女の園、潜入調査【壱】
さてさて、依頼を受けた晴明ですが。
一体どうやって調査をしていくのでしょうかね?
今回の晴明のお供は『雪華』ちゃんです!
主ラブ、主命な雪華ちゃん全開。
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帝からの依頼があった日から数日経った。
晴明は本当にやる気がるのだろうか?と疑われてもおかしくない程、自宅である屋敷でごろりと寝転がりながら書物を読んでいた。何ともだらしがなく、行儀の悪い格好だった。
参内した日に早々に玄泉に叱られたはずなのに、玄泉の目が光っていないとすぐにこの有様になる。
それでも玄泉の前ではいつもよりは"女らしく"………もとい、"一般的な常識"くらいには仕草も気をつけるようになっただけましというもの。玄泉の教育(説教)の賜物だ。
話は戻るが、晴明は現在だらだらとしている。
この状況を見れば、依頼のことを知っている者は間違いなく『こいつ、依頼を放り出してやがる!』と皆が思う。間違いなく思う。
が、別にそうではないのだ。
晴明は絶賛【待機中】であり、その間は自由であると、こうしていつも通りだらだらとしているに過ぎなかった。
依頼を受けた後日。晴明は書状で帝にある頼み事をした。
『ことを起こしている者は内裏に潜んでいるはず。人目についていないことから、人の減る昼過ぎから朝にかけてことを起こしたと考えられる。その間出入りが多い者か、住む者か……探るので、しばらく内裏に泊まり込める様、取り計らってくれ。最悪下働きとしてでも構わない』
と言った内容の書状を出したのだ。その後すぐに返事は来たのだが。
『分かった。準備に少しばかり時間がかかるので、暫し待て。整い次第、そちらに迎えの者を向かわせる。晴明が内裏に来るのを楽しみにしておるぞ。可愛い私の晴明へ』
と、書かれていた。思わずその書状を破り捨ててしまったのは致し方ない。……だってこんなにも鳥肌が立っているのだから。
(なぁにが、可愛い私の晴明へ………だぁぁあ!私はお前のではない!!)
帝への文句を声に出して叫ばなかっただけ偉いと、誰か褒めてやって欲しい。
晴明はびりびりと細かく書状を破り終え、やっと落ち着きを取り戻した。
(ところで、準備ってどれ位かかるのだろうか?)
という疑問が浮上する。まぁ、すぐに整うだろう……なんて考えが甘かった。
一日待っても、二日待っても内裏からの使いが来ることは無かった。
そして四日目に突入する頃にはこの有様に。
一体どんな準備をしているのか、晴明はやたらと待たされているのだ。
(たかが内裏に泊まり込むだけで、そんなに手続きに時間がかかるのか?私としては、許可さえ貰えれば、別に陰陽寮に泊まり込んでもいいのだが……)
たかだか少し泊まるだけ。
朝方は自宅に戻ってもいいわけだし、それまでの間に変な疑いをかけられぬように、帝からの滞在の許可が降りればいいだけの話だというのに…と晴明は頭を捻る。
まぁ、今のところ内裏であの日以来目立った騒ぎはない。火急の問題が無いなら、晴明も別に急いでいく必要も無いか、とこうして待っているのだが。
読んでいた書物を閉じた晴明は、体を反転させうつ伏せの状態で大の字に寝転がった。
「やめた。疲れるだけだな。……寝よう」
そしてすぐに寝息を立て始めた。
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「晴明様、起きて下さい」
「……ぅんっ?」
体を揺すられて意識を取り戻した晴明。そのままの体制で目だけをさ迷わせれば、すぐ近くに居た少女と目が合う。
「なんだ…雪華か。どうした?」
起き上がることも無く、少女に問いかけた晴明。『雪華』と呼ばれた少女は、困ったように笑いながら返事をする。
「晴明様宛に書状が届いたようです。起きて下さい」
「んー……後で読む…………」
まだ眠いのか、晴明はそのまままた眠ろうと目を閉じる。だが、それを許さない者がいた。
