避けたい訪問者、策を巡らせる【弐】
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巡回していればその内巡り合う事もあるかもしれないと、僅かな可能性だけで都内を練り歩いていた憲平率いる近衛達。
晴明を探すことも捕まえることも至難の業かと思われたが、捜索に至っては存外順調に進んでいた。
晴明にしては詰めが甘すぎる点が謎ではあるものの、想像以上に晴明が人目に付きながら移動していたことと、その目立つ容姿故に人の記憶に残ってしまっていたことが捜索を順調にしてしまった大きな要因だ。
それはもう沢山の目撃証言があったのだ。当然こうなる。
お陰で大内裏から都内、西市から右京へ。逃走経路はあっという間に割り出されたわけだが、憲平達が右京に着いてからは辺りを見渡しても晴明について尋ねようにも、肝心の尋ねる相手が見つけられなかったので聞き込みができず、ここからは地道に自分の足と目で捜索していくほかない。
右京は住宅地として切り開いた場所で、初めの頃は人もそれなりに定住していたが、土地柄か住み心地の悪さか…年々居住者が激減している地区だ。
そんな状況なので中々人と出会えないのは仕方がないのだろうが、住人でなくとも通行人くらいは居てもいいだろうに…それすら出会えていない現状が続いていた。
まぁ確かに、辺り一帯こんな雰囲気で覆われていれば特に用事がない限りは好き好んで来る者はそう多くはないか…と憲平は改めて辺りを見てみる。
右京には特に目立った要所がない為、右京を通り抜けて更に西に行く者かここに住んでいる者、または自分達のように来るしかない用向きが出来てしまった場合くらいしか態々足を運ばないのだろう。
果たしてまだ住んでいる住人がいるのかすら謎な程、殆どの住居は廃れており今にも朽ち落ちそうだ。
風に吹かれて揺れる木々や、伸び放題の鬱蒼と茂った雑草が擦れる音は風流とは程遠く。隙間だらけの建物にも風は入り込み『ギィィ…ギシッ…ギィィ、ギギッ』と家鳴りの様な嫌な音を何度も立てている。
人がいない静寂の中に生まれる人為的ではない音は、耳に響き雰囲気も相まって不気味さを一層煽り、まだ日の高い時間だというのにあらゆる状況が右京という地を陰気な土地に仕立て上げていた。
そんな立ち入るのが憚られる地でも、身を隠さねばならない晴明にとっては寧ろまたとない身の置き場となる。
なんせ人気がないため目撃される可能性も低く、不気味が故に近寄るのを躊躇う場所であり隠れる所も多い。
身を隠すのにうってつけな条件が丁度揃っているのだ。……ただし、ひっそりとここに向かったのならばの話だが。
聞き込みが出来ない以上、この場を検めるか先に進むかは立場上憲平に判断が委ねられている。
その為、一瞬は思案した憲平だったが、どう考えてもこの場が一番怪しいと判断し、先には進まず手分けしてこの場を捜索することに決めた。
その判断を下したのは晴明の性格を考えたからだ。
晴明の性格はと言えば、その横暴さと態度のでかさ、口の悪さが特に強烈だが、それだけでは言い表しきれないのだ。他にも、平気で暴力を行使する乱暴者で、自堕落を愛する怠け者。
そう。怠け者なのだ。
体力・能力共に備わっているというのに、『 疲れるから嫌だ』『 働きたくない』『 動きたくない』等々。出来うる限りの楽を選ぶのが晴明であり、その為に駄々をこねるのも日常茶飯事なのが晴明だ。
因みにこれは、憲平が自身の目と耳で確認した晴明の情報と世間から見た晴明の情報から導かれたものである。
なので、晴明が右京を超えて更に西に行った可能性も完全には否定できないが、たかが宮中からの呼び出しごときで、体力と根気のいることを必要に迫られて仕方なくしているだろう晴明が、更に自分を酷使しようとは思わないはずだ。
あまり遠方へ行けば屋敷に戻るのが大変になるだろうし、遠方への避難も検討していたのなら寧ろ京を出てどこか宿屋があるような場所を目指すだろう。
それなのに右京の方角に向かったなら、桂川を超えた先は山々しかなく、峠を超えた先にある一番近い集落に辿り着かねば宿屋なんてものはない。
その集落も、山に入って二時は歩かないと見えてこない。
そんな何もない山々の中に入れば野宿は当たり前で、旅支度もなく着の身着のままで大内裏を飛び出した晴明がそんな無謀なことはしないだろう。
