〜〜なぁ〜〜んにも〜〜」
「おかしな砲雷長ですね」
それでは参りましょう、と言って乙姫はタラップをおりてゆく。
見たことのある光景だ。
狭い通路にむき出しのパイプ。
あちこちにバルブ。
「さっき三人でこもってた部屋だね?」
ハッチには艦長寝室と書いてある。
日本語だ。
僕に対するサービスらしい。
「艦長にはこちらで寝起きしていただきます」
「同じ部屋ばかりで間違えそうだね」
「ハッチを開けると違いは一目瞭然ですよ?」
副長寝室のハッチを開く。
僕の部屋にはある机やベッドが無い。
あるのは立てかけられた、人間サイズの充電器……のようなものだけ。
そっか、乙姫たちはアンドロイドだっけ。
ときどき忘れてしまう。
なにしろヘルメットにコンセントを接続するとき、あの顔と顔が急接近した状態でも、ロボロボしたところは感じなかったくらいだから……。
おっといけない。思い出しただけで愚息も急上昇だ。
静まれ〜〜静まれ〜〜マンジュウロクマンジュウロク静めておくれ。
……………………。
よし、紳士伊藤麻実也、復活。
英国紳士のような僕を、乙姫は艦首方向へ案内してくれる。
潜水艦の中はほとんどプライベートが存在せず、三段ベッド四段ベッドの要領で充電器が重ねられていた。
そして潜水艦の醍醐味といえばこれだろう。
「こちらが予備魚雷の収納庫です」
「ウワサ通り魚雷の上にも充電器があるねぇ」
「狭い狭い潜水艦ですから」
予備の魚雷を見せてくれたときは「えっへん」と自慢げだったけど、潜水艦の狭さを語るときはちょっと困り顔。
とにかく表情がよく変わる。
乙姫って本当にアンドロイドなのだろうか?
実は普通に人間の女の子なのでは? と疑ってしまう。
魚雷のお披露目も終わり、乙姫はタラップを登ってゆく。
後から僕もタラップに足をかけたけど、これは……もしかして……。
全国一億二千万のラッキースケベファンのみなさま、大変長らくおまたせいたしました。
女の子の後からタラップを登るというスペシャルイベントの開幕です。
これは偶発的な事故であり、故意ではありません。
僕が悪い訳じゃありません。
いよいよ乙姫のスカートの中を拝見できるお時間がやってまいりました!
わたくし伊藤麻実也。決して邪な気持ちではないことをお断りしておきます。
では、上の階をめざして出発!
「艦長〜〜? どうされましたか〜〜? なにかひとり言おっしゃってるようですが〜〜?」
ハッチから覗き込む乙姫と目が合った。
そう、狭い潜水艦のタラップが、そんなに長い訳が無い。
あっという間にラッキースケベのチャンスは去ってしまったのである。
ガッカリ。
乗組員充電器の群れを越えて、主砲の下をくぐり、再び発令所に戻る。
そこから後部へ。
まずシャワー室とトイレ。
僕専用だそうだ。
そりゃそうだろう、アンドロイドは風呂もトイレも必要ない。
そして給湯室。炊飯器とコンロがあるだけ。
これも艦長専用みたいだ。
「ここからは足元が機関部になっています。そしてすぐこの部屋が……」
ノックをして乙姫が入ると、暗い部屋にメーターパネルの灯りだけという部屋。
中に詰めていた二人の黄色セーラー服が立ち上がり頭をさげる。
「通信、電探室です。この奥には戦闘情報局……コンバットインフォメーションセンターがありますが、いつもさまざまな計算をしているので、邪魔をしないようにしましょう」
「コンバットインフォメーションセンター?」
「はい、本艦の速度と電探でひろった敵艦の速度から相対速度を割り出し、敵の未来位置を推測。さらには魚雷や主砲の砲弾が何秒後に命中するかまでを計算する娘です」
「それはまたすごい仕事だねぇ……」
「はい、対空電探を完備すれば超高速戦闘機の動きを三百機までとらえることができるそうです」
「で、その対空電探っていうのは、浮きみたいに牽いてるんだっけ?」
「うっ! ……それが、その……。乙姫は田舎泊地の潜水艦なので、その、成績が足りず……」
クッ、乙姫め。
こんなところで上目遣い、乙女のモジモジを使ってくるとはっ!
なんてあざとい娘かしらっ!
お兄さんときめいちゃうよ!
だけどいいことを聞いた。
成績がよくないということは、あまり戦闘に参加していないということだ。
面接で乙姫が言っていた、あまり危険が無いというのは本当のことのようだ。
そして対空電探を装備していなくても健在ということは、飛行機と戦う機会の無いグループに所属している。ということになる。
いや、ケッコーケッコー。
僕も働きたくないとは言ってはいたが、休みなく働かされるのが嫌なだけであって、通常業務を通常にこなすことはやぶさかではない。
おかしな使われ方をされるのはゴメンだが、普通に働くことは当たり前なことなのだ。
「ちなみにですが、艦長。先程の駆逐艦撃沈。あれで乙姫の評価に1ポイント入っています!」
「戦果ってやつかな?」
「はい、駆逐艦、航空機一機で1ポイント。軽巡洋艦で3ポイント。重巡洋艦で5ポイント。戦艦輸送艦商船などが7の空母が10ポイントです。これらのポイントは艦長の昇進、あるいは俸給、退役のさいの退職金の査定で使用されますので、頑張ってくださいね」
ま、ほどほどにね。
無理をすればそれこそ、乙姫全員を失うことになるんだから。