「晴明様?私があれだけ厳しくお教えしたのに、その姿はどういう事なのでしょうか?」
雪華の女性らしい高めの声とは違い、低い声が晴明のだらしない姿を咎めた。よく知るその声にびくリと晴明の体が跳ねる。
「げ、玄泉………お前もいたのね………」
恐る恐る、ゆっくりと体を起こした晴明は足元の方を振り返る。思わず口調が変わってしまうほど驚いた。
身を起こした先には姿勢よく佇む青年がいた。
腕を組みながら微笑んでいるその姿に、晴明はだらだらと冷や汗を流した。同じような場面を数日前体験したばかりだ。
「晴明様、ちょっと…宜しいでしょうか?」
「…………はい」
既視感を覚える言葉に、晴明は静かに頷いた。
こうして、またも晴明は玄泉にお説教を受ける羽目になってしまった。
肩を落としながら説教を聞く晴明の頬には、暫く畳の跡がくっきりと刻まれていた。
やっと玄泉のお説教が終わると、玄泉は雪華から書状の入った文筒を受け取り晴明の前に差し出す。
「内裏の者からです。早く読まれた方が宜しいと思いますよ」
「………はい」
玄泉のお説教でこってりとしぼられた晴明は、面倒臭いと思いながらも大人しく従う。
渡された文筒を開けた晴明は、中にある紙を取り出すと確かにそこには帝の印があった。
文を開き、静かに文字を追う晴明。
一通り読み終えた晴明は文を伏せ、暫くしてもう一度文を読む。
改めて内容を読み終えた晴明は遠い目をしていた。
「………玄泉。私、暫く屋敷を離れようと思うの………」
「何故です?帝からの依頼の件もまだ解決していないのに、急に………」
「依頼?なんの事かしら?……そういえば、暫くじじにも会いに行ってなかったなぁ、寂しがってるだろうし里帰りでも……」
虚ろな目で立ち上がる晴明。その時にひらりと晴明の手からすべり落ちた文が床に落ちる。
文を読んでから様子のおかしい主を前に、何が書いてあったのかと、玄泉は拾い上げた文を読んでみる。
最後まで読み終えると、そういう事かと玄泉は納得した。
帝が晴明からの頼みを、よりにもよってその方法で果たすとは…玄泉にも想定外だった。
「主、…後で甘いものをご用意致しますね」
「…………あぁ」
本当に逃げ出してしまいそうな主を、何とか繋ぎ止めるために玄泉はそう告げると、小さく晴明が返事をした。
(これは、あまり効果は無いかもしれないですね……後で雪華に指示を出しておきましょう。どの道、雪華にも関わりある話ですしね)
横で放心状態の晴明を心配しつつ、『晴明様、里帰りなさるのですか?ならば雪華もお供致します!いつですか?どれくらい滞在されますか!?』と詰め寄っている雪華。
(この件に付き添えるのが雪華だけ………と言うのはとても心許ない気もしますが)
二人を眺めながら玄泉はまた溜息をついた。
主も主だが、この従者もなかなかに溜息が多いようだ。苦労性なこの青年の溜息が止む日はきっと来ないだろう。
その後玄泉は晴明に甘味を出し、その間に雪華を別の部屋へと呼び出していた。
「雪華、いいですか?貴方にはある任務を任せます」
「なんですか?私は晴明様のお世話で忙しいのですが…」
任務などどうでもいい、晴明の傍にいることことが第一だと雪華が不機嫌になる。
雪華がそういう態度をとるのは分かりきっていた事だったので、玄泉は焦ることなく穏やかに笑った。
「あぁ、大丈夫です。晴明様に関わることですから」
『晴明様』という単語に大人しく話を聞く姿勢をとり始めた雪華。本当に分かりやすい。
この雪華という少女はこの屋敷に住む家人の一人だ。
雪華にはもう一人、双子の兄である雪風がいる。
双子と言っても、色々事情もあって…見た目は雪風と大きく異なるのだが。その瞳は兄と同じ青みがかった黒目を持っていた。
雪華の年は十八で、晴明よりも六つも長く生きており、『女性』と言える年である。
普段は冷静でよく周りを見ており、気配りもできるよく出来た娘なのだが、ある一点を除く……という言葉が必ず最後に付くのが欠点だ。