そもそも何度も言うが、たかが帝からの呼び出しだ。
最高権力者である帝からの呼び出しをたかがとは本来言えないが、あの2人の仲を考えればこの言葉が一番適切だろう。
晴明もその程度にしか思っていない態度を隠すことは無いし、憲平も散々帝が晴明を呼び出しをかけては、無視・断固拒否・代理人を立てられる…など様あの手この手で振られているのを見ているので、晴明にとって帝の呼び出しはたかがという表現が一番適切だ。
そして、普通の人はそのたかが位では京の都中を駆け回ってまで逃げ隠れることはおろか、京を囲う山々をこえてまで逃げるなんてこと普通はそこまでしない。
命を狙われているだとか、借金こさえての夜逃げだとか、緊急かつ重大な事情でどうしても山を越えなければならないようなことがなければ。それですら皆下準備はした上で山越えに挑むだろう。
と言うか、晴明だから逃亡を当然のように考えているが、そもそも普通は逃げ出さない。
何故なら最高権力者である帝からの呼び出しだから。
それに歯向かうなんて、そんな恐ろしい事をしようとは誰も思わない。そんなことをしたら後が怖いからだ。
下手をすれば首のひとつや、命のひとつ落としかねない。
まぁ、父上はそんな残忍さはないので殆どそのようなことは起こらないが。場合によっては威厳を示すために心を痛めながらもそうしなければいけない時もあるので、起こり得ないとは言いきれないのが現実だ。
兎にも角にも、そんな陰気さ漂う右京で晴明を探すこととなったのだが。
「中将、中将……!安倍殿、発見しました!!早く来てください!!」
各々分かれて捜し始めて早々に上がったこの声で、晴明の捜索はいとも簡単に幕を閉じることとなった。
本当にあっけない捜索だった…と肩透かしを食らった気分で、憲平は声明がいるという場所に案内してもらう。
ただ、向かいながら憲平はどこか釈然としない気分だった。
こんなに早く見つかった事に関しては、そもそも今回の逃亡計画があまりにもお粗末なものだったから特に不審には感じないが、逃げる立場の晴明がこんな人気のない場所で人の気配を感じ取れば、見つかる前に別の場所へ逃げるはず。
晴明に気づかれぬ距離で見つけたならわかるが、その場合いくら目立つ容姿の晴明と言えど本当に晴明か識別するのは難しいだろう。
あの聡い晴明に気づかれないようにするには相当な距離離れていなければ無理なのだから。
内裏での事件の最中、夜間にたまたま内裏で晴明に遭遇してしまったあの…憲平にとって黒歴史になる程恥ずかしく最悪だった日。
月明りに晒されていない遠く離れた建物の陰から見ていた憲平をあっという間に感知し、容赦なく攻撃してきた晴明だ。
ちょっとやそっとの距離では晴明はすぐに感づく。
身をもって知った憲平だからこそ、そう確信できた。
そして見つけられたと分かった瞬間、あの素早さで脱兎の如く俊足で再び逃げ出すだろう。
それか、あの容赦のない晴明の事だから暴力に訴えるかもしれない。
普通なら幼子で女子の晴明より、憲平や近衛の方が圧倒的に体躯も力もあるが、あの事件に関わった近衛なら今のところ晴明に勝てる気がすると感じている者はいないだろう。
それはあの不思議な力を抜きにしてもの話だ。
晴明のあの身のこなしや自分に合った体術、刀を持たせたらその剣技も含めてなかなか相手にするのは骨が折れる。
力や技量だけならば必ずしも勝てないことはないだろうが、そこにあの不思議な力を組み合わされてしまえば、勝てる望みより負ける未来しか見えない。
(そんな晴明が大人しくしているはずがないのだが……)
しかも、呼びに来た近衛には別段焦りや恐怖の色は見られない。
これもまた、憲平に違和感を与えるのだ。
呼びに来たのは一部のおかしな思考持ち主…ではなく、晴明に対し畏敬に近いものを感じていたはずの者で、今回の件も恐る恐るで参加していたはずだ。
なのに晴明を見つけた今、怖がるどころか寧ろその声音は喜々と…というより興奮しているような気さえした。
いや…間違いなく興奮しているのだろう。常時よりも鼻息が荒くなっている。
何だか様子のおかしい部下と共にその場へ向かうと、頭が痛くなることに、そこにはもっと様子のおかしな部下達がいた。
