ウブな僕ですけどスカウトされました
雑記帳からお引越ししてきました
いいことなんてなかなか無い。
のっけから愚痴めいて悪いんだけど、人生にいいことなんてそうそう転がっているものじゃあない。一生懸命真面目に働いてはいるけれど、そうすればそうしたで会社から負担ばかり強いられてしまう。その見返りはわずかばかりのお手当でしかない。
勤務日数年間三百日越え。つまり日曜日も働かされている。
平均出勤時間、五時半から六時。平均帰宅時間、六時半から七時。平均通勤時間、一時間から二時間。なお、通勤時間は残業とは認められていない。
それが僕、伊藤麻実也22歳の現状だ。
今日も仕事、明日も仕事。そして入社二年も経つけれど、会社からの扱いは変わらない。
毎朝早起きをして相方やチームメイトをひろって出勤。仕事が終わればみんなを送り返してからの帰宅。独身ひとり暮らしの安アパートで待っているものは、彼女なんかではなくてたまっている洗濯物。
もちろん僕、DT。
ウブな若者です。
まだ若いからいいじゃないか、と言う方もいるかもしれない。だけど逆に言うならば、これから先何十年も、僕はこんな生活をしていかないとならないんだ、安月給で……。
こんな先行き真っ暗な生活なんだ。同僚やオヤッサンたちがパチンコだ競馬だと、ギャンブルで憂さを晴らすのがよくわかる。
僕も誘われるままにパチンコをしてみたことはあったけど、一分ほどで三千円が消滅してしまい、二度とギャンブルはするまいと心に誓ってしまった。
だったらどうする? どうにもしようがない。
働いて生活をしていながら、僕の人生は詰んでいた。
今日もアパートの駐車場に車を停める。ローンで購入した車だけど、まだたっぷり四年は支払いが残っている。
つまり簡単に転職はできない。
そして明日も会社のために、タイヤをすり減らすのだ。車を降りて近所の自動販売機へ。アタリくじつきの自販機だ。そこで缶コーヒーを買って車の中で飲むのが、僕の日課なのだ。
すぐに部屋には帰りたくない。
見慣れた日常に戻って、明日の仕事のためにだけ寝るなんていうのは、気分が滅入るだけだからだ。
百円硬貨と十円硬貨を入れて、インチキくさいメーカーのインチキくさい缶コーヒーのボタンを押す。
そしてウソくさいルーレットが回るのを眺めて、落ちてきた商品を拾い上げた。
「おめでとうございます、伊藤麻実也さま! 貴方は人生を変える権利を手に入れました!」
自販機がなんかホザいてる。僕は缶コーヒー片手に背中を向けた。
「あ、ちょっと待ってください、伊藤麻実也さん! ほんと、本当に悪い話じゃないんですから!」
懇願するように自販機が叫ぶ。
おいおい、タバコの自販機なら免許証や専用カードから名前がわかるだろうけど、缶コーヒーの自販機風情が、僕の名前を何故知っている!
「麻実也さーん! 麻実也さーん! お願いでーす、話を聞いてくださーい!」
しかも機械音なんかじゃなく、女の子の声で名前を連呼してくる。
これじゃあ明日から近所を歩けなくなってしまうぞ。
仕方ない。僕は踵を返して自販機の前へと戻った。
「なんだよ、人の名前を大声で叫ばないでくれよ!」
とりあえず文句を言っておく。すると自販機と店舗の壁の隙間、およそ人など入り込めないような隙間から、女の子が現れた。
「あ、申し訳ありませんでした」
制服姿の真面目そうな女の子は、僕に頭をさげる。
「いや、ちょっとキミ。いまどこから?」
手品のような現れ方に、僕の頭は大混乱。
その隙につけこむように、彼女は切り出してきた。
「伊藤麻実也さん、私は貴方をスカウトに来たんです!」
「スカウト?」
「はい、貴方の中で積りに積もった欲望や願望! 私たちのために使わせて欲しいんです!」
なんじゃそりゃ?