普段屋敷では主に晴明の身の回りの世話や、食事作りなどの家事を担当しているのだが、雪華は実の姉妹のようにそれはもう晴明を可愛がっているのだ。
そのあまりの甘やかしぶり、構いっぷりに晴明自身は些か困っている気もしないでもない。
そう……雪華の最大の欠点。それは『晴明』である。
異常な溺愛ぶりに、時々常識を斜め上空に逸脱したり、その冷静さを欠くのだ。
そんな家人『雪華』に、改まって玄泉は口を開いた。
「先日内裏に参内の折、帝から内裏に仕掛けられていた呪具について、追加調査の依頼を受けました。依頼を遂行する為に、内裏に暫く泊まり込める様に頼んでいたのですがその返事が先程届きました」
すっと雪華の前に差し出したのは、先程晴明が取り乱した原因の文。
「私が読んでも宜しいものなのですか?」
「構いません」
玄泉に言われて、雪華は文を手に取る。雪華にもある程度の教養はあるので、文字を読むことは特に難しくない。
「こ、これは!!」
文を読んだ雪華はぱぁっとその顔を綻ばせ、上機嫌で玄泉を見上げた。同じ文を読んでいるはずなのにこうも晴明、玄泉、雪華の態度が三者三葉に違うとは。
「そういう事なので、晴明様にとっては可哀想ですが、帝からの依頼を受けた以上反故にする事は出来ません。内裏からの使いが来るまで、本当に逃げ出してしまわないように晴明様のお傍を離れないこと。そして内裏に一緒に着いて行くこと…それが今回の貴方の任務です」
「はい!喜んで!!」
食い気味に返事をし玄泉に文を返すと、雪華は鼻歌でも歌い出さんばかりの勢いで部屋を出て行った。
恐らくは言われた通りに晴明を見張る為、晴明の所に向かったのだろう。
「さて、準備はあまり必要ないようですし…あとは雪華に任せておきましょうか。この手紙を寄越してきたということは、迎えが来るまでそう時間もかからないでしょう………甘味はあとどれ位残ってましたかね?足りなそうなら明日買い足しに出ねばなりませんね」
ゆっくりと立ち上がった玄泉は、普段は晴明に見つからないようにこっそりと甘味を隠し保管している場所を確認しに向かった。
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『晴明、待たせたな。準備が整ったので近々そちらに迎えが行く。下働きなんてとんでもないので、晴明には私の知人の姫君として内裏の七殿五舎の内の一つ、飛香舎で過ごしてもらう。皆には知人の姫君が、京の都の様子を見てみたいと言うことで預かっていると伝えてあるので、そのつもりで。必要であれば外出もできるよう取り計らってある。そうそう、生活で必要そうなものはあらかた準備してあるので問題ない。晴明は仕事道具だけ持ってきてくれればよい。必要であれば付人もつれてきてくれて構わない。ただし、後宮への滞在だからな、女性に限る。では、楽しみにしておるぞ。可愛い私の晴明へ』
あの日、帝からの届いた文にこう書かれていた。
確かに泊まれる様にとは頼んだ。だが、その方法があまりにも予測の斜め上をいく手段過ぎたのだ。
晴明が出した文には、泊まれるよう取り計らってくれと言う文章と、手段の案として最悪下働きとしてでも構わないと添えていた。
……それが何故こうなった。
早めの老眼で『下働き』が『姫君』にでも見えたというのか?
あまりの想定外さに、晴明は脱走…否、現実逃避に出ようとした。
残念ながら里帰りという名の脱走は、常に家人の雪華が晴明にべったりなものだからなかなか上手くいかず、そうこうしている間に内裏からの使いが来てしまった。
「帝からの指示でお迎えに参りました。では、こちらにお乗り下さい」
有無を言わさず連れていこうとする使い達に抗うも、玄泉に笑顔で『お仕事、頑張って下さい』と裏切られ、何故か準備万端の雪華が、荷物を手に先に箱の中に乗り込んで行った。
「雪華、何故お前まで乗り込む」
晴明が訝しむと、どうやら文にあった女性なら付き人も同行していい…と知っているようで。
「雪華もご一緒致します」
と笑顔で言いきられた。