何かを遠巻きに囲みながら覗き込んでいる異様な光景に、余計に奇妙に感じた憲平は顔を引きつらせて『な、何だ?』と思わずその輪の数歩手前で足を止めた。
「ほらっ、見てくださいよ中将!!あれ…」
この場に案内してくれた部下は、その異様な光景の発端を知っているようで『あれ』と憲平に人(部下)で出来たの輪の奥を見るように促す。
一体なんだと言うんだ…と憲平が仕方なしに奥を覗き込めば……。
「………はぁ……なるほど」
遠巻きに部下達が眺めていたものの正体が分かり、部下達の奇行にも納得した。
(まさか、逃亡中にこんな所で寝転げているとはな……。しかも、これだけの人の気配があっても起きるそぶりもないとは、なんという危機感のなさ……。あの時はあんなに離れていても感知したというのに、一体この娘はどうなっているのか……)
とことん呆れた奴だ…と、その光景に目眩すら起こしそうだ。
───それもそうだろう。
目の前にはだらしなく手足を放り投げたまま熟睡する晴明がいるのだ。
板張りの拝殿で堂々と寝転がり、健やかな寝息を立てながら寝姿勢が定まらないのか時々もぞもぞと体を動かしている。
どうしてあんなに遠くに…という位置に履物は投げ捨てられていて、履物以外にも朴葉…?と思われる葉と同じ数の串がやはり辺りに散乱している。
西市での聞き込みの際に晴明が焼き魚を買っていたとの証言があったから、朴葉も串も四つずつあるので恐らくその残骸だろう。
そして、ぐーすかと眠る晴明の傍には、焼き魚で餌付けでもされたのか晴明に身を寄せながらもこちらを威嚇している。
シャー―っと威嚇音を出しながらこちらに牙を向けており、普段は内側にしまわれているその鋭い鉤爪を出し戦闘態勢で腕を前に構えていて、明らかに我々を敵と認識している。
手配人である晴明も凶暴。
その晴明の事を守る様に立ちはだかっている猫達もまた凶暴そう…ときた。
それで皆少し遠巻きに輪を作っていたのかと、部下部下達の奇行に憲平は納得する。
かといって、いやいや探しに来たものの、探し人が見つかった以上は連れて行く義務がある。
それこそ、最高権力者である帝がお待ちなのだ。
このまま晴明が起きるのを待っても仕方がないし、待つ義理もない。
この様子じゃ猫からの攻撃は避けれないだろうからこの際我慢して受けるとして、晴明に関しては起きてしまう前に素早く身を拘束してしまおう。
寝ている内に自由を奪っておかねば、猫の攻撃以上にせいめから痛い目に合うのは間違いなく自分達だ。
どうせ晴明がこの件で不機嫌になるのは避けられないのだから、拘束してから叩き起こした方がいいに決まっている。
よし、っと憲平が覚悟を決めて口を開く。
「……見つけてしまった以上は内裏に連れて行かないと、だよな。皆、知っての通りこいつは凶暴だ。寝ている内に手足を縛ってしまおう。ただ、叩き起こした瞬間暴れるだろうから心して…」
「「「そんなっ!?」」」
だが、憲平の覚悟は、部下達信じられないと非難するような声で遮られた。
確かにあの凶暴そうな猫の攻撃を甘んじて受けながら、さらに眠れる獅子…晴明を起こさない様に拘束するのは勇気がいるだろうが…やるしかないものはやるしかないと言うのに。
気持ちは分からないでもないんだが…そんな顔をして、そんな声を出さなくても。
嫌がる部下達に『帝からの命令なのだから』と憲平が言い聞かせようとしたが、それよりも先に部下達の方から声が上がる。
「中将、本気ですか?こんな尊い光景を壊すんですか?」
「………は?」
その部下達からの言葉を憲平は理解できなかった。
どこから尊いという言葉が出てくるのか、話の意図が分からず、何が?と疑問しか浮かばない。
「そうですよっ、中将!!見て下さい、この尊いまでの美しく愛らしい寝顔っ!!」
「あっ、見ろ!!またもぞもぞしてる…まるで猫のようで愛らしいっ!!」
「おい、もう少し声を落とせよっ。せっかく気持ちよさそうに寝てるのに起こしちゃうだろうが」
「あぁ、俺ずっと見てられるわ…」
その理由は聞く前に部下達が勝手に語ってくれたが……悲しいかな。
晴明のせいで頭が痛かった憲平の頭痛をもっと増やしただけだった。
言葉の意味を理解できなかった憲平も徐々にその意味を悟り、ここにきて漸く状況を把握した。
どうやら自分の憶測は間違いだったらしい、と。