あ、わかった。この娘はちょっと気の毒な娘なんだ。そうかそうか、じゃあこれ以上関わらないようにしよう。
「お願いでず麻実也ざん〜〜! 話を聞いてぐだざい〜〜!」
「やめてくれお願いだから! 腕をひっぱらないでくれ!」
「ダメです離しません! 貴方でもう三十人目なんですから、絶対に話を聞いてもらいます〜〜っ!」
三十人って、こんな怪しいこと三十人にやってたのか? そりゃみんな引くだろ、フツー。
すると怪しい女の子がもう一人。まったく同じ顔をしているんだけど、呆れたように呟いた。
「まだやってんですか、副長」
「あ、砲雷長。手伝って! 麻実也さんが逃げようとするの!」
「そんなのこうすれば簡単じゃないですか」
冷静な方の女の子は、指をパチンと鳴らす。
すると僕らの周りに明かりが落ちた。
まるでスポットライトだ。
と思ったら。
「うわっ! う、浮いた!」
「力を抜いてください、伊藤麻実也さま。どう足掻いてもこの光線から逃れることはできませんので」
ジタバタもがく僕に対して、冷静な女の子はどこまでも冷静だった。
「すみません、伊藤麻実也さん。わざわざお越しいただいて」
真面目そうな女の子は恐縮しているようだ。
「いや、この場合来たくて来たんじゃなくて、拉致されたって言うのが正しいんだけど」
謎の光に包まれて、収容されたのは狭い個室。簡易ベッドと簡易デスクというのか。それだけで一杯な部屋。真面目そうな女の子と僕と冷静な女の子三人で、もう一杯な部屋だ。
「改めて自己紹介させていただきますね。私は惑星アルファ海軍所属、次元潜水艦乙姫のサポートアンドロイドで当潜水艦の副長を務めています。乙姫とお呼びください」
「そして私は乙姫の砲雷長。副長とは制服で見分けてくれ」
砲雷長は赤を基準としたセーラー服。副長はスタンダードな黒襟赤スカーフ、白地のセーラー服だった。どちらもスカートである。
「で? 何故僕がキミたちにスカウトされたのか? 僕に何をさせたいのか? それを教えてくれないか?」
この部屋の狭さ、どうせ僕はその潜水艦とやらに押し込められたのだろう。
海軍とか言っていたけど、そうなると軍隊相手だ。なにをどうしても逃げられるものではない。場合によっては、嫌でもなんでも彼女らに協力させられることになるだろう。
すると副長はコホンと咳払い。
「ではわかりやすく説明しますね。私たち惑星アルファは戦争をしています。状況は劣勢なのですが、新兵器が生まれました。人間の欲望をエネルギーに変えて撃つ大砲です。しかし惑星アルファの人間は欲が薄くて話になりません。そこで目をつけたのが地球の日本人男性。この欲望ときたら際限が無く、無尽蔵の鉱脈とでも言うべきもの。その中からセンサーで選び出された一人が貴方、伊藤麻実也さん。ということです」
「それで? 僕に潜水艦の部品になれって言うのかい?」
問題はそこだ。この話の流れでいくと、僕はエネルギータンク扱いということになる。
「そんな失礼な!」
副長の乙姫はブンブンと首を横に振る。
「伊藤麻実也さんに関しては協力者扱い、便宜上階級が与えられ、給料も支給されます!」
「どのくらい?」
「伊藤麻実也さんの世界の通貨でいうと、五十万円から始まって航海手当や従軍手当がついてそれ相応の額にはなります」
「そこは悪くないね。で? 戦争中ということは危険がつきものなんだよね?」
僕が訊くと、乙姫は肩を落とした。
「それが、お恥ずかしいお話ですがこの新兵器。辺境の我が基地で開発されたマイナー兵器なものでして……あまり出番が無いんです」
せいぜい活躍したところで近海の見張り業務か輸送船破壊。だけど辺境だからそんな機会も滅多に無いということ。
「割とのんびりしてるのかな?」
「潜水艦としてはお恥ずかしい限りです」
「僕の身分はどうなるのかな? 海軍で階級をくれると言っていたけど」
「惑星アルファへの移転者ということになります。地球と変わらない環境ですから住むに不便は無いはずですよ」
「退役の際には慰労金とか退職金は出るのかな?」
「戦果によっては遊んで暮らせます」
「よし、乗った。というか、どうせもう地球を離れていたりして、僕は帰れないんだろ?」
そう言うと乙姫は、「しまった、その手があったか」と呟いた。
彼女が用意した書類にサインをすると、僕には制服が与えられた。黒い詰め襟の制服で、階級は少尉。役職は艦長だそうだ。
「少尉とか艦長といっても、あまり硬く考えないでください。麻実也さんの実態は協力者なんですから」
そして乙姫は艦内を案内してくれると言った。