無理やり箱の中へ押し込まれた晴明は、牛車の箱の中から御簾越しに外を見る。
御簾越しに、晴明に付いて行こうとしていた蒼月が玄泉に引き止められているのを眺める。蒼月がとても寂しそうな顔でこちらを見ていた。
(蒼月、私だって行きたくないのだ……)
こんな事になるなら、あんなこと頼まなければ良かった。勝手に夜な夜な忍び込んで、勝手に調査してしまった方が良かったと今更ながらに思う。
万が一見つかったらややこしいことになるだろうと思って、正式な手段で入れるようにした筈なのに。
何故よりにもよって『後宮』、そして『姫君』などという立場を装ってまで調査しなければならないのか……。晴明は元凶の帝の顔を思い浮かべ舌打ちする。
「あの馬鹿殿が………後で覚えてろ」
「あら晴明様、流石にそのような呼び方してはいけませんよ。心の中でだけにして下さい」
心の中でなら呼んでも良いのか?と、御簾越しに聞こえていた内裏からの使いの男共は思ったが、敢えてそこには触れない。
どう考えても晴明の言う『馬鹿殿』が自分達の仕えるこの国の最高権力者である『帝』の事であるのは間違いないのだが、本来重罪になりかねない不敬な発言を黙認する事にしていた。
何故なら、晴明を迎えに来る前に、予め上司から言われていたのだ。
『安倍晴明殿が何を言おうと、何をしようと黙認せよ。逃亡さえしなければいい。必ず何があっても逃亡だけは防ぎ、この内裏に…帝の元に連れてくるのだ』
疲れ果てた顔の年配二人に皆言い聞かされていた。
初めはそのような事許していいのだろうか?と皆同じような疑問を浮かべていたのだが、それを察した年配達は、『あれに今更何を言っても無駄だ。何より帝がお許しになっているのだ』と呆れたように言っていた。
帝公認ならば致し方ないと、ここに来た使いは皆がその指示に大人しく従って、誰も晴明(と雪華)のことは咎めなかった。
「では、どうぞ我が主安倍晴明、ならびに雪華を宜しくお願い致します」
見送りに出ていた玄泉が使いの者に頭を下げる。まだ納得のいかない蒼月は『俺も!』と言っていたが、ここまで来たら行くしかないことは晴明にも分かっていた。仕方なく御簾越しに蒼月へと話しかける。
「蒼月、悪いな。今回はお前を連れて行けないんだ。我慢してくれ。なるべく早く終わらせて帰ってくるから、留守を頼むな」
晴明から駄目だと言われて落ち込む蒼月に、もう一度晴明が謝ると、小さいながらも分かったと蒼月は返事を返してくれた。
「では、行ってくる………」
こうして嫌々ではあるが、晴明は依頼を果たすべく、雪華という付き人を連れ内裏へと向かったのだった。
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暫く牛車に揺られながら、帝への文句をつらつらと頭の中で並べていた晴明だが、ふとある事に気が付く。
そう言えば、日用品はともかく、仕事道具は持参するように書いてあった。良く考えてみれば、行く気はなかった晴明はいきなりこの箱に放り込まれたからそれらを持っいない。日頃から持ち歩いている数種類の式と符、護身の勾玉と使い慣れた扇ぐらい。他は全て置いてきてしまった。
符を作るための紙や、書くための筆や墨くらいは簡単に用意できるだろうが…それ以外のものはそうはいかない。
「しまった……一度引き返さねば」
「晴明様、どうなさいました?」
隣に居た雪華が晴明の言葉に首を傾げる。
「仕事道具を全て置き去りにしてきてしまったんだ。調査に行くのに、道具がないのでは対応しきれないかもしれない。取りに戻る」
そう説明する晴明に、雪華はそんな事ですかと笑った。仕事道具をそんな事扱いする雪華に、晴明が次の言葉を紡ごうとすると。
「ちゃんとお持ちしております」
「………今、なんて?」
「ですから、ちゃんとご用意して雪華が持ってきておりますよ」
ほら、と雪華は持ち込んだ手荷物の布を解いた。確かにそこには晴明が普段愛用している紙と筆、墨や硯に清めた水などが沢山詰め込まれていた。
(この手際の良さはなんだ!)