部下達の反応を見るに、捕獲対象である晴明を遠目に囲いながら覗き込んでいたのは、猫や晴明自体を恐れて様子を見ていたわけではなかったようだ。
単にこの光景を鑑賞し楽しんでいた………ということだろう。
今も晴明を起こしてしまわぬよう配慮してか、興奮して鼻息は荒くなってるものの、器用に声の音量は下げたまま、各々が感じた感想を息巻いて述べている。
そのお陰か、時々もぞもぞとしながら頭の向きを変えたり、小さな体を抱えるように丸まっったりしているが晴明は起きることなくすやすやと寝ったままだ。
確かに大内裏でも珍獣と言えなくもない晴明の寝姿はもの珍しいものだろう。
普段の態度や姿を知っているから、寝顔だけなら元の造形のみが強調され、美しくも愛らしくも見えるが……それでも晴明は晴明なのに。
何故そうも興奮出来るのか……。
そうこうしている間に、晴明がもぞもぞとまた体制を変え、新たにとった姿勢が背を丸めて膝を抱えるように横向きになっているので更に猫っぽさは増した。
増しは………したが。
……尊くは、ないだろう。
その感想に尽きる。
少なくとも、あれだけ怒られ罵られ、叩かれ蹴り飛ばされた相手では、幾ら見た目だけ整っていようと、憲平は"尊い"なんて全く思えなかった。
「安倍殿は本当に美しい顔立ちをされてるよな…あぁ、なんとも尊いご尊顔」
「そうですよね…あの不思議な力と言い、威厳と凄みのある安倍殿だ。神の使いと言われても信じてしまいそうです」
「これが例の安倍殿…すごい、聞いていた以上に尊い、推せる。これで実力も兼ね備えてるとか…」
……尊い、のか?
周りから声が上がる度に尊いと連呼され、そんなわけないだろうと思っていた憲平も段々と分からなくなってきてしまう。
まるで洗脳するかのように繰り返される"尊い"という単語に、そもそも尊さって何だったか…という根本から分からなくなってくる始末だ。
それでも生真面目さが憲平を現実へ引き戻し、尊いか尊くないかは別として果たすべき使命を遂行しなければ!と、改めて部下にすべきことを改めて告げた。
勿論、『えぇ~…』と不満の声は上がったが、そこは上官として厳しめに『いいから、やるぞ』と告げれば渋々でも動き始めた部下達。
相変わらず名残惜しそうに目だけは晴明の寝顔を眺めているが、手には晴明を拘束する為に一人一本与えた縄を握りしめ、猫包囲網にじりじりと近付き確実に距離を詰めていく。
憲平もその中に加わり、一定の距離が詰まった所で、案の定猫から先制攻撃が始まった。
「うわぁ、ちょっ、痛っ!?痛いっ!!」
「こら!!離れろっ!!」
次々と部下達が猫による噛み付き&引っ掻き攻撃に次々に悲鳴を上げ出し、憲平も今しがた左足の脹脛を思いっきり噛み付かれた。
しかも、かなり歯がくい込んでおり、これは軽く流血ものだ。
(痛い…が、我慢だ、我慢。それに晴明に比べたらこんなの可愛いものだ)
過去晴明にされた事を思えば猫からの攻撃が軽いものに思え、猫に噛み付かれたままでずんずん足を進めた憲平。
その他数名も猫の猛攻の隙をついて晴明の元に辿り着き、既にその騒音で起きる気配を見せている晴明に慌てて縄をかけ始めた。
何とか完全に晴明が覚醒する前に手足を拘束することに成功し、散々近衛に攻撃していた猫達も、怪我をしながらも首根っこを掴むことに成功した近衛によって今は三匹ともぷらーんと宙にぶら下げられている。
まぁ、吊り下げられている猫達は怒り心頭といった感じで未だに空中で暴れているが。
その攻撃は誰に当たることもなく空を切るだけに留まっているので問題はない。
猫からの抗議の鳴き声がニャアニャア、キシャーッと広がる中。
「……んんぅ…?」
と、本格的に覚醒を始めた。
そのことに、あと少し手間取れば不味かった…と内心冷や汗を流さずにはいられない。
そうして徐々に瞼をゆるゆると動かし、完全に目を見開いた晴明は。
それはもう、忌々しそうに顔を歪めたのだった。
────こんな表情を当たり前のようにする少女の一体どこが"尊い"というのか。
やはり理解できないと、憲平は半目で晴明を眺めた。
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ここまでお読み下さりありがとうございました!
続く、避けたい訪問者、策を巡らせる【惨】も宜しければお待ち下さい。