それらを見て晴明は頭を抱えた。
確かに仕事道具は必要だったから有難い。だが、付き人の件と言い、道具の件と言い、準備が良すぎるだろう!と。
実は今回の内裏の調査に一番浮かれている雪華は、合間を縫ってせっせと準備を進めていたのだ。
それはもう楽しみにしていた雪華は、夜の眠る時間も万が一晴明が抜け出してはこの話がなかった事になってしまうからと、寝ずに見張っていたくらい楽しみにしていた(興奮して眠れなかった…という理由も少しはあるが)。
結局、用意周到な付き人のお陰で屋敷に戻ることなく、晴明と雪華は内裏へと辿り着いた。
内裏に辿り着くと、先ずは帝の元へとその足で帝の所へ向かった。
早速訪れた好機に、帝への文句を今から準備しておく。
先程来る途中に牛車の中でも散々考えていたが、晴明の怒りと比べればまだ足りなかった。歩きながらひたすら頭は帝への文句を考えていた晴明。
帝待つ部屋まではあっという間に感じる程、熟考していたらしい。
部屋の前まで来ると、付き添いの男が中へ声をかける。すると『入れ』とすぐに声が返ってきた。どうやら今回は初めから待っていたらしい。いつもそうすればいいだろうに、と新たな文句が頭に浮かんだ。
そして、すぐに中へ通された晴明と雪華。
高御座に座した帝は相変わらず御簾越しで、距離もあるので様子は伺えないが、何となく嬉しそうな気配がして余計に晴明はいらいらとする。
(絶っ対、楽しんでいるな…………)
この馬鹿殿めと御簾を睨み上げながら、不機嫌さ丸出しの晴明は一応膝をつき形ばかりの礼をとる。雪華もそれに習い礼をとった。
「良く来た、晴明!待っていたぞ!」
やはり予想通り機嫌のすこぶるいい帝。晴明の不機嫌さなど気にしていないらしい。
心臓に毛でも生えているんじゃないだろうか、と傍で控えていた晴明とも大分長い付き合いになってきた年配の男二人は密かに思った。
ひしひしと怒りの空気がこちらに向かって漂ってきているのに、その対応は火に油なのではないかと。年配の男二人はきりきりと痛む胃のあたりを手で押えた。
晴明達の後ろに数名いる、先程牛車で付き添っていた男共も、何となく漂うその空気に少しビクビクしている始末だ。
「………なぁにが、待っていた、だ!話が違うだろう!私が頼んだのは、夜間の宿泊許可であって、後宮へ…など頼んでおらんだろう!夜中にいる口実さえ作って貰えれば、陰陽寮での寝泊まりで構わないし、下働きとしてでも構わないと書いただろうが!!どこぞの姫君に扮してなんてなんて七面倒臭いことをな・ん・で…しなければいかんのだ!この馬鹿殿が!」
ぶちんっと何かが切れた晴明は、勢いよく立ち上がると溜まっていた不満を次々と口にした。そして最後はあの言葉を吐き出した。
((あっ!言っちゃった…………大丈夫なのか?))
あれほど雪華からも、心の中だけでと言われていたのにも関わらず、晴明はよりにもよって本人に吐いた。
雪華も少し驚いた様に目を丸くしていたが、特に何も言わずにすぐに目を伏せた。
年配の男二人は、これには何かを言おうとしたが、御簾から盛れてくるくすくすという笑い声が聞こえ、言うのをやめた。
聡い二人は悟っていた。
((あ、これ、言っても意味ないやつだ……))
今までの経験上、この先の流れが読めた二人は口を噤み、成り行きを見守る。
やっと笑い終えたのか、また勝手に御簾をたくし上げ、中から帝が姿を現す。
「全く。私と暫く一緒に居れるからって照れなくていいのだぞ?相変わらず晴明は可愛いなぁ」
「違うわぁっ!!どういう解釈をしたらそうなるんだ、主の頭は!!馬鹿殿の頭は沸いておるのか!?」
すぐさま晴明が否定する。
距離を詰めてきた帝は、浮かれ気味のふやけた顔を向け、怒り狂う晴明を慣れた手つきで抱えあげる。
「さ、行くぞ。先ずは着替えからだ。姫君としての参内だからな。着飾ってから、飛香舎へ行くぞ」
「んなぁっ!?」
「あ、そうそう。一応姫君と言う設定だから、晴明とは呼べん。だから名を考えておいたぞ。今日から滞在中は晴明は『清姫』だ。雪華もそう呼ぶ様に。いいな?」
唖然とする晴明を抱えながら、すぐ横にいる雪華に帝は告げた。
雪華はかしこまりましたと頷き、帝同様浮かれ気味で、歩き出した帝(と晴明)の後に続く。
あれだけ怒りに荒れていた晴明は、『着替え』と聞き、まさか…と顔面蒼白で大人しくなる。正確には戦意喪失し屍の様になっていた。
お陰で運びやすくなった帝は、足早にいつもの『お着替え部屋』まで晴明を運んだのだった。
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いつもの『お着替え部屋』へ放り込まれた晴明は、いつもの如く女官達に色々と弄り回され、気付けば放心状態の間に殆どの身支度が整えられていた。
「はっ!?いつの間に!?」
「やっぱり晴明様は、裸が白いから淡い色も似合いますね!可愛らしい格好の晴明様を見れて、雪華は幸せです」
放心状態から開放された晴明の横で、瞳を潤ませた雪花が手を頬に添えてうっとりしていた。
女官達も満足気に頷いている。
(いや、苦しいし重いのだが……今すぐ脱ぎたい)
意識が戻ったことによりぐっと体に纏った着物の重さを感じた晴明。
「どうだ?良ければ入るぞ」
「はい、帝。どうぞお入り下さい」
晴明が放心状態の間に、使いの者がもうすぐ終わると帝を呼びに行っていたらしい。
女官達の許可が出ると帝が中に入ってくる。
「おぉ!可愛いっ!可愛らしいではないか!」
晴明を見るやいなや、着飾った姿を前にでれでれ状態である帝。
晴明をぎゅうぎゅう抱きしめがてら、晴明の後ろに控える女官と雪華にぐっと親指を立てた。それに答えるように、女官達も控えめながらぐっと親指を立て、雪華に至っては両手で帝へ返している。
帝側の後ろに控える年配二人だけが、その光景に大きなため息をついていた。
「さて、準備も整ったようだし、早速飛香舎へと向かうとするか。日常の必要な物や何か不便があれば、雪華を通して飛香舎の女中に伝えさせてくれ。調査に関わることに関しては一日二度、昼と夜に私の手の者を遣わすので、その時に報告も含めて頼む」
「はぁ………分かった。納得はいかないが、来てしまった以上仕事はこなそう。とっとと犯人を捕まえて、こんな茶番は終いだ」
「茶番とは失敬な!私がどれ程楽しみにしていたことか!」
「知らんわっ!知りたくもないっ!」
今度こそ機嫌を損ねた晴明は、それ以降帝を無視した。何を話しかけても反応が無くなったことにちょっと落ち込みつつも、案内すると飛香舎まで連れ立って歩く。
道すがら、晴明は疑問に思っていた事を雪華経由で帝に聞いてみた。
「晴明…いえ、『清姫様』が、確か飛香舎には藤原安子様がいらっしゃるはずでは?と仰っております。お話は通っているのでしょうか?」
晴明様と言いかけて、慌てて清姫と言い換えた雪華。もう清姫として扱うらしい。
雪華の問いに、帝は心配ないと笑って答える。
「知人の姫君をしばらく泊めたいから、その間私の部屋に来て貰っても構わないか?と聞いたら、構わないと言ってくれてな。今は私の部屋にいる」
なんという事だ。まさかのこんなくだらない事のせいで、中宮である藤原安子を移動させる羽目になっていたとは。
(しかも藤原安子と言えば…あやつの母ではなかったか?)
面倒な事ばかりする帝に、晴明はさらに恨みがましい目を向けた。
飛香舎に辿り着くと、予め晴明付きとして用意していたらしい、帝は数人の女官達を呼び寄せる。
「この子は清姫といって、私の知人の姫君だ。話しておいた通り、暫く預かる事になっている。部屋まで案内してやってくれるか?滞在中不便がないよう、皆宜しく頼む。では清姫、長旅で疲れただろう。ゆっくりするといい。また様子を来るな」
「はい。感謝致します、主上。皆様も、滞在中ご迷惑をおかけ致しますが、どうぞ宜しくお願い致します」
器用に怒りを隠し、姫君らしく振る舞う晴明。
その姿に帝に付いてきていた年配の男二人は目を丸くする。それはもう目玉が溢れんばかりの勢いで。
ふふふと穏やかに笑うこの少女は誰だと。
晴明の本性を知らない女官達は、愛らしい姿の穏やかな姫君にすっかり騙されている様子で、なんて愛らしい方なのでしょうと小さく呟いていた。
しかも身分の低い自分達にあの様な言葉を掛けてくれるなんて、素敵な方だわとさえ皆が思っていた。
「それではな。行くぞ」
「「は、はいっ」」
呆然とその光景を見ていた二人は、帝の一声で固まった体を動かす。
去り際に振り返り、やはり見間違いでは無いかと確認するが、どう見ても晴明が穏やかにふふふと笑っていた。
それを見て、男二人は晴明の新たな一面にそれぞれが思った。
(なんという変わり身…恐ろしい。ああも猫を被れるものなのか?)
(普段もあれくらいお淑やかなら何も文句はないのに)
二人の心境など知りはしない帝は、様子のおかしい二人を不思議がる。
「どうかしたのか?」
「「い、いえ………」」
言い淀む二人。今思った事は口にするべきではない。
((なんであれを見て、貴方はそんなにけろっとしているのですか……))
なんて、仮にも一国の主であるこの人(帝)には言えそうになかった。
お読み下さりありがとうございました!
続く女の園、潜入調査【弐】も是非お待ちください。




